19 アイラ花祭り潜入捜査
今日は花祭り当日。
私は鏡の前で今日の服装を確認していた。
朝、入浴時にミレッタと買った、貴族御用達の一時的に髪を染める事のできる染粉で、メイドに手伝ってもらいながら髪を茶色にしてもらった。
ミレッタに選んでもらった町娘風の紺色のワンピースに黒のボレロを羽織って、編み上げブーツを履いた。
頭には黒の帽子をかぶっている。
この花まつりでは男性が意中の相手に花輪を贈り、それを女性が帽子にのせて飾ると相思相愛の証とされる。
しかし、最近では友人から貰ったり家族から貰ったりとするらしい。
親しい異性との間柄でも花輪のやり取りがある。
でもやはり意中の相手から贈られた花輪だけを身に着けることは女の子の憧れとのことだった。
時計を見るとそろそろ待ち合わせの時間なので急いで馬車に乗った。
今日はいろんなカップルが待ち合わせ場所とするとミレッタから教えてもらっていた、噴水前広場に集合することになっている。
別邸に到着すると、今日はミレッタだけが待っていた。
ミレッタが馬車に乗ったので出発した。
「今日はアーロン一緒じゃないんだね」
ミレッタは嬉しそうに頬を染めながら可愛らしく教えてくれる。
「この服を見せたくて、今日は先に出てもらったの」
ミレッタは今日私と色違いの赤いワンピースに緑のボレロに緑の帽子をかぶっている。
どこかで見た色合いだと考える。
「あー!
分かった!
アーロンの色だね」
「私はアーロンの色のドレスを夜会で着たことがないから……。
嬉しいの……。
でもアイラもジョエル様の色なのよ」
ミレッタは嬉しそうにしつつも、いたずらが大成功したかのようにウインクをしながら言。
私は思わず自分の姿をもう一度確認する。
私は婚約者なので夜会でジョエル様の色を纏うことが当たり前になっていた。
そのせいで……気づかなかった。
夜会以外でジョエル様の色を纏うことに少し気恥ずかしさを感じた。
噴水前広場までミレッタと手をつないで向かう。
一際、身長の高い二人が、遠目から女の子に見つめられながら立っていた。
「ジョエル様お待たせしました!!」
急いでジョエル様のもとにむかう。
ミレッタもアーロンのもとにむかう。
「アイラ嬢……今日は一段とかわいらしい……。
……僕の花輪で君をさらに彩らせてほしい」
そっと水色と白の花輪を差し出してくれた。
私は思わず頬を緩めながら頷く。
そして軽く膝を折りかがむとジョエル様は花輪を帽子にそっと飾ってくれる。
チラリとミレッタのほうを見る。
「あー……そうか……。
うん可愛いぞ。今日はこれ飾っとけ」
アーロンがミレッタの帽子に緑の葉と赤い花で作った花輪をさっと飾った。
ミレッタは下を向いて気づいていないが、アーロンの耳の先がほんのりと赤くなっているのをみつけてニマニマとしてしまった。
アーロンに目ざとく私が見ている事に気づかれて
「しー」
とジェスチャーされた。
私は2人のやり取りになんだか胸がほっこりした。
それから4人でまずは中央広場の屋台で昼食をとることにした。
私とミレッタは席を取りに広場につくられた簡易の飲食スペースで待機する。
ジョエル様とアーロンが食事を買いに行ってくれたのをミレッタと見送った。
しばらくミレッタとおしゃべりをしていると、知らない男性に声をかけられた。
「今日、花輪をあげる相手がいなくてさぁ。
持って歩いてると振られたみたいに見えるからさぁ。
君もらってくれない?」
知らない男の人に急に声をかけられ、内容も意味も分からなくてポカーンとしてしまった。
すぐに気を取り直し、男の人を見てはっきりとした口調で言う。
「申し訳ないけど、私は一人からしか受け取る気がありませんので他をあたってくれませんか?」
丁寧にお断りすると男性は
「そっか……」
とあっさり引き下がった。
ミレッタにも別の男性が近づいていたのでミレッタの方を確認する。
けれどミレッタが揉めていた。
「いらないっていったでしょ!?
