2 アイラの業務報告
その後、特に有力な情報を仕入れることができなかった。
会場に戻り、つつがなく王宮から辞して家路についた。
今、住まいとしているのは他者には実家であるサリム伯爵家と周囲には認識させている。
実は、そうではなくマグネ公爵家である。
マグネ公爵家にある自室でメイドに手伝われ、就寝の準備を終える。
私は書き物机に向かい報告書という名の決意表明書を一心不乱に書いていた。
ー報告書ー
複数人の貴族が噂していた内容。
ジョエル様が第一王子サイラス様の婚約者ロレッタ様に懸想している。但し可能性としては低いため下記の調査を優先する。
ハイナス伯爵家長女マリア伯爵令嬢。
金髪紫色の瞳。学園在籍で第二王子と同学年。
同じクラスに所属。過去の経歴、また学業成績等不明。
要調査。
ハイネス伯爵家に関しても同時に要調査とする。
噂の内容の要約
第二王子とマリア嬢は複数回、王宮の庭園で共に散策されている様子を複数人が確認済み。
第二王子の本命はマリア嬢であるが、マリア嬢本人談とて第一王子派の嫌がらせに慄き卒業まで私を隠れ蓑とし愛を育む予定である。
これに関しては第二王子との相談の末、決定されたとのこと。
以上をもって、マリア嬢が王子妃にふさわしいか、またハイネス伯爵家の素行調査を実施する。
内容を細かくしっかりと書き記し、マグネ公爵への報告書とした。
しっかりと封をし、明日のマグネ公爵夫妻とのお茶会、もとい報告会に胸を躍らせながらベットへ入った。
私は夢の中で子供に戻っていた。
5歳の頃まだ何も知らず兄弟が多いわりに、つかず離れず全員が各々やることを子供ながらに自覚し各々に適したことを伸ばし、家のために動いていた。
しかし私はただ運動神経が少し良いだけで、兄ほど頭のできが良くなく、姉ほど愛想よく貴族と接することができず、弟ほど領民に紛れて遊んだりすることもできないでいた。
まだ赤子の双子の弟と妹は乳母に預けられても泣くことも癇癪を起すこともなくとても育てやすいと評判の双子であった。
そんな兄弟の中、特に目立ったことはなく、日々やることといえば領の森の中を一人で走り回り一番背の高い木に登る。
そして、時々動物を狩って日々の食糧を確保する程度だった。
そんな私の転機は6歳のころに家族で御呼ばれしたマグネ公爵家の縁戚を集めた、1週間にわたる別荘でのハウスパーティーだった。
今回のハウスパーティーは子供のいる5家が集められたパーティーであった。
今思えば縁戚からカラスの素質があるものを見極める会だったのだろう。
子供は午前中のみ、家庭教師による勉強会がある。
午後は特に指定があるわけではなく、自由に過ごすこととなっていた。
勉強を続ける子供、子供同士で集まり遊ぶ子供、大人の茶会に愛想よく入る子供など様々。
私は姉に誘われれば小さな微笑みをただ浮かべお茶会の席に座っていた。
しかし飽きれば誰にもばれないようにこっそりと抜け出し一人、公爵家別荘に隣接する森の中で遊んでいた。
いつも伯爵領では猟師小屋で見つけた弓や小型ナイフや罠で動物を狩る。
だが、ここはいつもの森ではない。
動物を狩る道具が手元になかった。
仕方なく石に髪を軽く結んでいたリボンを結び、投降武器を即席で作る。
それをぶんぶんと振り回しながら、木の上で獲物を探していた。
運よくウサギが跳ねる音が聞こえ目をこらし獲物を探す。
ウサギが視界に入り、なおかつ投降の範囲内だったためヒュッと石を投げる。
うまくウサギにあたり狩ることができた。
しかしそのあと困った。ここはいつもの貧乏伯爵家でなく食糧豊富な公爵家。
無益な殺生はしたくないので、できれば糧にしたい。
「うーん。うーん」
と唸りながらうろうろと考えていると、カタンという音とともに足元に小さなナイフがおちていた。
これ幸いとナイフを手に近くの川に赴き丁寧にウサギを処理し、木の皮に包んだ。
そしておそらくいるであろう木の上に向かって大きめの声で言う。
「ナイフありがとうございました。良ければ皆さんで召し上がってください」
私はそう言うと一礼してよごれた手足を池で洗って、汚れないように脱ぎ捨てたドレスのもとに走った。
その夜、普段であれば大人たちがお酒などを嗜み、話をしたりする時間。
そして子供たちは各々与えられた部屋で寝る準備を整えているはず。
しかし、なぜか私は両親とともに公爵夫妻の自室にある応接室に呼ばれていた。
柔和な奥様と精悍な容貌で父と代わらない年齢の公爵がソファにゆったりと座っており、両親とともに座るように促されソファに座る。
「すまないね。急に呼び出して」
軽く前置きをし、公爵は話を続けた。
「伯爵は知っていると思うが、数年置きにこのハウスパーティーを開催している。
そして縁戚から時々、公爵家で社交教育をする子供を選抜している。
今回はアイラ嬢をわが家で預からせていただけないかと思ってね。
もちろん伯爵が否を唱えたところで特に問題とはならないよ。
過去にも何人かお断りされているからね。
もしアイラ嬢を預からせてもらった場合、世間的には変わらず伯爵家に滞在し通常通り過ごしているとし、内密にアイラ嬢はわが家に滞在してもらうことになる。
もちろんアイラ嬢に関わる全ての金銭、生活はこちらで保証する」
「はぁ」
気の抜けた返事しかできないわが父に私は少し呆れた。
母が意を決した様相で公爵に声をかける。
「公爵様。アイラはどちらかというと社交性はなく、日がな森の中をかけて一人で遊んでいるような子ですのであまり……」
「どのような子を公爵家が選ぶという詳細はつたえられないんだ。
今回アイラ嬢が候補に挙がったということが事実なんだよ。
もちろんアイラ嬢がご両親と離れたくないだったり、ご両親が手放せないというのであれば、無理強いをするつもりはないよ」
安心をあたえてくれるように公爵様は私に微笑んでくれる。
少し考えた結果、意を決して口を開いた。
「公爵様。
我が家は裕福とは言えない家でさらに兄弟も多いです。
公爵様のご迷惑でなければお世話になりたいと思います」
私の発言に両親は
「アイラっ」
と言って引き留めようとする。
私は努めて冷静に両親に言う。
「お父様お母様。
今生もう会えないというわけではないですし、私も兄さまや姉さまのように役に立てる人間になりたいです」
そう言う私を母は抱きしめて小さく
「ごめんね」と言ってくれる。
そう……両親から愛されていないわけではない。
ただ家庭状況がそうさせているだけだと理解している。
「アイラ嬢、それでは来月から我が屋敷で過ごしてもらう。
きちんと教育もし、君に不自由ない生活を保障するよ」
目を覚ますと見慣れた公爵家の自分の部屋だった。
昼食後に公爵夫妻との約束があるので今日は学園も休みなのでゆっくりと午前を過ごそうと、のんびり準備を始めた。