第3四半期「就活テーマパーク、ジンジィランド」
どん、どん、ずどん。真昼の空を、大轟音が震わした。
爆弾じゃない。花火だ。
わかってはいるけれど、先日の、夜の港での一件を連想したリョウの緊張はたかまった。となりのオニガワラはもとより、力み返っている。
レッド・カーペットを歩く、ふたりの背中。その印象は凸凹だ。いっぽうは白い柔道着ふうスーツに、黒帯ふうネクタイの、がっしりした大男。もういっぽうは、黒いスーツに、めずらしいカツバトをつけた、痩せがたの青年。
就活テーマパーク・ジンジィランドのゲートを今、まさにくぐり、面接会場に入っていく。音楽部マーチングバンド課の演奏に、いっそう熱が入る。
街頭テレビの前で、大観声があがっていた。みんな、ばらばらなことを言っている。
最後列のシッポはピョコピョコとび跳ねて、アンちゃんのきれぎれの勇姿を垣間見ながら、なんともいえない違和感を覚えていた。
と、いうのも、先日会場で一次選考を観ていたという就活生たちは、リョウのグループディスカッションの感想をのべあっているのだけれど――そしてムカッとくることに大体みんなオニガワラの勝利を予想しているのだけれど、どうもみんな、言っていることがちぐはぐであるような、そしてそのちぐはぐさをすこしも気にとめていないような、そんな奇妙な印象をうけたのだ。
でもさしあたり、
――まあ、どうってことないか。
その件はひとまず脇にのけられてしまった。いまは、もっと大事なことがある。シッポはすぐにでも叫びだしたい気持ちだった。びしっと画面のリョウを指差して、
――あのスーツ、オイラが作ったんだ! ……と。
あのスーツ、じつはいろいろと秘密がある。見た目はふつうの黒いスーツだけれど、素材はあの真っ白い作業着とおなじものを使用している。いったんバラバラにほぐして縫いなおし、それから黒く染めたのだ。
繊維について、くわしいことは解明しきれなかったが、耐火性、耐熱性があるようで、リョウもタナカも熱波のなかで無事にいられたのはそのおかげかもしれない。
もっちろん、ボタンは「マナ」の石。ベルトのバックルだってそうだ。こんなこともあろうかと、遺跡から逃げ出す際、転がっていた青いかけらをいくつか、ちゃっかりポケットに忍ばせてあったのだ。
――と、語りはじめればきりがない。本格的に、うずうずしてきた。こんなとき、ここにエリカがいてくれたらどんなにいいだろう。いくらでも話を聴いてもらうのに。
――エリカ姉ちゃん、どうしちまったんだろう。
連絡がつかない状態だ。
就活、きらいなのかな。
アンちゃんの就活、見たくないのかな。
一次選考の時は、あんなに夢中になって応援してたのに……。
――さあて、やってまいりました、ジンジィランド。
夢と……じゃなかった、現実と、技術の共和国! モルモットの人事部長、ジンジィ君が、お出迎えです!
ラジオから、サユリの声が聞こえてくる。
そう、あきらかにサユリの声だ。サユリの声でしかない。
「ふうむ……」
港の石段に腰かけて、サカミは出航時刻を待っていた。
もっともここは待合ロビーの建物からはかなり離れている。
人の姿も、ほとんどない。
微妙に離れたところに、サカミとおなじように腰かけた男がいる。
それだけだ。
カーキ色のコートにすっぽり身を包んで、暑くもなさそうに、海のかなたを見つめている――いや、どこを見ているかなど、もちろんわからないのだが。
ラジオは、男の持ち物だ。潮風は機器に障るだろうが、もう関係ないのだろう。すでにべったりと赤錆にまみれている。
とくだん、言葉を交わすわけでもない。
だが、
――わたくし、リョウと、申します!
