27 アイラの王宮舞踏会任務(2)
王宮の扉の前に立つ使用人に
「そろそろよろしいですか?」
と聞かれサイラス様がうなずくと一拍置いて扉が開かれる。
一歩入ったところで4人で礼をとり、名前が呼ばれた人から顔をあげる。
私は最後だ。淑女の礼は意外と筋力が必要だが私にはなんの問題もない。
1時間だって続けられる。
サイラス様とロレッタ様が顔をあげ、二人で会場に入った後ジョエル様が呼ばれすぐに私の名前が呼ばれる。
これはまだ王太子が確定していないことで貴族間に妙な争いや憶測を生まないためだ。
入場するときはジョエル様が先でサイラス様が後。名前を呼ばれるのはサイラス様が先、ジョエル様が後となっている。
一応このような公式の場ではより高位のものが何事も後とされている。
このような国王の細やかな配慮にいつも感心すると同時に狡猾さに戦慄する。
私たちが国王の近くまで歩みを進めていくとザワザワと周囲がしはじめる。
いつもひそひそと
「貧乏伯爵家のくせに」や「どうせ今だけだ」
などのよくない話題で盛り上がっているのは気づいていた。
そんな貴族の口さがない悪口は慣れていたが今日はいつもと少し違う。
少し耳を澄ますと
「何てこと!! あのドレス」
「やはりあの婚約は本物なのか」
驚愕や嫉妬が混じる反応のようだ。
それらを耳にしたところで私には今更どうしようもないので、いつも通り澄まして優雅にジョエル様にエスコートしてもらう。
ちらりとジョエル様を見ると、いつもは王子然としてほのかに微笑んで前を向いているのに、気のせいか今日は少し眉間に皺がよっている。
国王の前に到着すると、国王が挨拶をはじめる。
先ほどまでザワザワしていた貴族も静かに国王の話を拝聴する。
「それでは、舞踏会をはじめる」
その言葉を合図にして楽団が優雅に演奏を始める。
最初の一曲は国王と王妃、サイラス様とロレッタ様、ジョエル様と私の三組のみで披露する。
さすがに初めての時は少し緊張したが、もう何年も踊ると慣れたもので各々パートナーと優雅に踊る。
時々、国王やサイラス様からアイコンタクトをいただいたり、王妃から微笑みをいただいたりもする。
なんとも優雅で穏やかな時間である。
一曲目が終わり二曲目に入ると、サイラス様とロレッタ様、ジョエル様と私はそのままに、国王は側妃と踊られる。
そして高位貴族も参加するが、一応王族が踊る区域は不可侵とされている。
それを良いことに私はじっくりと国王と側妃のダンスを観察できる。
国王は表面的には側妃に微笑みを浮かべ優雅にリードしている。
しかし、私の目にはあきらかに王妃を相手にしている時と違ってステップがおざなりに見える。
ただこれを見抜く人間はほぼいないだろう。
相手の側妃すら気づいている様子はなく嬉しそうにダンスしている。
実は、第二王子の婚約者に選ばれたとき、公爵様と夫人からお話があった。
側妃がなぜ隣国の王女だったにも関わらず王妃ではなく、側妃という立場で国王に娶られたのかという話だ。
国王と王妃は婚約時代から国王の猛アプローチにより相思相愛だったそうだ。
当時、公爵家には年頃の令嬢がおらず侯爵家から選ばれた王妃は金に近い茶色の髪に青い瞳で平民と近い色の髪色だった。
辛い時期もあったようだが、聡明だった王妃自身の力となにより、溺愛と言っていいほどの国王の態度により婚姻が進められた。
ところが国王が王妃を伴わず隣国に行った際、側妃が国王に一目惚れすることとなる。
その後、まさに押しかけ状態でやってきた側妃に当時、貴族たちは大変困惑したそうだ。
しかし当時結婚三年目に関わらず、跡継ぎである子ができていなかった。
隣国のごり押しと、関税関連を含めた政治的やりとりと複数の貴族からの勧めで側妃を娶ることになった。
国王は、かなり不満があったようだ。
その後、王妃様がすぐにサイラス様を身ごもられ安心したのも束の間、二年後に側妃がジョエル様を身ごもられた。
様々な政治的な観点からもあるが国王の性格もあるのだろう、表面上は王妃と側妃に扱いの差はないように見える。
ただこのようなダンスの時など、ふとしたときに国王が王妃様を心底溺愛されている事実を感じてしまう。
ダンスが終わり、いつも通りダンスの輪から外れる。
次は下位貴族のダンスが始まるので、その間にダンスの輪から外れた高位貴族に挨拶をする。
もちろん、アイラがお世話になっているマグネ公爵夫妻にもご挨拶する。
おそらく私にとってこの時間が一番緊張する時間だ。
私は伯爵家に未だに住んでいるとされている。
ボロを出さないように気を付けることは簡単だ。
ただし、公爵様と夫人のテストというような会話でアイラの足を掬おうとする誘導してくるのが厄介だ。
もちろんテストの意味合いもあるだろが、夫妻は面白がっている節がある。
今日もドキドキしながらジョエル様と公爵夫妻に向き合う。
「お久しぶりです。ジョエル様」「お久しぶりです」
貴族の見本と思わせるような礼を公爵夫妻がされる。
ジョエル様と公爵様が会話されている横から夫人に
「まぁ今日は素敵なドレスですことぉ」と言われる。
これは確実に周囲の貴族に聞こえるように話をしている。
周りの貴族も夫人にまんまと嵌められたようでさりげなく近寄ってきている。
「ありがとうございます。
いつも素敵なドレスをジョエル様からいただいていて申し訳ないですわ」
令嬢の仮面をしっかりとかぶって答える。
「まぁ! ではそのドレスもジョエル様から贈られたものなのですねぇ。
仲がよろしいようで、まるで私たちの若いころみたいねぇ」
公爵様の腕に抱きつく夫人。
いつまでも若々しく年齢不詳な夫人はまるで令嬢のように公爵様に話をふった。
知っているはずなのに……。でもなんとか返答は合格したらしい。
「あぁそうだね。お二人にも何か変化があったようだね。良いことだ」
色々と含めた言い方でとても素敵な裏の意味がありそうな公爵様の笑顔。
そしてジョエル様に目線をさりげなく送る公爵様に動揺することもなくジョエル様はうなずく。
「変化うんぬんは想像に任せるが、私の気持ちはずっと変わっていないよ」
堂々と公爵様に同じように含みをもたせていうジョエル様、私は隣で淑女の微笑みを浮かべている。
こちらも公爵様の合格が無事に出たようで満足そうに公爵様が微笑む。
「ではまた。失礼します」と優雅に礼をして場を離れる公爵夫妻を見送った。
ばれないようにホッと一息つく。
「アイラ嬢少しドリンクをもって休憩するといい。
残りの挨拶は私一人でも大丈夫だから」
ジョエル様のその言葉に甘えてジョエル様が呼び止めたウェイターからドリンクを受け取り壁側にさがった。




