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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第8四半期「訪問者たち」

 その置き手紙の主、タナカはそのころある扉をノックしていた。

 いや、ノックというと少しちがう。もう、がむしゃらに叩きまくっているだけだ。

 引き戸のガラスが砕け落ちそうに揺れている。

 やがて、その打撃音に劣らぬ荒々しさの足音が、どたどた近づいてきた。そのまま一気に開いた戸から、


「――ぶっ壊れるでしょうがよ!」


 真っ赤な着物。細身に、青ひげ。短髪、不機嫌そうなしかめっつら。リョウの話そのまんまの、()()()()が姿をあらわした。


「あんたが、オカミさんか?」


「ああ?」

 オカミは怪訝そうにタナカを見ている。


「オレ、タナカ」

 それから背中の、苦しげな息の少年を横目で示し、

「こいつは、シッポ」


「――就活生かい?」

 わかっていながら、オカミは問いかけた。果たしてタナカは、頭を振った。


「リョウのダチさ」


「ああん!?」

 オカミの顔がぬっとタナカに寄った。

「知らないわねえ、そんなガキんちょ。少なくとも、うちの子じゃないわねえ」


 タナカはたじたじとして、

「ここ、日曜亭だろ?」


 初めて会った日、リョウが甲板で打ちあけてくれた身の上話をタナカは鮮明に覚えていた。あれは物語に託してあったが、まぎれもなくリョウ自身の話、ほんとうのリョウの物語だ。その記憶を頼りに、ここを訪ねてきたのだった。


 オカミの顔が離れた。

「……厄介事かい」


「申し訳ない」

 タナカは素直にそう言って、頭を下げた。就活生の会釈とはずいぶんちがっていた。

「他にあてがないんだ」


 オカミはふたたび、苦しげなシッポに目をやった。

 そして、

「――入んなさい」


「いいのか?」


「ダメだけど」

 オカミは背を向けながら言った。

「状況が状況でしょうがよ」


 中に入るとすぐ、オカミは布団を取りだし、畳敷きの四畳半にシッポを寝かせた。ちゃぶ台を片隅にどけてお茶を用意し、軽くひと息。


「……すまねえ」

 タナカはあぐらをかいたまま、ていねいに頭を下げた。


 湯気の向こう、オカミの鋭い目がこちらに向いていた。

「……銃、だわね」


「わかるのか?」


「アンタたちだったのかい。昨日でっかい花火が上がってたけど」


「……いかにもさ」


「お下劣な音だったわね」


「実は、オレたち――」

 事情の説明に逸るタナカを、オカミは手で制した。


「聴きたくないわ」


「でも……信用してくれるのか?」


 するとオカミはお茶をひと啜り。まっすぐにタナカを射抜く眼光で、問いかけた。

「証を示せ、と言ったら?」


 答えられない。


 オカミはまた、茶をひと啜り。

「信用なんて言葉、そう簡単に使うもんじゃないわよ。アンタ……何ちゃんだっけ?」


「え? ……タナカ」


「タナカちゃん。……今、アンタのするべきことは?」


 そう言われて、タナカはシッポを見やった。

 わかる。このままじゃ、今にも――。


 唇を噛んだ。

「……応急処置はした。でも焼石に水だ」


「でしょうね」

 オカミはため息とともにそう言って、立ち上がった。

「……ついて来ちゃダメよ」


「え? でもなにか、手伝えることが――」


 オカミは湯呑みを指差した。


「茶柱、立ってるわよ」


 茶柱?

 茶柱……。

 渋茶に映る自分と目を合わせているうちに、足音がちかづいてきた。オカミが、もどってきたのだ。


「オカミさん、茶柱なんて――」

 と、ささやかに抗議しかけて、タナカは目を奪われた。


 オカミが両手で丁重に持っているそれは、手ぬぐいだ。

 手ぬぐいにちがいない。

 でもなんとうつくしく、なんと青く光っていることだろう。


「『マナ』……」

 タナカは呆然とつぶやいた。


 オカミはタナカに一瞥をくれたが、とくに何か言うこともなかった。

 ととのった所作でシッポの前に端坐すると、肩をはだけさせ、包帯を慎重に解いていく。

 そして、手ぬぐいを傷口にあてがうと――。


「ウッ!」


 ひときわ苦しげな声があがった。

 思わず身を乗りだすタナカを、オカミが片手で制止する。

 シッポの表情に穏やかさがもどるのに、そうかからなかった。


「――ふた晩、てとこかしらね」


「え?」

 もってあとふた晩? 治ったんじゃ? 早とちりして、タナカは腰を上げかけた。


 オカミはしれっと振り向いて、言った。

「――完治まで」







 リョウが出て行ったあとの部屋、もうすっかりつめたくなった残されたカレーを、シズナは捗らない手つきで処理していった。


 テーブルクロスは剥ぎ取られ、その下の別に汚れてもいない食卓を、黙って拭きつづけていた。端から端まで、水気のとぼしくなったふきんの重たい往復運動が、何度でもくり返されている。


