21 アイラの花祭り潜入捜査(3)
二人で手を繋いで東広場にむかう。
東広場までは歩いて10分もないくらいだ。
「エルは街に来たことはあるの?」
ふと先ほどのアーロンとのやり取りを疑問に思っていたのを思い出し聞いてみた。
そしてなんとなくジョエル様が街に慣れている気がしたのもある。
「あぁそうだな。
時々お忍びでアーロンと出かけることがある。
東広場にもいくのだが、あそこは貴族が多いから王子だとばれやすい。
北広場であれば平民も多いから貴族も私だと気づいても声はかけない。
西広場だとまぁ私の顔を知らないものが多いからそちらに行くことが多いな」
話を聞きながらジョエル様の髪に目が行ってしまう。
いつもは真っ黒の髪が光に当たってキラキラしているジョエル様の髪。
今日は私より少し暗めの茶色の髪色でなんとなく、いつものジョエル様のほうがいいなと思う。
「だから、アーロンが今日私のことをエルと言ったのも、いつも街に出た時に使う呼び名なんだ。
私はアーロンほどうまく話し方を崩せないが……。
アーロン曰く、この程度なら問題ないとのことだ」
なるほど。
二人でお忍びで街に出ることがあるから、すぐにエルって呼び名がでたのか。
と納得する。
ジョエル様はいつも王子教育も執務も学園の勉強も生徒会もしている。
街にお忍びで外出もしているとは
「すごいなぁ」
と思っているとそれがそのまま声に出ていた。
ジョエル様が不思議そうに私を覗き込む。
「何がすごいんだ?」
ジョエル様の質問で思わず声に出てしまっていたことに気づいた。
「いえ。
私も学園に入学するまでは王子妃教育を受けておりましたが、今は王子妃教育が無いにも関わらず……。
街に出る時間は作れなかったなと思いまして」
「いやアイラはほかにも学ぶことが多く忙しいだろう。
私は街の人々がどのような生活をしているか自分の目で確認するのも必要なことだからな。
陛下にも言われ定期的に街に来ていたというのもある」
ん?
ほかにも学ぶこと?
私は貧乏伯爵家の人間なはず。
あー伯爵家領地のことを勉強してるとジョエル様は思っているのかもしれない。
それにしても陛下もなかなか豪胆だなぁと思う。
大事な王子を街に自ら送り出すとは。
「もし今後、アイラの時間が合えばだが……。
街にアーロンと行くとき誘ってもいいだろうか?
もちろんミレッタも一緒に四人で祭り以外の日の街を散策しよう」
ジョエル様の思いがけない提案にうれしくなって顔をあげる。
思わず「はいっ」と元気な声が出てしまった。
顔も緩んでしまったかもしれない。
ジョエル様の顔がパっと赤くなる。
あっまた赤くなった。
ミレッタとの作戦実行しなきゃ。
と思っていたのに残念ながら東広場の入り口についてしまった。
東広場も今日は様々な屋台や小物が露店として出ていた。
さっきしっかりとご飯を食べたのでお腹もいっぱいだ。
なので屋台はちらっと見る程度にとどめ、雑貨や小物の露店を見ていこうとジョエル様と話して見て回ることにした。
カラフルな布や、刺繍糸が売られているお店があった。
それらは綺麗と思えるが、私は刺繍があまり好きではない。
王子妃教育のたびに課題が出されていた。
月に一度の国王と側妃の面会の時に側妃に提出していたのだが……。
毎回辛辣な評価しか得られなかったので苦手意識がどうしても拭えないでいた。
色々思い出してしまっていたせいか、刺繍糸の露店を見ている私の眉間に少し皺が寄ってしまっていた。
「アイラは刺繍が嫌いなのか?
