第15四半期「シルヴィア」
――サカミさんサカミさんサカミさん!
……サユリだ。
サユリにちがいない。
彼女のほうはずいぶん取り乱しているようだが、そのことにサカミはむしろ安堵した。
「……どうした、サユリ君」
――大変なんですよ! あ、ていうか、サカミさんは無事ですか? 無事なんですよね? 電話出てるんですから。
「まあ……無事だよ。それで、そっちは?」
――あ、はい。まず三次選考のカードなんですけど、あのリョウ君という就活生の相手……。
「うん」
――カツバト開発者、マサシの息子。
「……キリサキ専務が御執心の」
――それが、花鏡院醇麗なんですよ!
「花鏡院コーポレーションの、かい?」
――他に誰がいます?
「そうだね」
――これがひとつ目の驚きです!
驚き……というより、訝しさがあった。いったいキリサキ専務はリョウを勝ちあがらせたいのだろうか、それとも落としたいのか?
グループ分けにサカミも関与した一次選考はともかく、リョウの二次選考の相手は就活格闘家・オニガワラ、そして三次選考は花鏡院醇麗。
けっしてリョウに有利な組み合わせとはいえない。
いや、それどころか実績も実力もリョウよりずっと格上の就活生たちであるはずだ。
リョウの善戦は予想外ということか?
いや、しかしそもそも単純に彼を落としたいだけなら、サユリを支配し人事部の全権を掌握した二次選考の時点でなんらかの理由づけをして、棄権させることも可能だったはずだろう。サカミを「懲戒解雇」に追いやったように。
日曜亭で直接オカミに確かめるまで決めつけられないが、おそらくマサシとキリサキとの間には何らかの遺恨が存在している。
だとすれば、その憎きマサシの息子であるリョウにつかの間の勝利の快感を味わわせ、内定への期待を高めるだけ高めておいて、その期待がピークに達したところで一気に失望のドン底へ突き落とす、――目下そのような復讐の最中だとでもいうのだろうか?
――いや、根拠に乏しい。飛躍しすぎている。第一、その線で考えるのなら二次選考・オニガワラ戦で何らかの介入があったと考えるのが妥当……しかし、何か変わったことがあったか? 二次選考・ジンジィランドの戦いで……?
そう、たしかにジンジィランドは壊滅した。
燃え尽き、水没した。
しかしそれは、オニガワラが……?
いや……?
――おかしい。
サカミは愕然とした。
一次選考も同じだ。具体的内容について思い返そうとすると、いつも奇妙な記憶の混濁に行き当たるのだった。そして、いつもちがう結論を出し、いつもほどほどに納得してしまっている気がする。
これは……。
――サカミさん?
「ああ……すまない」
――考え事、ですか?
「まあね」
――もう、その癖、電話してる時も出ちゃう感じですか? 勘弁してくださいよ。電話代かかってるんですから。
「……すまない。それで、君がリョウの対戦相手・花鏡院醇麗について、『驚き』だという理由は?」
――だって、おかしくないですか? キリサキ専務も当然知ってるはずですよね? 最近の、花鏡院コーポレーションの動き。
「ああ」
サカミにも納得がいった。
「……そうか。そうだろうね」
――実際どんな感じです?
「まあ……さながら独裁国家だ」
――こっちではあんまり目立った動きはないんですけど、あきらかに反・ZAKURO社、反・カツバトですよね。絶対内定者・朱雀とちがって、組織的に活動してる感じが不穏ですし。そのトップを、なんで二次選考で落とさなかったのかなっていう。
「だね」
そうか。実力面でリョウを苦戦させる就活生は、すでに限られてきているということか。
キリサキ専務はその選定に苦慮しているのかもしれない。
リョウを落とすことでなく、単に勝ち上がらせることでもなく、やはり、苦闘の果てに勝利させることが目的……?
何のために?
「しかし、二次選考の審査については、君も関わっているはずでは……?」
――もう、サカミさん! それ、イジメですか? あたし、そのとき……。
「ああ、そうか。花鏡院醇麗はリョウに先立った日程で選考を終えていたんだね」
――です。
「失敬。……それでさっき、ひとつ目の驚きと言っていたが……」
――そうなんです、サカミさん!
