26 アイラの王宮舞踏会
今日の舞踏会は、一年のうち数回行われるこの国の貴族の大半が集まる大規模な舞踏会である。
私はもちろん第二王子のジョエル様のパートナーとして参加する。
この大規模な舞踏会は普段会えないような貴族同士が交流を深め、よりよく国内を潤わすためにと開催されている。
しかしカラスのアイラにとっては盛り上がれば盛り上がる分、口の軽くなった貴族たちが自分や他人の悪行を口にしやすい場としての認識くらいしかない。
でも私は今、夫人からジョエル様を知るという任務以外はしないようにと厳命されているので今日の舞踏会ではやることがない……。
そんなことはさておき、今回もジョエル様を知るために様々な表情や態度から感情を読み取るべく私は意気込んでいた。
今日も馬車で時間通りに王宮に到着する。
馬車を降りるとジョエル様がエスコートのために待っていてくれたようだ。
馬車の扉が開くと手を差し伸べられそのまま2人で会場の入り口まで向かう。
いつも入場は最後で、第二王子のジョエル様、第一王子のサイラス様、そしてサイラス様の婚約者のロレッタ様の4人で入場する。
今日も貴族たちの馬車はすでにない。
扉の前にはサイラス様が立っていてロレッタ様を待っていた。それもいつも通り。
私はジョエル様のエスコトートでサイラス様の元にいつも通り向かう。
でも今日少し違う気がする。
何がとは言えないが何かが違う。
ゆっくりとした動作でサイラス様にご挨拶しながら観察しよく考える。
その違和感はジョエル様のほうを向いてご挨拶したときに分かった。
「サイラス様お久しぶりでございます」
「あぁ久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「ジョエル様、まずはここまでのエスコートありがとうございました。
今日もよろしくお願いします」
「あぁアイラ嬢。もちろんだ。
……その……ドレスがとてもよく似合うよ……きれいだ」
そわそわしながら言うジョエル様。
そう。このそわそわした感じがいつもと違うのだ。
いつもであれば「今日も素敵だね」や
「今日もドレスが似合っているよ」と王子様然としていうのに……。
なぜか今日はそわそわして、耳も少し赤い。
なぜだ?
でも花祭りの時
「かわいらしいと思うときなどに赤くなる」と言っていた。
今日の私は何かがかわいいのだろう……。
いつもどり自己完結したところにロレッタ様が到着された。
いつみても本当にかわいらしい。
ピンクブロンドな髪に濃い金色の瞳、身長はかなり小さく元気いっぱいの令嬢だ。
パタパタとドレスの裾をもって走ってくるのは本来、貴族の令嬢としてはだめだ。
しかしこのロレッタ様。
他人の前だとものすごくおしとやかな、深窓の令嬢のごとくおとなしく慎ましやかにふるまわれるのだ。
「ごめん!! 遅れた。
久しぶりだね、ジョエルにアイラ。息災なようで」
「ロレッタ嬢、久しぶりだな」「お久しぶりでございます」
いつも通り返事を返す。
すかさず長身のサイラス様が、小さなロレッタ様を抱きしめて
「今日もかわいいよ。
もうまた貴族どもに私のロレッタを見られると思うと嫌だ」
サイラス様が駄々をこねだす。
それをいつも通りなだめながらロレッタ様はくるりと振り向き私をじーっと見る。
ロレッタ様は私を見ているかと思えばすぐにサイラス様のほうに向きなおす。
何やら小声で二人ではなしている。
「アイラがあのドレスを着ているということはそういうことなのかい?」
「いやまだなんだ」
私には聞こえない。
2人のそんな様子に私は何か変なところあるだろうか?
とドレスを確認していた。
「アイラ。今日のドレスはジョエルから贈られたのかい?」
不思議に思っているとロレッタ様に突然尋ねられた。
昨日、ジョエル様から届けられたドレスである。
いつもであれば数週間前には届けてくださっていたのに今回に限って全然ドレスが届かなかった。
仕方ないので手持ちのまだ着ていないドレスにしようかと考えていた。
そんな時、直前でジョエル様からドレスが届いた。
こんなギリギリなのは珍しいなと思いながらも着たのが今日のドレスだ。
上から紺色がグラデーションになりドレスのスカートの下の方は黒くなっている。
なんとも私好みのドレスだ。
一般的にドレスに黒はなかなか用いられない。
しかしこのようにグラデーションにすれば素敵だなぁ……と思ったのは記憶に新しい。
ロレッタ嬢を見るといつも通り、青に金の糸で見事に刺繍が施されているドレス姿だ。
かわいらしいロレッタ様の雰囲気が損なわれず、かわいくけれども凛とした雰囲気を感じさせてくれるドレスだった。
「ロレッタ様のドレスはいつも通りサイラス様からのプレゼントですか?
ロレッタ様にとてもお似合いです」
「アイラはこの色合いの意味は知っているかい?」
ロレッタ嬢に質問したはずが質問を仕返され少し困惑する。
戸惑いながらロレッタ嬢の質問の答えを考える。
婚約者や、想い人の色を纏うことは何ら問題がない。
ただここでポイントとなることがある。
ただ一方的に想い人の色のドレスを纏っている令嬢は、もちろんエスコートはその想い人からはされていない。
贈られたドレスでもない。
2人がパートナーだと分かる場合は女性が男性の色を纏っておりわかりやすくエスコートをされている。
そして、そのドレスは婚約者やパートナーから贈られたドレスであるということ。
更に乙女にとって重大な点がある。
瞳の色、もしくは髪の色どちらか一色だった場合は、婚約者として納得している。
もしくはまだ愛を育み中という意味合いがある。
簡単に言うと「まだ気持ちが伴っていませんよ」というような意味合いが含まれるので、他者からはまだチャンスありと思われる。
そして男性側も二色のドレスを贈る事は「まだ早い」と断られる可能性があるので勇気がいる。
一方、二色のドレスを送ることでお相手への溺愛の証明になる。
お互いの気持ちが伴ったからこそ纏えるドレスなのだ。
未婚の女性は二色のドレスを贈られること。
そして、そのドレスで自分を着飾ってこの舞踏会に出ることが夢である。
今日着ている自分のドレスを確認すると二色だ。黒と紺色。ジョエル様の色である。
私は肝心な事が頭から抜け落ちていた事に動揺してしまう。
思わずジョエル様を見ると、ジョエル様は私の顔をみてびっくりしたような表情をみせて真っ赤になっていた。
私は思わず自分の頬を両手で押さえる。
どうやら私の口角が無意識に上がっていたようだ。
知識として知ってはいたが、すっかり抜け落ちていたため深く考えずに贈られたドレスを着てしまった。
しかし、そのことを思い出したところで嫌な気持ちは全くせず、むしろ嬉しく感じた。
再度、ジョエル様の方にむかって笑顔で伝えた。
「ドレス……ありがとうございます」