難しい顔になっているが」
「あまり好きではないかもしれません。苦手です」
「一度、陛下から国花のエーデルワイスと、鹿が刺されたハンカチをアイラが作ったものだからと頂いた事があるが見事だったぞ?」
思わず驚いて目を見開いてジョエル様を見た。
ジョエル様が言っているものは、王子妃教育が終わる学園入学前に刺繍の先生に提出したもののはずだ。
最後の課題の自分でデザインも考えて刺したものを思い出した。
提出した後は、側妃に見せると先生はいっていたはず……。
「なぜ……エルがそれをもっているのですか?」
「王子妃教育の課題はいつも側妃が確認していたようだが……。
陛下がアイラの最後の作品を刺繍の教育係のセルビス侯爵夫人に求められて献上したようだよ。
それを陛下が婚約者の刺したものだからと私に手渡してくれたんだ。
確か陛下からいただいた日に、アイラの刺繍をいただいたということも含めてとても素晴らしいものだと手紙をアイラに書いたはずだが……。
アイラが知らない間に私がアイラの刺したものを持ってしまっていたようだな……」
しゅんとしたようにジョエル様が言う。
「いいえ。ほめてもらえてうれしいです。
少し刺繍への苦手意識がなくなりました」
「よかったら今度は私に直接、アイラの刺繍したものをくれると嬉しい」
安心したような嬉しそうな顔でジョエル様が言ってくれる。
その言葉に嬉しくなった私はまたも元気に「はいっ」と答えてしまった。
ジョエル様はまた耳を少しだけ赤くしていた。
そのまま東広場を散策しているとき、ふと小さな露店が目に入った。
宝石ではないがイミテーションの綺麗なガラスでできたアクセサリーが並んでるお店だった。
ジョエル様の手を少し引いて、露店を指さして声をかけた。
「エル。あそこ少しみていいですか?」
「もちろん」と返事をしてくれたので2人で露店に寄った。
商品を二人で見る。
目に入った華奢な飾り紐のブレスレットに1つだけついているガラス玉が目に入った。
その二つを指さしておじさんに言う。
「この二つください。別々に包んでほしいです」
私が選んだ物は一つはアーロンの瞳の色の緑のガラス玉のブレスレット。
もう一つは、ミレッタの瞳の色の青色のガラス玉のブレスレットだ。
「お嬢ちゃん、この商品はこの玉とブレスレットの紐の部分は自分で組み合わせ出来るんだが、変えるかい?」
様々な飾り紐をおじさんが出してくれたので、緑のガラス玉には赤の飾り紐。
青のガラス玉には薄い金色の飾り紐を選んだ。
「これはアーロンとミレッタかい?」
お金をおじさんに手渡している私に、おじさんが飾り紐とガラス玉を並べている台の上を見ながらジョエル様が聞いた。
「はい。いつもお世話になってますし、何かプレゼントしたかったのでちょうどよかったです」
答える私にジョエル様はふむ。と考え商品に目を移す。
「アイラは何色が好きとかあるかい?」
聞かれた私は先ほど広場に向かうときに考えていたことを思い出した。
「黒が好きです」
ほぼ即答となってしまった私の返答。
ジョエル様はまた耳を赤くしながら
「そ……そうか」
と返事をしながら商品を見ていた。
おじさんが包んでくれた商品をカバンにしまうとジョエル様に呼ばれる。
「アイラ。この黒のガラス玉に、紺色のチェーンのネックレスをどう思う?」
ジョエル様の指差した先のものを見て素直に
「きれいです」
答える。
「ではこの水色のガラス玉にシルバーのチェーンのものは?」
「なんだか私みたいです」
ジョエル様の耳元に背伸びをして近づき手を添えて小声でジョエル様に伝える。
近づいたジョエル様の耳がまた赤くなる。
間近でそれを見てしまい私の頬も少し熱くなるのを感じた。
「では店主。この組み合わせと、この組み合わせのものを頼む。
すぐつけるのでそのままくれるか?」
おじさんにそう言ってジョエル様は先ほどのネックレスを2つ買っていた。
アーロンとミレッタに渡すプレゼントに、なぜ私の好きな色と私の色なんだろう……。
と思いながらおじさんの手元をじっと見ていた。
おじさんが組み合わせているネックレスを見ながらジョエル様私に向き合って私の目を見て言う。
「これは今日の記念にアイラに受け取ってほしい」
私へのプレゼントだったようで少し驚きながらも
「ありがとうございます」とすぐに答えた。
おじさんから先に1つネックレスを受け取ったジョエル様が私に後ろを向くように促したので付けやすいように髪を横に流して後ろむく。
すると「ゴクン」と喉の音がすぐ後ろで聞こえた。
そのあとすぐカチリとネックレスの留め金が留まる音がする。
ネックレスのガラス玉を指でつまんで確認すると黒のガラス玉だった。
嬉しくてニマニマしてしまう。
そのまま振り返ってジョエル様に
「嬉しいです。ありがとうございます」
と伝える。
ふと、ジョエル様の手にあるもう1つのネックレスが目に入った。
「エル。それはどうするんですか?」
私の質問にジョエルは耳を真っ赤にして私にネックレスを差し出しながら言う。
「良ければ、私にこれをつけてくれないか?」
差し出されたネックレスは先ほど私が言った『私の色』のネックレスだった。
ジョエル様が私の色を身に着けると思うとまた胸がドクンとした気がした。
ジョエル様の手からネックレスを受け取る。
背の高いジョエル様は私の方を向いたままお辞儀のように私に頭を差し出してきた。
そっと軽くしゃがんでジョエル様の首にネックレスを回して留め金を留めた。
ジョエル様にも留め金の音が聞こえたのか、ガバリと顔を上げたジョエル様の顔がものすごく近くてびっくりした。
鼻が同士がくっつきそうなほどだった。
びっくりしたのはジョエル様も同じだったようで
「すまない!」
と言いながら一歩後ろに後ずさる。
しかしその後、嬉しそうにはにかみながら
「お揃いだな」とジョエル様が言った。




