第7四半期「謎の時計うさぎ」
リョウは、私室の蒲団に寝ころがって、なんとなく、あかがね色の本を捲っていました。さっき乱暴に破られたページのあとが、痛々しく残っています。そこをリョウは、そっと指でなぞり、それからまた、むぞうさにページを捲りつづけ、――そして、ふいに手をとめました。
「あれ……?」
ほんの一瞬のことでした。けれども、たしかに見えた、ような気がしました。がば、と身体を起こし、目をこすり、心臓のあたりに手を当てて、呼吸を整えてから、もう一度、今度はいかにも神妙な手つきで、リョウは本を捲りはじめました。
しかし、さっき見たはずのものは、いっこうにあらわれる気配もなく、紙面を埋めつくしているのはこれまで、たしかに自分が書いてきた物語ばかりで、――とうとう、全てのページを捲り終えてしまいました。
「おかしいなあ……」
いや、さっき見たもののほうが、――そんなものがこの本に書いてあるほうが、ほんとうはよほどおかしいのです。
この本は、リョウがこの島にやって来たとき、おさないリョウといっしょに、マサシがオカミに託していったもの。いわば、リョウにとっては父の形見です。だから、さっき見たもの――父の筆跡が、そして何か図面のようなものが、書いてあったって、それは、まったくのナンセンスとまではいえません。
けれども、もらった時は、たしかにどのページも白紙だったのです。そしてリョウはあれから、ほとんど一日も欠かすことなくこの本を開いては、物語を書きつづってきたわけですから、やっぱり、見おぼえのないマサシの書いた文章やら、図面やらが、今さらあたらしく見つかるほうが、おかしいのです。だから、
――やっぱり、見まちがいだったのかなあ。
水の音がやみました。洗いものが終わったのです。オカミの呼ぶ声が聞こえます。お茶でも淹れようか、ということでしょう。
しかし、本とにらめっこをつづけるリョウの耳には聞こえません。
しびれをきらしたオカミが、階段を上ってくる音が聞こえます。
どすん、どすん、どすん。
なんだか、わざと大きな足音を立てているみたいです。
リョウは、それでもまだ、ページを捲る手をとめられそうにありませんでした。やがて鼻先に、湿った夜のにおいがながれてくるのを感じました。
――あれ……。
そう思って、本から顔を上げたそのときでした。
「――うわ!」
開けたおぼえのない窓の桟に、いつの間にか立っていた――いや、座っていた? のは、なぞの生き物だったのです。
丸っこくて、毛むくじゃら。
うさぎでしょうか、ねこでしょうか、ムササビ、ねずみ、モルモット?
月の光が差しました。すると、その生きものの額に、光るものが。それはなんと、ちいさな時計の文字盤でした。
言葉をなくすリョウの前で、謎の生きものは、ぶにっとまるでお辞儀のように身体をひずませたかと思うと、そのまま窓の外にひとっ跳び。森のほうに向かって、軽やかに跳躍を繰り返していくのが見えました。
そこで、リョウは――。
「――リョウちゃん? リョウちゃん。入るわよ」
オカミがドアを開けたとき、もうそこに、リョウの姿はありませんでした。
月光に照らされたレースのカーテンが、夜風をうけて、まるでそれ自体まんまるい月のように、あかるくふくらんでいました。
時計うさぎ、とリョウはその生きものをとりあえず名づけました。けれども、名前をつけたところでつかまえられるものではありません。
またなぜあんなおかしな生きものを、こうむきになって追いかけているのか自分でもさっぱりわかりません。
息を切らして森をぬけると、目の前がいちめん銀色の砂利でした。大きな川が、さらさらとながれています。
あたりを見回しても、時計うさぎの姿は、どこにもありません。ただ、川のなかに、うなぎのような、ドジョウのような細長い影がゆらゆらしているのをリョウは見つけました。駆け寄ってみて、思わず腰をぬかしました。
忙しい川のながれのなか、大きな石につなぎとめられるようにして、場ちがいに悠々となびいているそれは、なんと、「カツバト」だったのです。
大切なあかがね色の本を濡らしてしまわないよう、まるでカメの甲羅のようなかたちをしたちかくの岩の上に置いて、恐る恐るリョウは手を伸ばしました。
顔を寄せて見てみると、それはカツバトはカツバトなのですが、いつもリョウの見なれている、ショーウィンドウの中のカツバトとはずいぶん、ちがったかたちをしていました。
どこがとは指摘しにくいのですが、なんとなく、不格好なのです。
首を傾げるリョウの耳に、ぱらぱらぱら、という音が聞こえてきました。
横を見ると、なんとさっきの時計うさぎが、ページを口でくわえるようにして、あかがね色の本を器用に捲っています。
「あ! こら!」
リョウは慌ててとびかかりました。時計うさぎは悪びれる様子もなく、リョウが本に目を落としているすきに、またどこかに姿をくらましてしまいました。
リョウは、そのことに気がつきませんでした。本にくぎづけで、気がつくどころでなかったのです。だってそこには、こんな文書が青白く浮かびあがっていたのですから。
「就活バトル」について(下書き!)
ZAKURO社 人事部 特殊人事課 マサシ
本コンテンツの目的:世界を、おもしろくすること。
立案動機:ウーン、わからん。いきなり、思いついたから。ワクワクしたいから。
企画内容:まだわからない。まあ、焦るなって。……とにかく、就活をバトルにしたい。就活生たちみんな、ひとりひとりが、まるで物語の世界の英雄みたいになって、魔法や必殺技を駆使しながら、就活を戦う。おもしろそうだろ? もちろん、痛いのや危ないのはナシ。格好よくて、爽快で、痛快で、みんなが楽しめるツールにしようぜ。
具体的工程:あとで考える。っていうか、みんなで考えよう。だってオレたち――せっかくチームでやってるんだからさ。ふたりとも、力を貸してほしい。よろしく。
ちなみに略称なんだけど、「カツバト」なんてどうかな。「就活バトル」なんてまどろっこしいから、いちいち言うの、めんどうだし。「カツバト」。……「カツバト」。うん。しっくりくる気がする。
企画書って、これでいいんだっけ?
やっぱり、書くのって肩がこるなあ。直接話すほうが性に合ってるよ、オレは。今度は息子に代筆してもらおうかな。さすがオレの息子で、すごい才能持ってるんだよ。
息子の考えた「さいきょうのしゅうかつせい」、ぜひ、実装しよう。
パスワード決めてさ、それを唱えると、「さいきょうのしゅうかつせい」に変身できるんだ。ワクワクするだろ? それについてはまた、気が向いたら書こう(書いてもらおう)とおもうから、次回もゼッタイ、読んでくれよな!
じゃ!