両志望者の自己紹介と、選考への意気込みが聞こえてきた、まさにそのとたんスイッチを切ってしまった男に、
「あ――」
と、サカミは思わず声をかけてしまったのだった。
「ん……?」
男がゆっくりとサカミのほうを向く。不思議そうな目をして。
「……失敬」
サカミはまなざしでラジオを示した。
「ああ……。聴いていたのか?」
「ええ」
男は海にまなざしをもどし、
「……悪いね」
そう言いながら、ふたたびラジオをつけてくれる様子はない。
サカミもあきらめて、海を見た。
岸に繋がれた漁船がきいきい揺れている。
「変わったね」
ふいに、男はそう言った。
「……ええ」
サカミは軽くうなずいた。
「今では、漁に出るのにも花鏡院コーポレーションの許可を必要とするようですね」
「島に渡るのにも、許可が要るらしい」
「……そのようですね」
サカミは横目で男を見た。
この男も、島に行くつもりなのだろうか?
許可証を持っているのだろうか?
就活生には、とても見えないが……。
――まあ、僕も人のことは言えないわけだが……。
すると、男のほうから尋ねてきた。
「……就活生か?」
サカミはたわむれに、といってべつに笑いもせず、すまし顔でこう返してみた。
「そう、見えますか」
「……わからない」
男はかみしめるように、そう言った。
小石をひろいあげて、海に投げた。
石は濁った海水面にちいさな波紋を残しながら、どこまでも、どこまでも跳ねていった。
サカミは男を見やった。
男は、事もなげな様子。背中は丸く、顔つきは無表情、というより無気力だ。
「……あなたも、島に行かれるのですか」
「……島……か」
男はつぶやいた。
「……行くかもしれない」
「しかし、どうやって……?」
「密航、させてもらうか」
サカミはまた、男の顔を見たが、冗談を言っているようではない。
――そうまでしてボッチ島を目指さねばならない理由が、なにかこの男には存在するのだろうか?
純粋な興味を、サカミは抱いた。
それが男に察せられたのだろうか。
立ち上がると、
「……これを」
と、ラジオを引っ掴み、サカミに渡して、
「あげよう。……まあ、就活なら、今時テレビでも中継しているらしいが」
「今時というか、今年度から、のようですね」
ぼろぼろの筐体を受け取りながら、サカミは言った。
「……そうか」
男は待合室のほうを見た。
テレビなら、あそこにもある、と言いたいのだろうか?
それとも別に意味などないのか?
どうも、とらえどころのない男だった。
サカミは一応、前者と解して答えた。
「ZAKURO社の話題など、このあたりでは御法度ですよ」
男は言った。
「そうか」
そして、立ち去った。
背中にむけて、サカミはラジオの礼を言った。男は片手をあげて応じた。
――ふうむ……何者だろう。
考えたところでわかるはずもないのだが、考えずにはいられなかった。
――まあ、いいか……。
気を取り直してスイッチを入れるまでに、すこし時間が必要だった。
――それでは、ルール説明を、させていただきたく、存じまあす!
やはり、サユリの声だ。
――このジンジィランドの各所に、弊社の面接官がぜんぶで九十九人! 隠れております! 志望者のお二人は、上手にアトラクションを乗りこなしながら、この面接官さんたちを見つけだし……面接を、受けてください! より多くの「高評価」を得られた志望者さんが、「勝者」となるわけで、ございます!
異例の選考スタイルだ。
まず、ロケーション。
選考は、当然だが通常社内で開催される。
社外の、それもテーマパークで面接をおこなうなど聞いたこともない。朱雀の件で世間に与えた野蛮な印象を払拭しようとでも意図しているのだろうか。なるほど、「ジンジィランド」は老若男女に大人気の施設ではあるが……。
そして人員。
九十九人? それほどの数の「面接官」を、どこから調達してきたのだろう。まず、社内ではないだろうが……いずれにせよ、人事業務の経験など皆無の者たちだろう。ただでさえ、ZAKURO社のそれは特殊なのだ。異例の試みを、素人に任せるつもりか?
さらには、テレビやネットでの全面中継。
これもイメージ回復のためか? 予測不能の事態に、どう対処する?
――サユリ君の案だろうか。
いや、彼女が冒険的な改革に走るとは考えにくい。やはり、キリサキ専務の……?
危ぶみつつあるサカミをよそに、その時はきてしまった。
――それじゃあみなさん、いってみましょう! 第二次選考――
「宜しくお願い――」
「――致します! っす!」
「面接」が、開始されたのだった。




