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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第5四半期「傾聴」


 しゃべる大ナマズはけっきょく、守り神としてアズマニシキに祀られてしまった。

 一度はサカミの説得に応じかけた就活生たちだったけれど、相手がただの密航者にすぎないことがわかると、そんな悪人の意見に従うなんてひどく屈辱的なことに思えた。

 それで、皆かえって自説の固守に傾いてしまったのだった。


 その結果、連鎖的に起こったのがもうひとつの「事件」だった。

 エリカの実家「かもめ亭」に、数えるのも嫌になるくらいの就活生たちが押し寄せてきたのだ。


 ナマズがでてきて、かもめ亭がにぎわう――なにかのことわざみたいだけれど、突風が桶屋に利潤をもたらすメカニズムほど、回りくどくはない。


 というのも、言葉をしゃべる魚との遭遇に、就活生たちの「常識」は一撃でぶち壊されてしまったのだ。その気持ちは、驚愕というより絶望にちかい。

 生きてきた世界の狭さ、積んできた経験のとぼしさを思い知らされたような気がした。まるで、全宇宙がバラバラにくずれ落ちていくような恐ろしさだ。


 この気持ちを誰かに聴いてほしい。この衝撃を誰かと分かち合いたい。とにかく安心させてほしい――。


 となれば、行き先はひとつしかない。


 ()()の名人であり、「可愛すぎる」大学生、エリカのところだ。


 もちろん皆、エリカの一身上の事情など知らない。今は学期中だから、ふつうに考えて、大学のほうにいるだろうという認識だ。

 が、本人はいなくても電話がある。話を聴いてもらうことはできる。

 彼らはエリカを求めていた。いや、エリカじゃなくてもいいから、黙って寄り添ってくれる誰かを必要としていた。心から。





 浅い眠りから醒めた昼過ぎ、まったく気が進まないのだけれど、それでも両親のことは心配なので、エリカはしかたなくかもめ亭に向かった。


 見慣れたはずの道なのに、街並みどころか地形まで変わっている。実家なのに、ゴーダの案内がなければきっと帰ることもままならなかった。


 物陰からうかがってみると、いよいよ抗議の声さえ上がりはじめている。


「あんたらなんかに用はないんだよ!」

「エリカだよ! エリカを出せ! 電話でいいから!」

「わたしたちとっても不安なの! 話を聴いてほしいの!」


 戸口でアヤコとヨシヒトが申し訳なさそうに何度も頭を下げている。


 このまま暴動にでも発展していきそうな物々しさだ。こんな状況でなぜこんなところに潜んでいるのか、ゴーダは不可解そうにエリカを見ている。


 エリカは出ていきたくなかった。傾聴なんてしたくなかった。とてもそんな気分じゃなかった。でもだからといって、このまま暴徒らの前で萎縮しきりの父母を見棄てることは、――そんなことは、できそうにない。


「――エリカ」

 べつにそれをきっかけにしてというわけでもないが、そっと促すようなゴーダの声とともにエリカは重い身体を無理やり立ちあがらせると、おずおず、人だかりのほうへ歩み出ていった。


 その姿を認めたアヤコの顔が輝いた。

「エリカ!」


 騒ぎが嘘みたいにおさまる。就活生たちがいっせいに振り向く。


「お帰り、エリカ!」

 ヨシヒトも素朴なうれしさを爆発させている。


 就活生たちがまっぷたつにわかれて、道ができた。たくさんの期待を浴びながら、エリカは両親の前に進んでいった。


「……ただいま」

 つぶやくように、エリカは言った。この言葉を、こんな気持ちで言いたくなかった。


「お帰り、――お帰り、エリカ」

「みんな、あなたを待ってたのよ」


 エリカはうなずいた。


 振り向くと、さっきまで野放図をきわめていた就活生たちがきちんと列をつくって並んでいる。


「旅疲れは、どう? 大丈夫?」


 就活生たちの手前、アヤコは小声でたずねた。

 今すぐ傾聴を開始できるか、という意味である。うつむいたままのエリカのうなずきに、アヤコはほっとしたようだった。でも、こんな状況で拒否できるはずもない。拒否することは、許されない。エリカはそう思った。


