第9四半期「奇蹟、再び」
その光は、束になってタワー裏の人造湖に直撃、とんでもない量の水を噴きあがらせた。地面が震え、波が押し寄せてくる。燃えつきた園全域が、今度は荒れくるう水のうねりにのまれようとしている。
「リョウ!」
シズナが駆けあがってきた。
「シズナさん! ……オニガワラさんは?」
「あいつが!」
もう、名前を覚えていた。
「タナカが!」
シズナの一撃で昏倒したオニガワラを、下でタナカが介抱しているのだった。
「タナカ? タナカがどうして?」
「わけのわからないことが多すぎるわ!」
シズナはさげすむように、エリカを睨んだ。
揺れは激しさを増し、三人とも、もうまともに立っているのも困難だ。とうとう傾きはじめた床を、ソファも、テーブルも、ブランド品その他諸々もあっけなく豪快に、すべり落ちていく。
「くずれる!」
リョウはとっさにエリカを見た。すっかり薄らいだ、間もなく消えそうな光だけに守られて、ぼんやりと立ち尽くしている。あとすこしでも傾斜が急になれば、どんどん転がり落ちていく家具類といっしょにこのまま、無抵抗に落ちていってしまいそうだ。
「エリカ!」
リョウは叫んで、手をのばした。
エリカはわずかにこちらを見て、無表情のまま、すぐよそをむいてしまった。
がんがらがらんっとものすごい音で、周囲の鉄骨が崩落する――そこに、このままじゃエリカも巻き込まれてしまう。
もう名前を呼んでもどうにもならない。我を忘れてリョウは駆け寄った。
馬鹿、とシズナは怒り任せの大声を、無茶な背中にぶっつけた。
わかっている、塔そのものが倒壊しつつあるこんな状況で、あいつがどんな行動にでようと同じことだ。みな平等に、なすすべもないのだから。それでも黙っていられなかったのは、――許せないからだった、あの女が。妙に。こんなときに。
「でも!」
リョウはよたよた左右に大きく揺れながら、ときにつまずきながら走ることをやめなかった。エリカのかぼそい身体はもう、片手一本を支えに頼りなく風の煽りを受けている。
「エリカ! つかまって! エリカ!」
リョウはじぶんも落っこちそうになりながら、せいいっぱい手をのばした。縁につかまったエリカの手に、一瞬だけ力がこもった。
――ほんとうに、一瞬のことだった。
指の一本一本が、だんだんと緊張をなくしていくのがわかった。それは、負荷に耐えかねてそうなったのでなく、エリカが自分から、しがみつきを放棄していったのだった。
絶叫するリョウの目の前で、エリカははるか下、ガレキの漂う濁った水に消えていった。
「――落ちつきなさい!」
シズナは必死に声を飛ばした。つぎにリョウの取る行動が、読めてしまったからだった。
はたして、リョウは、飛び降りた。なんの迷いもなく。
そんなことをしたってどうにもならないのに。
エリカも、リョウまでも、ぜったいに助かりっこないのに。
わかっている、理性じゃない。論理じゃない。……シズナにはわかっていた。
だからこそ――。
――なんで! ほんとうに、なんでなの!
まさにへし折られようとしている塔の突端、そこにシズナはすらりと立って、両足に力をこめた。そして落ちていくリョウの身体に、すっと手のひらを向ける。
ほんとうはもう、苦しい思いをさせたくなかった。
でも、自業自得だ。
これはリョウの、自業自得。
そうとでも思わなければ――。
手のひらから、青い光の束が放たれた。
はげしい苦悶の声が聞こえた。
シズナは耳をふさがなかった。目も、つむらない。
建物がいよいよ、くずれてゆく。不快な浮遊感に包まれながら、両手をひろげて、シズナは光のなかにのまれていった。
シズナだけでなくなにもかもが、やはり伝説の物語のように、「まばゆい光に包まれて」いったのだった。
――またなにかが、大きく変わった。
けれども、ジンジィランドが救われたわけではなかった。現実と技術の共和国は、すっかり水の底。くずれた城壁や、くだけたレール、割れたゴンドラなどの浮かんだきたない水面に、ぶくぶくと泡が立つ。
「――ぶはあ!」
と上がってきたのは、タナカ。水中眼鏡に、ウェットスーツ、酸素ボンベに、足ひれもつけている。
抱えているのは、気をうしなったオニガワラ。もとの、人間らしい姿のオニガワラ。とはいえ、体重でいえばタナカの倍ちかくもあることに変わりはない。
「――こりゃ、大物だ」
と、誰が見ているわけでもないが、ひとり漁師時代をなつかしんでいる。
いっぽう、正門前広場。サカミが抱えているのは、自分よりかなり小柄なサユリだ。
「サユリ君。――サユリ君」
やさしく身体をゆすりながら、呼びかけると、とつぜん、
――ぴゅっ!
サユリが水を噴きだした。
「サユリ君。――無事かい」
「あれ、……サカミさん」
サユリは目を瞬いて、それからぷい、とそっぽを向いてしまった。サカミの膝のうえで。
「どうしたんだい」
「――なんですか」
礼も言わずにむくれている。
「うらぎり者のくせに!」
今度は、サカミの目がぱちぱち。
「ふうむ……」
高台の上、ジンジィ君の旗の下。
水面をながれる残骸を、表情もなく、エリカは眺めていた。
シズナが、やって来た。
エリカがそちらを向いたとたん、ぱちんと乾いた音がひびいた。
「……あんた! ほんとうに……!」
打たれた頬を、エリカは機械のようにおさえていた。
「あんたのせいで、――リョウが!」
エリカの身体が震えた。
「リョウが、また苦しんだのよ!」
なにも言えなかった。
言う前に、シズナは行ってしまった。
空が燃えている。
西陽が、水面にとろけていた。
以上、第5期「二次選考!ジンジィランドの死闘」となります。
第6期も、明日より更新して参りますので、
引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。




