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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第1期「伝説の就活生、レジェンド・リクルート」
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第8四半期「急襲!青年と龍」

 シズナがようやくそこにたどりついたとき、探し求めていたカツバトは、川の向こうに立っている見知らぬ、明らかにうだつのあがらない雰囲気の青年の胸もとにしっくりと収まってしまっていました。


 表情は、見えません。じっさい、この気持ちをどんな表情ならふさわしくあらわせるというのでしょう。意識も注意も何もかも、目の前の光る文書にすいこまれていました。


 父さん名義の、カツバト企画書? どういうこと? だって、カツバトの開発者は、キリサキ専務じゃなかったの? それに、「特殊人事課」って……?


 しかしその時、


 ――ちょっと、それ!


 対岸からの大声に、リョウはとびあがりました。


 と思うと、シズナはいつの間にか胸先三寸の距離にいながら、リョウの胸中など推し量るよしもなく、胸のカツバトをぐいぐいひっぱっています。


「返しなさいよ、この、ドロボウ!」


 ふつう、これだけ乱暴にひっぱれば、安全装置が作動して、カツバトはするりと外れてしまうはずです。


 けれども、びくともしないばかりか、カツバトはこころなしか、ますますこの青年に固執していくようではありませんか。


「ちょっと待って、――待って! くるしい!」

「これ、わたしのよ。なんであんた、しれっと身につけてんのよ」

「知らなかったし――落ちてたから! ちょっとつけてみただけで――」

「落ちてるものは、アンタのものなの?」

「そうじゃ、ないけど、でももしかしたら、父さんの――」


「じゃあ、これもらった!」

 シズナは奇岩の上に置きっぱなしになっていたあかがね色の本に目をつけて、アジャイルに、そして見せつけるようにピックアップしました。リョウはほとんど泣きそうになりながら、

「そんな!」


 シズナはそれ見たことかとばかり、

「だって、落ちてたもの」


「わかったよ」

 と、リョウは言いました。

「ちょっと、つけてみただけなんだ。返すよ」


 シズナはうなずいて、

「そうでしょ? ――どう? わたしの交渉術」


 長年、ほんとうに長年鍛えつづけたかいがあるというものでした。


 リョウはチラリと、恨めしげなまなざしを送ると、そのままカツバトに手をかけて、

「本日は、お疲れ様でした。またの機会に、宜しくお願い申し上げます」


 と、就活生たちがよくやっているように、シャットダウンのキーワードをつぶやきます。これで、安全な取り外しが可能な状態となったはず。首とカツバトとのあいだに指をすべりこませ、ぐいぐいとちからを込めるのですが――。


 シズナの顔は、どんどん、納期間際の現場の上長じみてきます。

「何、とろいことやってんの? はやくよこしなさいよ」


 リョウはつぶやきました。

「外れない」


「は?」

「これ、外れないんだ」

「ふざけたこと言ってると、このうすぎたない本がウォーターフォールすることになるわよ」

「そんなぁ!」

 と、リョウの両眼からウォーターがフォールしそうになったその時でした。


 インシデントというのは、立てつづけに発生するものです。


 はるか上空に、巨大でいびつな影があらわれたと思うと、たちまち月を覆い隠してしまったのでした。





 就活生たちはのんびり夜空を観賞していました。都市部ではまず拝見できない満天の星空。その果てから果てへ、太古の潤滑油のながれた跡ともいわれる薄白い靄が、ダイバーシティに富んだ星々をひとすじに取りまとめながら、走っているのでした。


 すると、そこにぽつり、とつぜん、染みのようなものがあらわれたのです。


 はじめは留意する者とてありませんでした。そのくらいちいさな影でした。


 せいぜい、――衛星かな? それとも、飛行機? そんなぐあいでした。


 ところがその黒点はどんどん大きくなっていくのです。就活生たちはざわつきはじめました。


 ――ブラックホール?


 ――ブラックホールって見えるんですか?


 ――やはり物事はなんでも「見える化」が重要だと思うんで……。


 などとさかんに意見交換しているうちに、その未確認飛行物体はファースト・インプレッションとちがって黒くも微小でもないことがはっきりしてきました。もう、ざわついていられるフェーズではありませんでした。



 それは、どう見ても、龍だったのです。


 そして、龍の背中。月光を背に、何者かが立っていました。


 さすがの就活生たちも、あんぐり。所感をのべる余裕もありませんでした。


 あの姿勢のよさ。並の就活生であれば百年、いや千年、カイロプラクティックに通ってようやく手に入れられるはずの姿勢。


 ――そう。


 その男こそ、百社受ければ百社受かるという無敗の男、最強の就活生、絶対内定者・朱雀(23)なのでした。


 腰までとどく、燃えるような赤い髪。並みの証明写真機であれば、ひと睨みにぶち壊してしまいそうな眼光。そして胸元に、大蛇のごとくうねり狂う八本のネクタイ。


 朱雀は重々しく口を開きました。

「本日は――」


 まずは、挨拶。


「――来る!」

 就活生たちは、身構えました。


「貴重なお時間を頂戴いたしまして――」


 全世界に轟きそうな、この声量。SNS不要の、拡散力。


「――皆さん!」

 就活生のうち、状況対応能力に自信のあるものがここで提案しました。


「恐れることはありません。即刻、着眼点の転換をおこなってくださいますよう、宜しくお願い申しあげます。――なに、所詮、空想現実ではありませんか。カツバトを切れば、それでおしまい。龍も見えなくなりますし、挨拶だって、聞こえなくなりますよ」


 それは、しごくもっともな意見として支持を集めました。


 就活生たちはただちに、カツバトを外しました。


 が、龍も、朱雀も、()()()()()。姿を消すどころか、むしろますますインフルエンスを発揮しているようにさえ感じられます。


 そんな、馬鹿な?


 ――などと思う間もなく、



「――誠に! ありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 挨拶はレーザービームとなって直撃し嵐をまきおこし火山が爆発し、地が揺れ爆風が駆けぬけクレーターができ塵埃が立ち込め、幾重もの悲鳴が響いたのでした。


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