 そのままヨシヒトに伴われて、エリカはいつもの部屋に入っていった。

 窓の向こう、黄色いカーテンに、エリカの横顔が浮かびあがる。

 就活生たちは一人ずつ番号を呼ばれて、中に入っていく。本人が望まなければ住所も連絡先も、氏名すらも明かす必要はない。待機者たちに、手書きの整理券とつめたいお茶、それにちょっとしたお菓子が行き渡っていく。


 そこに、ゴーダが姿をあらわす。若きビジネス・リーダーの登場に、みんな沸きたっているようだ。サインをねだる者もある。写真撮影を求める者もある。ゴーダは満更でもなく、――どころか意気揚々とリクエストに応じている。


「――はあ」

 ネズミは肩を落とし、顔をそむけた。


 エリカに話を聴いてもらいたかったが、あの様子ではとても無理だ。

 それどころか、むしろ悩みの種が増えてしまった。

 来た道を、すごすごと引き返すほかない。


 ――ゴーダ。ほんとうに変わっちゃったな。


 変わった。何もかも、変わった。島だってずいぶん変わった。しかしネズミにとっては、いちばん変わってしまったのはゴーダだった。


 ――BOCCHI-21。こんなんじゃなかったはずなのに。


 海沿いは工場だらけ。山は採掘場だらけ。街中にも得体の知れない研究施設が増えてきている。

 空気は濁り、水は淀み、土は干からびている。

 何だかガラの悪い就活生を見かけることも多くなった。ネズミ自身はまだ直接被害に遭ったり、目撃したりしたことはないけれど、カツバトではない何か奇妙な力を振りかざして威張りちらしているらしい。


 街は、ぎすぎすと嫌な雰囲気だ。

 みんなこの現状を、どう思っているのだろう。


 確かめることはできない。噂では、アズマニシキおよび花鏡院コーポレーションに反抗的な言動をした者は――たんに疑問を表明した者すら、深夜に使者を差し向けられて、()()()()()()らしい。つまり、翌日から姿を消すらしい。


 あの就活生たちのゴーダ礼讃だって、どこまで本気かわからない。しかしどうも、ゴーダは本気で有頂天になっているようだ。


 ――ゴーダ……そんな人間じゃなかったはずなのに。


 もちろん、おだてに乗りやすいところはあった。ほめ言葉にイチコロなところもあった。自慢話が好きなところも。

 ……でも、それはつまり、それだけ単純な、それだけまっすぐな性質を持っているということだ。

 そんなふうにネズミは好意的に解釈していた。

 どう考えたって、ゴーダは狡猾な策略家タイプじゃない。冷酷な独裁者タイプでもない。まっすぐに、愚直なほどまっすぐに島を愛していた。不器用だけれど、クセのつよい性格だけれど全身全霊で島を愛していた。その結晶が「BOCCHI-21」だったはずなのに。


 ――花鏡院だ。あの花鏡院醇麗が、ゴーダを変えちゃったんだ。


 ネズミはそう信じていた。あいつがお金や甘言でゴーダにつけ入って、いいように利用しようとしているんだ。


 とぼとぼ歩くうち、海岸に来ていた。

 このあたりはまだ開発がおよんでいないのか、めずらしく砂浜が残っている。もっとも、海は毒々しい青さに濁っている……。昔みたいに足を浸して遊ぶことは、もうできないだろう。


 ふと、光るものがあった。


 ――何だろう?


 ネズミは駆け寄って行った。


 樽だ。大きな樽がふたつ、律儀に据えたみたいに、並んで直立していた。


 ――漂流物……?


 べつに、めずらしくもない。ボッチ島には何でも流れつく。ネズミなんて新品のテレビや冷蔵庫を――それこそ、ゴーダに手伝ってもらって――持ち帰ったこともあるし、生きたまま打ち上げられたクジラを見たことだってある。


 しかしこの樽、どうも稀代の珍品らしかった。


 ネズミが近寄るなり、気配を察知したみたいに、がくがくがくっ、と大きく揺れはじめたのだ。


「うわっ」

 ネズミは腰を抜かした。

 陽光にくらんだ目に、ふたつの影がむくり。


「……何とかなったようですね」

 スーツの男と、


「……そうか」

 コートの男があらわれた。


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