第8四半期「タワーマンションの戦い! vs 怒りの就活生、エリカ(後編)」
――さあ、そしてリョウは暗い光に包まれた。ご案内されたのは、内なるプレゼン会場。頭を振っても、目を泳がせても、まぶたを閉じてみても、スクリーンはついてくる。途中退場は、決して許されない。
スライドが切りかわって、エリカの声が響きはじめた。
【一枚目】
ここが、どこだかわかる? リョウ。きれいな町でしょう。花壇が、整備されているわけでもない。噴水が、きらめくしぶきをあげているわけでもない。デザイナーズマンションや、おしゃれなカフェが軒をつらねているわけでもない。それでも、――素朴なうつくしさがあるでしょう。古びたアーケード。年季の入った工房や商店。盛んに行き交う、就活生たち……。もうすこし、ちかづいてみましょうか。
【二枚目】
トン、カン、トン、カン! ――そんな音が、今にも聞こえてきそうだわ。まるで、シッポの工房から響いてくるみたいな……。そうよ、リョウ。あの看板をよく見て。これも。……そっちも。それから、――あれも、あの奥も、そのまた奥の奥も。スーツ工房に、鞄屋さん、証明写真館に、エナジードリンク醸造所……。ここはね、リョウ。ゆがみの町なのよ。ゆがんでしまう前の、ゆがみの町なの。
十五年前の……。
……なぜ、こんなところを? それはね――。
【三枚目】
ほら、あそこ。あれを見て、リョウ。あの、女の子……。紺色のスカート。真っ白いシャツ。黄色い帽子。きちんと、お辞儀しているでしょう……。写っていないけれど、足もとの鳩に向かって、頭を下げているのよ。顔は、よく見えないわね。……でも、誰だかわかる? リョウ。あれはね、わたしなのよ。リョウと出会う前の、わたし(6)。
【四枚目】
少年少女就活団。――すごいでしょう、リョウ。わたし、その一員だったのよ。お辞儀もできた。挨拶もできた。折り紙の名刺入れだって、持ち歩いてた……。おままごとのときはいっつも食品管理責任者だったし、お店屋さんごっこではかならず帳簿をつけてたわ。将来有望だった……産まれたときだって、あんまり産声が大きいから、この子はきっといいオピニオンリーダーになりますねって助産師さんに太鼓判を押されたの。お母さんもお父さんも、笑って話してくれたわ……。
【五枚目】
ほら、見て。最っ高の笑顔でしょ? ……できないことなんて、なんにもないって思ってたわ。お母さんたちはね、わたしにすごく期待して……。家はあんなにちっちゃな民宿なのに、教育のためならお金を惜しまなかった。習い事はなんでもさせてくれたわ。この見学旅行だってそう。わたしが将来、優秀な就活生に、そして立派なビジネス・パーソンになると信じて……。
【六枚目】
――それが、リョウ。おかしいわよね。一瞬で壊れるんだから。……ほら、見て。あれは何? 晴れた空に、灰色の虹がかかっているわ。
【七枚目】
なんにも写っていない。……そうよね。ものすごい光だったもの。
【八枚目】
わたしは、おそわれた。
「……そしてわたしは、就活をうしなった」
プレゼンは、一切の拍手なく締めくくられた。目の前のリョウが、まるで就活を奪った張本人であるかのように、睨みつけるエリカが立っている。
「ゆがみの町で……? でも、あれは……? ゆがみの町で、なにがあったの? どうして町は、あんなふうになっちゃったの?」
リョウの質疑は、無視された。
「わたしの可能性は奪われた。大きくなったら就活生さんになって、ZAKURO社に入って、差別のない世界を実現するつもりだった。過酷な競争としての就活を、改革するつもりだった。誰もが自分の長所を生かして、短所は補い合って、自分の望み通りの生きかたをまっとうできる……格差もマウンティングもないやさしくて幸せな世の中を、わたしは作りたかった」
――「集活」。
たしかそんな言葉を使って、リョウにも説明してくれたことがあった。しかし構想の中身となると、よく覚えていない。そのときのリョウの心は、きっと聴くことより、勝手な夢想を膨らませることに傾いてしまっていたのだ。そのことを、いまリョウはしんそこ悔やむ思いだった。
でもその気持ちを、今さらどうあらわしていいだろう。
今はただ、聴くことしかできない。
「誰にも言えなかった。お父さんにも、お母さんにも。だって、ふたりともわたしが立派な就活生になることを期待していたから。――島のみんなもそう」
島のみんな。当然、リョウもふくめてのことだった。
「勝手な期待を、わたしに押しつけて。だからわたしは、――就活生になれないわたしは、せめて、必死に頑張るしかなかった! 『傾聴』なんていって、聴きたくもない他人の身の上話に親身なふりしてうなずきつづけたり、嫌われないよう、愛想を尽かされないよう、必死で他人の顔色を窺ったり。大学を目指したのだってそう。――そうよ、そうだわ。ほんとうは。優秀な人間でありたかった。肩書きが欲しかったの。じゃなきゃ、わたし――」
「……ちがうよ、エリカ」
耐えがたかった。やっぱりリョウには、黙って聴いていることはできなかった。
「わたし、必要としてもらえなかったから! わたしがわたしのままでいたら、誰もわたしのことなんて、必要としてくれないから! 怖かったの! それが怖かったの! わたし、誰かに必要としてほしかった。なんにも考えないで、ただここに存在していいんだって、そんなふうに思える場所がほしかった! そのためには――」
「ちがうよ、エリカ!」
「なにがよ!」
「エリカ。どうして話してくれなかったの?」
「話したって、わかってくれないでしょ!」
「話してくれなきゃ、わかりっこないよ!」
「わかろうとしてほしかったの!」
「わからないよ! じぶんから話してくれなきゃ、なんにも――」
「どうして責めるの? どうしてわたしを責めるの、リョウ!」
「責めてるんじゃない! ――エリカ、オレがいるよ」
「どうして? どうしてそんなこと言うの? どうして? わたし、なんの価値もない人間だわ!」
「価値とかじゃない! オレは、ここにいるよ」
「だから、どうして? わたしを見棄てて、後ろめたい思いをしたくないから? それともただ、物語を聴かせる相手がほしいから? だったら――」
「エリカ!」
とうとうリョウに、限界がきた。傾聴なんて、やっぱりとても無理だった。
「オレのこと、そんなふうに思ってたの? そんなの――オレ、ほんとうに悲しいよ!」
「悲しいのは、わたしよ!」
「オカミさんだってそうだよ! おじさんだって、おばさんだって。きっとエリカのこと、本当に大事に思ってるよ」
「知ったようなこと」
エリカは絶叫した。
「――言わないで!」
そして、全身からすさまじい光がひろがった。




