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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第1四半期「スクランブル」

「2人の合計ということでなら式が作れることがわかる」


就活ネットワーク編『SPI3&テストセンター 出るとこだけ! 完全対策2024年度版』



 黒い海に月あかりの道が揺れている。


 凪いでいる。風もない。雲もない。

 海がどこまでもひろがっているのが、よく見える。


 シッポはあくびをした。


「――ん」

 かたわらのタナカが、前を見たままなにかを差し出す。操縦桿を握っているのだ。脇見するわけにはいかない。


「これなに?」


「ガム。眠気ふっ飛ぶぜ」


「苦いやつ?」

 シッポは顔をしかめる。


「スースーするやつ」


 するとシッポは目をぎゅっとつむって、

「いらない」


「そうか? まあうまいもんじゃないけど、効くは効くぜ」


「……オイラ、起きてなきゃダメ?」

 とたずねるシッポはどこか申し訳なさそうだけれど、タナカはあっさり、


「いや、いいよ。寝てても。ただ……声かけたらすぐ起きろよ。なにがあってもおかしくないからな」


 ()()()()()()()。詳細については、あえてシッポは聞かなかった。窓側をむいて、窮屈ながらどうにか寝られる体勢をつくると、


「……ゴメンよ、アニキ」

 タナカのアンちゃん、はいつの間にか「アニキ」になっていた。


「気にするなって。――オレも、気がかりだからさ。あんな話、聴かされちゃあ」



 つい昨日――つまり、二次選考の二日後のことだった。

 なぜかタナカは選考中の出来事をおぼろげにしか覚えていないのだけれど、結果は、テレビ含む各種メディアの報じるところではリョウの大勝利、ということで終わったらしい。

 それはまあ、めでたいことだと言えるだろう。


 しかし、問題はオニガワラだった。


 ZAKURO社の新たなメディア戦略――選考の中継――を妨害し、ジンジィランドを壊滅させた「テロリスト就活生」として、世間から大バッシングを受けているのだ。


 もちろん当人にしてみればまったくの濡れ衣。いっさい身に覚えのないことだが、不幸なことに、身の上が災いした。すなわち、就活のカツバト化により、潰れかかっている道場のひとり息子。


 ……となればもう、今回の犯行はカツバトを開発し、就活格闘技を廃れさせたZAKURO社への怨恨からのものだろう、というしごく分かり易いストーリーが大衆にすっかり根づいてしまったのだ。


 オニガワラはいま、ジンジィランド再建ボランティアに従事している。それすらも偽善だとかカムフラージュだとか、手厳しい御指摘をたまわっている始末だ。


「――うす。これも自分の心の弱さのせいっす」


 それ自体タワーのような大量の資材を肩にかつぎながら、そんな意味深なつぶやきを、同じ現場でアルバイトするタナカに漏らしていた。その時タナカは……。なにか思い出せそうだったのだが、わからない。なにかっていったい何だろう。いくら頭を捻ってみてもわからなかった。


 そんなタナカのところに、


「アニキ!」

 と、シッポが訪ねて来たのだ。


「よお、シッポ」

 タナカは資材を担いだまま、片手を上げて気軽に挨拶しかけたのだけれど、

「……どうした?」

 血相変えたシッポを見て、真剣な表情になった。


「アニキ、大変なんだ、エリカ姉ちゃん、エリカ姉ちゃん、エリカ姉ちゃんが――」


「おい、落ちつけ。どうしたんだよ?」


 ――シッポは息をととのえる間も惜しむように、事の次第を説明した。


「え? 港で、エリカを見かけたって? そんで……花鏡院醇麗と一緒に、船に乗り込んでいった?」


 こうしている間も惜しいというようにシッポは高速でうなずきつづけた。


「リョウも、言ってたよな。倉庫でバイトしてたとき、エリカと花鏡院が一緒に、って。……あいつのところで、インターンでもしてるのか?」


「違うよ、アニキ。花鏡院コーポレーションは『新卒採用』ってのをしてないらしいんだ!」


「……なるほど。じゃあ……」

 デキてるとか? と、言おうとしたタナカをシッポは慌てて制止した。


「そんなんじゃない! エリカ姉ちゃんが、あんなやつに……」


「まあ、それはわからんが……でもたしかに、妙だよな」


 シッポによると、ここのところエリカは、もう何週間も連絡のつかない状態だったらしいのだ。二次選考のときだって音信不通だった。あんなにリョウのことを気にかけていたはずのエリカなのに。


