22 アイラの花祭り潜入捜査(4)
首元のネックレスの存在が私の胸が少し暖かくしてくれていることを感じる。
隣で私の手を繋ぎながら歩くジョエル様を再度見た。
1つだけボタンを開けているシャツから覗く私の色のネックレスに思わず頬が緩む。
「アイラが喜んでくれたようでよかったよ」
ジョエル様を見るとまた耳が少し赤い。
ちょうど目に入ったフルーツジュースのお店で小さいカップのジュースを買う。
2人で道の端にあるベンチを見つけ座った。
「エル。ずっと聞きたいことがあったんだけど」
ジョエル様はストローから口を離し
「どうした?」
と不思議そうに私を見る。
「エルは私と話したり一緒にいると、時々顔が赤くなったり耳が赤くなったりしてるのは何故ですか?」
ミレッタに教わった上目遣いでジョエル様をじっと見る。
「うっ……」
小さくうめき声をあげて、また耳を赤くして私とは反対に顔をそむけるジョエル様。
その裾をクイっと引っ張って、
「教えてください」
と強請るように言う。
ジョエル様は「はぁ……」
と軽くため息をはきつつ少し頬を染め話し始める。
「アイラにどう思われるか不安だが……。
どうか不快に思わないでほしい……」
深刻な表情で言うジョエル様に私も少し不安になってしまう。
ミレッタは自分がアーロンに触れられたり照れた時に赤くなると言っていた……。
ジョエル様は違うのかもしれない……。
でも今聞かなければまたわからないままになりそうで、意を決して私はジョエル様をジッと見つめる。
「アイラはあまり表情豊かな方ではないだろ?」
自覚はあったのでジョエル様の言葉にコクリとうなずく。
「今までは、ともにいる時間は少なかったが……。
最近は昼食を含めてともにいる時間が増えた。
それで……。その……」
言い淀みながらジョエル様は私から目線を外す。
そして先ほどよりも小さな声で続きを話しはじめる。
「今まで私が見ることがなかった表情をアイラが見せてくれるように……なって……だな……。
それをかわいらしいと……思うと……どうやら赤くなるらしい。
もちろん今までもかわいらしいとは思っていたが……。
その積極的に私に関わろうとし始めてくれて嬉しくてだな……」
必死で言葉を紡いで説明してくれているジョエル様の顔が真っ赤になっている。
ジョエル様が私から外していた目線こちらに戻して私を見る。
ジョエル様は私を見て驚いた様に目を瞠り、そのあと徐々に甘やかな微笑みに変わり言う。
「アイラも真っ赤だ。またお揃いだな」
ジョエル様の言葉に私も徐々に顔が熱くなっているのを自覚した。
急いで両手で頬を抑える。
その腕をジョエル様に取られたのでジョエル様を見ると
「かわいい……」
小さな声で甘い微笑みを向けながら言われた。
「おー。若いもんはええのぉ」
通りすがりのおじさんに言われて二人でビクリとして離れた。
反対側を向いて顔色を落ち着けるために小さく深呼吸をして再びジョエル様のほうを見る。
ジョエル様の耳はまだほんの少し赤いまま……。
私はそれを見つけて嬉しくなり微笑んだ。
ジョエル様が立ち上がって私に手を差し出してくれる。
「さぁ行こう」
私はその手をつかんで立ち上がる。
先ほどまでも手を繋いでいた。
でも今はなんとなくさっきより暖かく感じて、私の胸も暖かくなった。
それからしばらくいろいろな露店を見て、雑貨を買ったりしながら北広場にむかっていた。
もうすぐ北広場に向かう大通りにさしかかるところで
「ジョエルさま!!!!」
ジョエル様を呼ぶ声が声が聞こえ、そちらに二人で視線をやった。
視線の先にはこちらにかけよるマリア嬢と3人の令息たちだった。
ジョエル様に駆け寄り、嬉しそうに話しかけるマリア嬢を見る。
重そうに帽子には3つの花輪をつけ、髪色もそのままに、デイドレス姿だった。
ここは貴族街に近い東広場だからそのままでも問題はないが……。
宝石のついたアクセサリーに華美なデイドレス姿はさすがに街では浮いていた。
3人の令息たちにも目を遣ると、マリア嬢をただ嬉しそうにニコニコと見ていた。
3人はもともとジョエル様の取り巻きをしている令息たちだと思い出した。
「ジョエル様にお会いできるとは思いませんでしたわ。
お髪の色を変えられてもジョエル様だとすぐに分かったマリアを褒めてくださいませ」
私にすっと視線を移しつつ言うマリア嬢。
挨拶するべきか悩んでいると視界が真っ白になる。
ジョエル様の白いシャツの背中でふさがれた。
どうやらジョエル様が私の前に少し体をずらしたみたいだった。
「あぁ。ありがとう」
ジョエル様の返事に機嫌をよくするマリア嬢。
「ふふふ。毎日、同じ教室にいるジョエル様を見間違えるわけありませんわ。
ジョエル様はもう北広場の花祭りのダンスに参加されましたか?