 ――その手が、ふいに止まった。


 ドアのほうを見た。

 薄闇から、二つの影が浮きあがってくる。


 一瞬で、シズナは名刺を構えた。けれども、あらわれたキョウカの姿を見て、上げた右手の力は萎えるしかなかった。


「――お姉ちゃん」


 ――何? その笑顔。その、しゃべりかた。

 そして、戦意を取りもどすことのできないまま突っ立っているシズナにやさしく語りかけてきたのは、


「――御無沙汰しているね。シズナ」


 父だった。


「なぜ我々がここにいるのかわからない、といった様子じゃないか」


 シズナは、茫然としていた。


「君がこの薄汚い世界の片隅で、無邪気な反抗を画策していたことはじゅうぶん、承知していたよ。だがこれまでは、そう、スタンスとして、『放任』を採用していたんだ。まさか本気で思っていたのかい? 我々が、君の居場所ひとつ探りあてることができないとでも」


 我に返るなりシズナは弾かれたように振り返り、退路を確保しようとした。しかし、背後の窓の前にはいつの間にか、キョウカが回りこんでいる。


 そう、キョウカ。

 キョウカが出向してきたことが、あったではないか。あの本一冊だけで引きさがるこいつらじゃない。わかっていた。わかっていたはずだ。

 それなのに、その事実からも、やっぱりわたしは目をそむけようとしていた。見て見ぬふりで、対策を怠った。


 ――救いようのない馬鹿だわ。


 自分への愛想尽かしがシズナの身体を重たくこわばらせた。判断も鈍っている。

 すかさず、キョウカが近づいてきた。

 シズナは強力な会釈で応じようとした。――しかし、できない。


「お姉ちゃん」

 にっ、とキョウカが笑ったせいだった。

「どうしたの? お姉ちゃん。怖い顔して」


 シズナは身ぶるいした。愕然と、

「――なに、そのしゃべりかた」


 身を引こうとしたところ、強く腕をつかまれた。


「やめて!」

 振り払おうとしたが、しがみついたまま、キョウカは離れない。拘束しているというのでない。ころころ笑いながら、じゃれついている。シズナはほとんどおびえ声になって叫んだ。


「やめて! ……やめて!」


 しかしそのとき、

「どうして? お姉ちゃん。わたしのこと、嫌いになった?」

 と、今度はキョウカのほうが示したおびえ顔に動揺し、力を抜くしかなかった。


「……どういうこと」


 背を向けたまま、しずかにフェーリクスに尋ねる。どうせ仮面をしているのだから、まなざしなど向けても向けなくても同じことだ。


「君たちは、昔から仲のよい姉妹だった」


「許さないわよ」


「……と、いうと……?」


 しらばっくれるような、その態度。言葉になりそうもなかった。


 ――こいつ……どこまで卑劣なの? どこまで残酷なの?


「シズナ。何をそんなに、怒っている? 怒りというのは、シズナ。人間の抱く感情のうち最も無益なものだよ。そう思わないか?」


「……悲しいのよ。悲しくて、むかついてるの」


「悲しみもだ、シズナ。悲しみも怒りと同様に無益。そして喜びも。そして快楽も。つまるところ、シズナ。感情というのはどれもみな……たんに、業務遂行の妨げでしかない。そういうことになりそうだね?」


「だから!」

 シズナは語気荒く言った。

 しがみついたままのキョウカが震えた。シズナは、声を落ちつかせるほかなかった。


「――だから、利用しても許されるっていうの? わたしの感情を。踏みにじっても、それであんたは何も思わないっていうの?」


「シズナ。我々がなぜ他ならぬ今日、訪れたかわかるか?」


「話、そらさないで!」


「今日は……君の誕生日じゃないか、シズナ」


「そうよ、お姉ちゃん!」

 シズナは思わず見下した。戯れるキョウカと目が合った。

 とても、演技だとは思えない。思いたくない。


「……お祝いだけしにきたわけじゃないんでしょ」


「本題に促してくれているのかい? 明敏だね。さすが我が娘。さすが、ホロウワークの子」


「御託はいいから!」


 キョウカがまた不安げに、こちらを見上げてきた。

 シズナはまた声を抑えた。

「言いたいことがあるなら、さっさと言いなさいよ」


 フェーリクスは、言った。

「もう一度、やり直さないか? シズナ」


「やり直すって……?」


 ある、予感があった。返ってきたのは、その通りの言葉だった。

 

「――家族を」



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