「エリカ姉ちゃん……すごく、落ち込んでるみたいだったんだ。花鏡院の言うことだってほとんど聞こえてないみたいだった。こうやって下を向いたまんま、とぼとぼした歩きかたで……なんていうか……そう、ユーレイみたいだった」


「まあ、落ちこむのは……無理もないかもな」


「え? どうしてさ?」


「だって、船に乗るってことはボッチ島に行くんだろ? エリカにとっちゃ里帰りさ。その里帰りのための船に乗ることすら、今じゃ花鏡院コーポレーションの許可がなきゃあままならない。……なんてさ、エリカにしてみりゃ、そうとう悔しい状況なんじゃないか?」


「それだけじゃ、なさそうな感じだったけどなあ……。それにこんなに急に里帰りって、なにかあったのかなあ」


「そりゃお前、落ちこんでるってことからして……身内の不幸とか……」


「そんなことだったら、オイラたちになにかひと言、言ってくれてもいいのに」


「リョウは何か知らないのか?」


「アンちゃんは……」

 シッポは目を逸らして、言った。

「いま、大変そうなんだ」


 選考が終わってすぐ、リョウは部屋に閉じこもってしまった。祝勝会の誘いに応じないどころか、食欲そのものが湧かないとのことだった。


「しばらく、ひとりになりたいって」


「シズナは?」


「あの女は、いつも通り。ムスッとしてるよ」


「……そうか」

 タナカはとても悔しそうに言った。こんなとき、リョウになんにもしてやれないなんて。


「うん」

 シッポも悔しそうだった。


「それでお前、オレのところに来たってわけか」

 すこしでも気分を変えようと、つとめてあかるい声でタナカは言った。


「ううん」

 シッポは頭を振って、

「そうじゃないんだ。オイラ、アニキに、お願いがあるんだ」



 ――それが飛行機の操縦だった、というわけなのだ。

 エリカを追いたいが、許可証もなく就活生でもないシッポは、船に乗ることはできない。ボッチ島はその名の通り孤島だ。海路がだめなら空路しかない。


 遺跡から逃げるのに使った小型飛行機を、いずれまた必要なときも来るだろうと、ふたりはゆがみの町ちかくの廃校に格納しておいたのだった。


 ――いちおう、リョウには手紙を残してきたが……。


 いま、目の前にひろがるうつくしい夜空と裏腹に、タナカの脳裏には暗雲が兆していた。


 ――何事もなきゃあ、いいけどな。


 とはいえ、用心してしすぎることはない、それくらいの気持ちだった。


 盗んだ飛行機で、まさにその盗みの相手のいってみれば本拠地に乗りこんでいくわけだから不安も緊張もないほうが不自然だが、なにも要塞を攻め落とそうというわけじゃない。レーダー網が巡らされているわけでもあるまいし、このまま監視の行きとどかぬ片隅に着陸して、夜闇にまぎれてエリカたちの様子をうかがい、事情があきらかになったら退散すればいい。


 大冒険なんかじゃない。

 ほんの小旅行だ。



 ――と、いうのは甘い考えだった。



「おい、シッポ、見えたぞ――」

 島が、と言おうとして、タナカの表情はこわばった。


 目をこすりながら前方を見たシッポは、まだ夢のつづきを、それも悪夢を見ているのだと一瞬錯覚したくらいだった。


 水平線のかなたに黒々と奇怪な姿をあらわしたそれは、もう、島なんかじゃない。


「アニキ、あれは……」


「要塞……」

 タナカはつぶやいた。


「あれが、ボッチ島?」


「――悪い、シッポ」


「え?」


「――いったん、退避だ!」

 乗っているのはちいさなプロペラ機だ。レーダーの精度なんてたかが知れている。まして肉眼に、()()が認められたはずもない。


 タナカを駆りたてたのはほとんど本能だった。機体が急旋回し、シッポが悲鳴を上げる。


「アニキ、どうしたのさ!」

 

