第5四半期「ふたりの刺客」
それ以降のフローについて、チャート化してみると――リョウが手を差しだす、オニガワラも手を差しだす、かたい握手が交わされる、そして火山が大噴火。こんな運びだった。だから、
――おお!
と、感動の声があがるのも無理はなかった。あまりに、絶妙なタイミング。みんな、爆発はド派手な演出と思った。
けれども……?
――ぷつん。急に、映像がとぎれてしまったではないか。
シッポは、首をかしげた。まわりはみんな、いっせいにサービスの改善を要求しはじめている。
ラジオも同じだった。
ずいぶん……なんというか使いこまれたもののようだし、最初に疑ったのは故障の可能性だった。しかしツマミを回してみると、別の局はちゃんと生きている。
サカミは、立ちあがった。
出航時刻がちかづいている。しかし、ジンジィランドに急行するつもりだった。
――いくら、類例のない試みとはいえ……。弊社の……。
と考えかけて、苦笑い。
――ZAKURO社の仕事が、これほどずさんであるはずはない。
なにか、ただならぬ事態が起こりつつあるのだ。
車道際で、手をあげた。タクシーがとまった。
はじめ運転手は、かなり渋った。
しかし、十秒間のプレゼンの結果、
「お代はけっこうです。むしろ、もらってください。ワンメーターにつき――」
――と、けっこうな金額を提示してくるまでになった。もちろん、それは丁重に辞退して、シートベルトを締める。
ハイグレードな黒タクは、車体と同じ色の煙にむかって――もちろん、道路交通法はきちんと遵守して――疾走していく。
「ずいぶん、派手に燃えてるみたいですねえ」
運転手が言った。
「……ええ」
サカミは言った。
会場付近は大混乱。
つくりものとばかり思っていた火山から、降りそそぐのはほんものの火山灰や火山弾。つどっていた人びとは、悲鳴をあげながら逃げ散っていく。一次選考の、いやな記憶がよみがえる。
――でもあのときは、朱雀がいた。これは、いったい……?
シズナはひとり、みんなと反対に駆けていく。そのまま柵を、ひとっ飛び。
たやすく、入園できてしまった。
――からだが、軽い。
ペンダントのおかげだろうか? 病みあがりにもかかわらず、一次選考前よりずいぶん快調だ。
もうもうと煙が押し寄せてくる。
シズナは立ち止まった。
この首飾りから、こうもやすやすマナの力を引きだすことに、すこし、抵抗があった。
――でも……。
からだが、やわらかな光の膜に包まれた。
――今は、そんな事言ってる場合じゃない!
そのまま黒煙に、突っこんでいった。
リョウたちもまた、炎と煙のただなかにあった。
リョウは後ずさりした。
そこにいるのはもう、――オニガワラじゃない。
もともとの巨体に輪をかけて、何倍もの大きさに膨れあがった毒々しい青色の大男。
胸から腹にかけて、ネクタイ状の傷が走っている。両眼は緑色にぎらつき、口には牙がのぞいている。
そして、かすかにちらつく青い光……。
――マナ……!
港でリョウをおそった就活生たちの雰囲気によく似ている。オニガワラも、花鏡院コーポレーションの一味なのだろうか?
――いや、ちがう!
リョウには、そうは思えなかった。根拠らしい根拠はぜんぜんない。でも、さっきまでのオニガワラはリョウとおなじく、純粋に就活を楽しんでいるようにしか見えなかった。まるで、スポーツみたいに。格闘技みたいに。
でも、だとするとこれはいったい……?
――わからない。シズナさんがいれば、なにかわかるかもしれないのに……!
すると、音楽が鳴りわたった。
園内のあちこちでとどろく爆発音をもしのぐほどの、大音量。
だれもが知っているジンジィランドの主役、ジンジィ君のマーチ、ではなくてルンバだった。
「わたくしどものチームのマネジャーさ、ジンジィ君、ジンジィ君、ジンジィ君……」
ワンコーラスで、歌はやんだ。
かわりにディスプレイが復旧した、かと思えば映っているのはジンジィランドの名脇役にして癇癪持ちの白鳥パワハラ上司、「怒鳴ルゾ」だった。
「よく来たね、リョウ君」
まさか、名前を呼ばれるとは思わなかった。
「僕たちの、あたらしい同僚を紹介するよ」
リョウはオニガワラへの警戒もおこたらず、ディスプレイを見つめていた。
すると、そこに――。
火柱がいくつも上がった。天は焦げ、爆発音はやまず、アトラクションがつぎつぎ燃えくずれていく。
笑顔いっぱいに挙手する巨大なジンジィ君像が炎をまとい倒れかかってきたが、シズナは見向きもせず、すみやかに走りぬけた。
広場は、入園ゲートのすぐちかく。リョウはすぐに見つかった。
「リョウ!」
リョウはそれまでディスプレイに釘づけになっていた目をシズナに向けた。当然、オニガワラの注意もそちらにむいた。
「シズナさん! どうして――」
ここに、と尋ねようとしてリョウはシズナをつつむ青い光に目をとめた。
「マナ?」
シズナはオニガワラを注視したままうなずいた。
同じ力を感じる。わたしのよりずっと、嫌な感じがするけれど――。
――ホロウワーク家の介入……?
一瞬よぎったその疑いは、しかしすぐに打ち消された。
たしかにキョウカは前にゆがみの町でマナの力を使っていた。
あの霧だ。
でもあれは、このペンダントがあってこそ使えた力のはず。まして他人を、それも相当な手練れと思われるこの男を手駒に変えるほどの能力は、キョウカ自身にはない。それに――。
――それに、そんな手段をとるなんて思いたくない。
いまシズナにマナがあるのは、それどころか命があるのは、彼女のくれたペンダントのおかげだ。
どういう考えがあるのかはわからない。これもまた策略のひとつかもしれない。父親の命令ひとつでどんな行動に出るかもわからない。
けれども、いまシズナのなかで、キョウカに疑いをむけるのは、なにかとても悲しいことだった。
――だとするといったい、何者が?
赤と黒に染まる全景を、薄ら笑いで見おろしているシルヴィアの存在に、シズナが気づくはずもない。
推論は、不可能だった。いずれにせよ、そのときオニガワラが、大股の一歩をこちらに向け踏みだしたのだ。
リョウが、立ちはだかった。
その前に、さらにシズナが立ちはだかった。
「ダメだよ、シズナさん!」
「なにがよ」
リョウに背を向けたまま、シズナは言った。オニガワラは一歩、一歩、地面を揺らしながらこちらにむかってくる。
「マナを使って、また、倒れちゃったりしたら……」
「他人の心配してる場合?」
「他人じゃない!」
リョウは主張した。
シズナの表情は、わからなかった。リョウからは、背中しか見えない。
けれども、
「――大丈夫。心配しないで」
というシズナの言葉は、たんなる慰めじゃないと、リョウにはわかった。
「こっちだっていろいろ、考えてみようと思ってるんだから。これからは。だから、あんたは――」
と、シズナは入園直後、目撃したものに言い及ぼうとした。
でも、なぜだろう。変に、胸が苦しい。
それは、リョウの決意表明を聴いたとき、もっとはっきりとシズナを刺した。
「オレは、エリカのところに向かう」
怒鳴ルゾの紹介した「あたらしい同僚」、それはなんと、エリカだったのだ。




