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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第12四半期「ネズミとサカミ」

 エリカが傾聴業務に従事しているころ、ネズミはひ弱な肩にロープをかけ、ふたつの樽を引っぱっていた。

 横倒しに転がすわけでもなく、まっすぐ立てたままの樽を、息を切らして引きずっていく。

 ただでさえ運動は苦手なのに、舗装もされていないこの悪路。根っこや石っころが突きだしていたり、ふいにぬかるみがあったりする。おまけにこの樽、ただの樽じゃない。

 限界はすぐにきた。


「あの……」

 汗だくになって振り返り、切れ切れの息で提案する。

「ふつうに、行きませんか?」


 とたんにふたりの男の頭があらわれた。


「ふうむ……」

 と、サカミ。

「たしかにね。僕もそう、思い始めていた」


「そうか」

 男もうなずいた。


 サカミの立場として、強く申し添えておきたいことがあるとすれば、それは、こんな珍妙な移動方法を発案したのは、この男のほうだということだった。


 どうも彼と行動を共にするようになってからペースを乱されがちな自分がいる。苦笑する思いだった。


 ネズミが言った。

「表通りを歩くには、かえって人目につきますよ。……裏道ならそもそも、隠れる必要自体がないわけだし」


「……君が正しい」

 サカミはうなずいた。


 はじめ砂浜で出会った時には、この少年を信用していいものかどうか、判断がつきかねた。ところが樽に収まってこんなところに打ち寄せられた経緯を、どう説明したものか思案しているうち、隣の男が、


「密航……してきたんだ」


 と、なんというか驚嘆するほどの正直さで打ちあけたものだから、サカミとしても隠しごとをするわけにはいかなくなった。


 すると、ネズミはネズミでちかごろの島の概況を説明しながら、よそで漏らせばそれこそ()()()()()かねないような不満が出るわ、出るわ。


 日曜亭をめぐって利害が衝突しかねない花鏡院コーポレーションの人間とは協同しにくく、それでいて情報提供者を求めていたサカミは、この少年こそ格好の案内役であると考えて、助力を乞うたのだった。


 山中ではあるが、三人は休憩を取ることにした。とくにネズミはくたくただ。


 くたくたではあるのだが――。


「……あれ」

 ふいにサカミのぶら下げたラジオに目を留めた。

「おじさん、それ」


 サカミはラジオを手渡してから、


「ふうむ……。おじさん、か」


 ネズミのほうはサカミのひそかな傷つきなど知るよしもなく、両目を覆っていた前髪を掻き上げて、ゴーグルを装着。側面やら背面やら、つぶさに観察しはじめた。


「壊れてますね」


「まあ、海を渡ってきたわけだから……濡らしてしまったかな」


 サカミはもともとの所有者だった男の顔色をうかがった。男はいつの間にもぎとったのか、見たこともない水玉模様の果物に、とくに美味そうにということもなく、齧りついている。


「いや、でも……いけるかな」

 ネズミはぶつぶつひとり言をいっている。

「……うん。いける。おじさん、ペン持ってます?」


 サカミはふところを探ってみた。が、見当たらない。いつもは用意しているはずなのだが……。


 唐突に男が、木の枝を差し出した。無表情で。何を考えているのだろう。


 受け取ったネズミはやはりいろいろに向きを変えてしっかりと観察してみてから、

「まあ、いいか。……ありがとうございます。これでも大丈夫です」


 それからはあっという間だった。四角いラジオをルービック・キューブのように自在に回転させながら、ふたを開けてみたり、枝を突っ込んで中をガチャガチャいじってみたりしていたかと思うと、


 ――AZUMANISHIKI・ゴーダのレイディオ、「毎日がキンギョう日」!


 ネズミは慌ててツマミを回してから、感嘆しきりのサカミにラジオを返した。


「得意なのかい?」


「いや、それほどでも」


「大したものだよ」

 心からの言葉だった。


「ぜんぜんですよ。……ボク、就活あぶれた組なんで」


 ……ネズミは語りはじめた。

 子供のころ、島外で就活することを夢見ていたが、早熟なゴーダのマインドに衝撃を受け、島にとどまって島のために働こうと決意したのだ、ということ。

 趣味の機械いじりにしても、なにかの役に立つのではないかと期待していたが、保守的な島の人々は――カツバトは例外として――最新機器のたぐいにあまり興味を示さず、ならばそれしか能のない自分はどんな仕事に就くべきか、ひそかに思い迷っていたこと。


 そんなとき、花鏡院コーポレーションの進出による「文明化」の波が島に押し寄せた。

 初めのうちこそ、ネズミはちょっと期待していた。

 今どんどん増えていく設備はこれまで見たこともない最先端の技術をあつかうもののようだけれど、すこし勉強すれば自分も一人前のエンジニアとして仕事ができるんじゃないか。島に貢献できるんじゃないか。ゴーダの役に立てるんじゃないか。


 しかし――。


「ぜんぜん、ダメでした。ゴーダはもう、僕のことなんか必要としてないんです」


「ふうむ……」

 サカミはやや迷ったが、それでも、あえて訊いてみることにした。

「必要と……される必要があるのかい?」


 ネズミはなにか答えようとした。


 しかしその時、


 ――……集団ヒステリーか何かだったんじゃないのか? ただでさえ、ブッソウな話があるじゃないか。


「ん……? これは……?」


 ネズミはラジオに耳を押し当てて、それから周波数を確認した。


「無線か……なにかですね。花鏡院コーポレーションの内部通信だ」


「すると我々は今それを、『傍受』している?」


「まあ、狙ったわけじゃないですけど……」


 ――こちらAZUMANISHIKI、屋上。いよいよどうかしてる。落ち目の権力者は宗教的なものにすがるというが……。鳥居まで立ってる。


 ――それで肝心の、ナマズは?


「ナマズ?」

 ネズミは眉をひそめた。

「暗号かな……」


「いや、言葉のままだ」

 もちろん、思いあたるふしがある。

「……そうか。君はまだ、知らないのか」


 ――ダメだ。ぜんぜん、しゃべらん。

 ――やっぱり「カツバト」のせいじゃないのか? 夢ばっかり見てるから、白昼夢に浮かされたんだよ。どうする?

 ――さあ……。大きさも相当なものだが。

 ――じゃあ差し詰め、解剖ってとこかな。

 ――まあ、そうかもな。


 サカミは立ち上がり、尋ねた。

「AZUMANISHIKIっていうのは……?」


「あれです」

 ここからでもよく見える高層タワーをネズミは指差した。


「その屋上に、行きたいんだが」


「え? 今の話を聴いて……ってことですか?」


「ああ。……彼には」

 サカミは船上の珍事を思い出していた。

「悪いことをしたと思ってね」


「彼って……?」


「あなたは、どうしますか」

 男のほうを向いて、サカミは尋ねた。


 男はまた奇妙な、今度はトラ柄の果物に齧りついて、ゆっくりと咀嚼してから、


「まあ、そうだな。……行くか」

 と、言った。


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