 そう言いながらモニターを見ると、タナカの狼狽のわけがようやくわかった。

 機体後方を映し出している。

 二機。いや、三機、四機――どんどん増えている。


 鋭角的な、洗練されたフォルムの機体。映画でしか見たことのないような、おそらくは戦闘機が、ものすごいスピードで迫りつつあるのだ。


「しかも……」

 タナカは緊迫した声で言った。


 シッポもあっと声をあげた。青い光が走ったかと思うと、ついさっきまで目視可能だった機体どもの輪郭がつぎつぎとぼやけてゆき、やがて、まったく見えなくなってしまったのだ。


「めちゃくちゃだぜ」

 笑えるほど、絶望的な状況だった。

「ステルスって、そういうことじゃねえだろ!」


 銃声が散発する。夜空に物騒な光が閃く。

 シッポは上体を低くし、両手であたまを覆った。


「大丈夫。ただの威嚇だ」


「じゃあなんで、透明になる必要があるんだよ?」


「見せつけてるのさ。性能のちがいを。……問題ねえ。大人しくしてりゃ、惨事は避けられる」

 と、言いながらタナカは内心、トラックでデッド・ヒートを繰りひろげたあの青い光の就活生たちを思ってつけ加えた。


 ――もっともそれは、相手の気分と技量次第だが。


 悪い予感は的中した。異音とともに、機体が大きく傾いだのだ。


「アニキ! ――アクロバットは勘弁だよ!」

 シッポは目を回している。


「わざとじゃねえ!」

 タナカは外を見た。翼から、かぼそい煙が立っている。

「被弾した!」


 バランスをうしなった機体は大きく揺れつづけている。


「威嚇じゃなかったの?」


「威嚇さ」

 タナカは舌打ちした。

「――ZAKURO社に対する、な」


「見せしめってこと?」


「花鏡院コーポレーションに逆らえば、海の藻屑ってか。……ありがたい教えだぜ」


「教えもなにも、そんなの、死んじゃったら生かせないじゃないか!」


「『ひと粒の麦が地面に落ちりゃあ……』ってやつだな」

 タナカは牧師のバイト時代を回想しながら言った。

「――どっかの誰かが、オレたちの犠牲から何かを学ぶのさ」


「そんなの、嫌だ!」


「当たり前さ!」

 とタナカは歯を食いしばり、なにかのボタンを押した。ガクガクとおそろしい音を立てて揺れながら、機体は急激に加速していく。


「アニキ、どうするの?」

 方向を変えたオンボロ機は、煙をあげながら、ボッチ島目がけて突っ込んでいく。めちゃくちゃな射撃音が連続的に響いている。ほとんど乱射状態だ。


「ほぼ確実に、アイツら就活生だ。軍人じゃねえ。空戦にかけちゃ、シロウトさ」


「アニキは、どうなんだよ?」


「オレだってシロウトさ!」


「おんなじじゃんか!」


「いいや、大ちがいさ!」

 ぐんぐん高度が下がっている。タナカは冷や汗をしたたらせながら、なにかのレバーをめいっぱい手前に倒した。


「やつらには、シロウトなりの『謙譲』ってものがねえ!」


「ケンジョウ?」


「まあ」

 タナカは、前を見据えている。

「美学みたいなモンさ!」


 後方で、ぱしゅうんと甲高い音が立った。尾翼が被弾したのだ。ボッチ島にどんどん接近していく。島には防壁がめぐらされている。


「ぶつかるよ!」


「大体どのくらいだ?」


「五百メートルもないよ!」

 寸法測定能力を応用して、シッポが目算した。


「上出来。――シッポ、これ着けろ!」


「パラシュート? まさか――」


「これでも一時期、スカイダイビングのインストラクターやってたからさ!」

 タナカはドアを開けた。たちまち、暴風が吹き込んでくる。


「無理だよ、無理! 絶対無理だよ!」

 はげしく頭を振るシッポの声は、風音にまぎれてすこしも聞こえない。


「迷ってる場合じゃねえ!」




 ――気流にうねり狂う機体から、豆粒みたいなふたつの影が、はらはらと頼りなく揺れながら、変わり果てたボッチ島に降下していった。


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