私はまだでして……」
「ジョエル様ぜひマリア嬢と北広場に行かれましょう?」
「マリア嬢とジョエル様が花祭りのダンスを踊られると広場の人間も目が釘付けになるでしょうな」
「マリア嬢は今日もきれいに着飾っておられるし、お似合いでしょう」
令息3人がマリア嬢の言葉に賛同する。
「いや。見たところマリア嬢の帽子に飾られているのは君たちの花輪のようだ。
君たちがマリア嬢と踊るべきだろう」
きっぱりと告げるジョエル様にマリア嬢は諦めずに言い募る。
「では!
ジョエル様が私に花輪を送ってくださればいいですわ!
申し訳ないですがこの花輪は皆さんにお返ししますし」
後半は切なそうに泣きそな声を出すマリア嬢。
思わず庇護欲がそそられる言い方だ。
「マリア嬢の帽子にジョエル様の花輪がかざられるのであれば我々のはかすんでしまうでしょう。
喜んでお受け取りしますよ」
「ちょうどそこの角に花輪のお店がございますよ」
「私がジョエル様にマリア嬢にお似合いの花輪を購入してまいりますよ。
あぁでもやはりジョエル様が選ばれた方がいいですかね」
しかしジョエル様はそんな盛り上がる4人に水を差すかのようにきっぱりと言う。
「すまないが、私はすでにアイラ嬢に花輪を贈っている。
婚約者だしな」
ちらっとジョエル様の背中越しにマリア嬢を確認すると普段は見ないような一瞬、歪めた顔が目に入った。
でもそれは本当に一瞬だったのですぐにマリア嬢のいつもの微笑みに戻る。
「では、あちらで少し私たちとお茶しませんか?
そのくらいの時間であれば婚約者様も許してくださるでしょう?」
そう言いながら私と手を繋いでいない方のジョエル様の腕に抱きついた。
マリア嬢は私のほうに向かって微笑みを一瞬見せた後、上目づかいでジョエル様に向き直る。
「行きましょう。ジョエル様」
甘えた声を出すマリア嬢。
何か言いだそうとしたジョエル様をさえぎって、私の体が勝手にジョエル様の手を強く両手で握って言葉が口に出る。
「だめです」
私は自分が思っていたより小さくなってしまったが……。
なんとかはっきり言う。
ジョエル様が私の手をぎゅっと握り返してくれた。
「今日は婚約者を優先したい。
友人と待ち合わせもしているからな」
さっとマリア嬢から腕を引き抜いた。
一瞬、驚いたように目を瞠ったマリア嬢はすぐに表情を戻して言う。
「ご友人と待ち合わせされているなら仕方ないですわね。
お呼び止めして申し訳ありませんでした」
きれいにお辞儀をして
「さぁ行きましょう」
と3人の令息を連れて去っていった。
「私は、婚約者と一緒だからと言ったんだが……」
ジョエル様の独り言で我に戻った。
急いでジョエル様に
「ごめんなさい。ジョエル様」と謝る。
「アイラは何に謝っているんだい?
私がアイラと居ることを優先したんだよ。
アイラが謝ることは何もないよ」
「でも……その……はしたない真似をしました……」
ジョエル様は優しく微笑んで言ってくれたが、ジョエル様の言葉を遮って、両手で手を握ってしまったことを反省した。
「それは何も気にすることではないよ。
それよりもジョエルではなくエルと呼んでくれないか?
戻っているよ」
「はい。エル」
ジョエル様の顔を見て名前を呼べば、ジョエル様はまた嬉しそうに耳を少し赤くする。
「アイラが良ければ、これから二人の時や、アーロンたちと一緒の時はエルと呼んでくれ。
私もアイラと呼びたい」
その言葉にまた胸があたたかくなりながらも、少し恥ずかしく感じた。
私は軽く俯きつつ「はい」と答えた。