サユリはふたたび興奮しながら、
――あたし、目撃しちゃったんです!
サユリはその時、ある部屋の前に立っていた。
キリサキ専務の執務室だ。
推理で場所を突きとめたわけではない。丹念に社内を探索したわけでもない――そもそも構造は毎日変わるのだからそんなことは不可能だ――ただ、キリサキの後をつけたのだ。
キリサキは、誰かと言葉を交わしているようだった。
「申し訳ございません、キリサキ専務」
女の声だ。
「貴様はレジェンド・リクルートの何たるかを少しも理解できていない」
「わたくし、すこしでもお力添えをしたい一心でしたの」
申し訳ございません。
そう繰り返しながら、女の声には悪びれるような感じがすこしもない。むしろ余裕たっぷりだ。
とうとうキリサキは激怒したようだった。
「黙れ、シルヴィア! ……貴様はただ、黙って見ているがいい!」
今なら、気配を察知されずに済むかも知れないと、サユリはうすくドアを開けた。
そして中をのぞいた。
ある記憶が鮮明によみがえった。
そこにいた女。長い金髪の、うつくしい、夜会服の女。
彼女こそ、一次選考でサユリの意識が妖しく霞む直前、目の前にあらわれた女だった――。
「君は……そんなことを? そんな危険な真似を?」
サカミは声を絞りだすように、そう言った。
――はい。……あの、すごくドキドキしました。ドキドキっていうか、バクバクっていうか……。
「何をしているんだ!」
思わず、大声を出してしまった。
出してしまってから、
「……すまない」
――あ、……いえ……。あたしも……。
「いや、僕に……とやかく言う資格などない。今君に危険な役割を担わせてしまっているのは、他ならぬ僕なのだから」
――サカミさん……。
「今の苛立ちは、あるいは僕自身に対する苛立ちだったろう。すまない。どうか、許してほしい」
――……いえ。あたしこそ……ちょっと、考えなしだったかもです。ハリキリすぎてたっていうか……。サカミさんに頼ってもらったの、あたし、嬉しくて……。
「……サユリ君」
――……でも、あの、成果はあったと思うんです。もちろん、もう二度としません、あたしももう、あんな場所二度と行きたくないんですけど……。
「『シルヴィア』と、……キリサキ専務はそう言ったのかい?」
――はい、言いました。あとは、レジェンド・リクルート、って……。
「レジェンド・リクルート……?」
まったく知らない言葉だった。しかし、「シルヴィア」という名前には覚えがある。
どこで聞いたのだったか……あるいは、目にしたのだったか。
――でも、「シルヴィア」って……よくいそうな名前ですよね。あたしむしろ、その「力添えを云々」っていう……。
「ああ、それも気になるね。何らかのかたちで策謀に加担しているということなんだろう」
――何者なんですかね。
「ふうむ……。資料室に行けば、社員名簿が存在するだろうが……」
そのときおかしな音がした……と思ったのは、サカミの気のせいだろうか?
「……まあ、今となってはもう、キリサキ専務の手が及んでいる可能性が高いが」
――……。
サカミは端末を耳から離して、画面を確認した。電波状況が悪いわけではない。
「……サユリ君?」
――すみません、サカミさん。
……ん? サカミは眉をひそめた。
――また、改めて連絡します。
奇妙に抑揚のない声でそう告げて、サユリは一方的に電話を切ってしまった。
――何だ? 今の感じは……。
胸さわぎがした。しかし、電話をかけ直すのはためらわれた。
なぜか、今はそうしないほうがいい気がした。
プレハブ小屋にもどると、ネズミが、ヘッドホンを外してこちらを見た。
万事問題なし、と告げるようにサカミは軽くうなずいてみせた。
ネズミもうなずき返した。
そして膝の上にひろげていたリクルート・スーツの図面を、サッと脇にのけてしまった。