私はアーロンから以外の花輪はいらないの!!
しつこいわよ!」
普段にはない強い語気で言うミレッタを急いでなだめる。
「ちょっと胸がでかくてかわいいからって調子にのんなよ。
そんな貧相な花輪より、こっちを飾れっていってるだろ!」
どうやらミレッタはアーロンにもらった花輪を馬鹿にされて怒ったようだ。
彼女はいつもこんな揉め事は起こさない会話術を持っているはずなのに。
よほど腹が立ったのだろう。
どうしようと内心オロオロと見守っていると、男がミレッタに手に持っていた花輪を投げつけようとした。
私はまずいと思い近くにあった誰かが飲み干した瓶を目に入れる。
しかしパスっと言う音が聞こえた。
「あーすみませんねぇ。
俺足が長くって。
で? 俺のパートナーに何か?」
アーロンがスッと現れて威圧しながら男が持っている花を軽く蹴りぬいた。
男が持っていた花輪は形を保ったままテーブルの上にポスッと落ちる。
なおも男が言い募ろうとしたが、男はアーロンとジョエル様を目に入れて一瞬固まる。
「あぁこちらこそすみませんでしたぁ。
彼女たちがかわいかったもので……では」
そしてそそくさとテーブルに落ちた花輪を掴んで逃げていった。
あっけない幕切れに瓶に伸ばした腕をすっと引いた。
「アイラ嬢大丈夫か?」
ジョエル様が心配そうに聞いてくれたので
「私は大丈夫です」
とミレッタのほうに目を向けた。
「おいおい。お前らしくないな。
ケガは無いな。ちょっと離れてる間にナンパされやがって」
「だって……アーロンがくれた花輪を貧相って……。
でもあいつらジョエル様とアーロンを見て……。
二人の容姿に負けを認めてすぐ引いたのがおもしろかったから許すわ」
「あーそれで怒ってくれたのね。でも無茶すんな」
アーロンがミレッタを片手で軽く抱きしめていた。
二人の耳は少し赤かった。
「ゴホン」
とジョエル様が咳払いをしたのに気づいたアーロンが何もなかったようにケロリとして普段通りに口を開く。
「飯食おうぜ。いろいろ買ってきたから好きなもの食べろよ」
いろいろな屋台ご飯を説明しながら広げてくれる。
さっきまでの雰囲気は霧散して、みんなでワイワイ言いながら食事を始める。
私も初めての屋台ご飯にウキウキしながらフォークをもって食べ始めた。
私はさっきのことはもうなかったかのような空気に密かにホッとした。
「ところでアーロン。
今日も喋り方を変えるんだな」
ジョエル様がソーダ水を飲みながら話す。
そういえば今日アーロンはいつもの口調だった。
「そりゃここは下町なんだから、貴族喋りだったり、アイラ嬢とかジョエル様とか言ってると一発で正体ばれるぞ?
だから今日はジョエル様もエルと呼んでアイラ嬢もアイラと呼んだ方が今日は安全だぞ?
2人で街に出る時はそうしてるだろ?
不敬になるならもとに戻すが?」
「やはりじゃあ、みんな今日は砕けたしゃべり方をしよう。
俺のことはエルと呼んでくれ。
アイラ嬢の事は……あっアイラと呼ばせてもらう」
「わかったわ。エル」
言われた通りに呼び方を変えてみる。
ジョエル様を見るとソーダ水を持ったまま固まった。
あれ?
だめだったか?
と思っていると
「あっああ」
焦ったように返事をしてくれた。また耳が赤い。
でも今は人も多いし上目遣いで聞くのはよくないと思い、次のチャンスを待つことにした。