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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第26四半期「いつか再会するために」

 ――まあ!


 ――なんですと!


 二匹はベッドの下に潜りこんだ。いちばん奥まで逃げこんだ。まっ暗闇に、獰猛なふたつの眼が光っている。物腰やわらかなソリューニャンの、こんな顔つき見たことがない。


 ――おい! どうしちまったってんだよ、おい!


 ――くそ、作戦名「アナフィラキシー」実行だ!


 兄弟蜂は長い尻尾の揺れるお尻をぶすり、ぶすりと交互に突き刺しまくるが、それもかいなくソリューニャンは上体を低くして狩りの態勢をたもちつづけている。


 むくむくむくっとお尻が高くなっていく。突撃のときはちかい。


 マウスたちは震えている。

 ――なんですの、おねこさん! なにがあったんですの!


 ――死を恐れるあまり、……少々、ぶっ飛んでしまいましたかな!


 ――危険だよ! 危険!

 リスクヘッジホッグはよたよたピアノによじのぼって、キュッと身体をちいさくした。

 これはピアノブラシに擬態しているのである。ほんとうはハリモグラだけれど、何度訂正してもハリ()()()とまちがわれる。つぎの標的にえらばれる危険性はきわめて高い。


 ――コン!

 と、キツネクタイがふくらんでいくお尻にしがみついた。即座に身をひるがえしたソリューニャンが、キツネクタイの尻尾を思いっきり、がぶり。


 ――コン! 顔だけは傷つけないで、コン!

 と、()()願するのだが、まるで()()()()()()()()()()()ように、ソリューニャンは尻尾をガジガジしつづけている。


 ――よし、よし、よし。

 ここで、マトリックマがひと仕事。ふっさふさの絵筆を小きざみに動かして、虫や蛇のように這いずりまわらせた。ソリューニャンはしぜん、興味をひかれたようだった。そのさまは、もう、ただのねこだ。


 ――はあ。


 と肩を落とし、いったん、やりきれないものを吐きだしてから、筆の動きでうまーく、誘導していく。毛むくじゃらのちいさな無生物が、物陰に引っこんだり、あらわれたり、ジグザグに跳梁したり、ほわーんと飛びあがったり、いきいきと旋回したり……廊下にでたところで、とうとうぽいっと絵筆は投げだされた。


 すかさずソリューニャンは飛びついて、柄を抱きこみ、床をのたくり、毛を噛みちぎり、ひとりずもうに熱狂している。


 はあ、ともういちど、マトリックマはため息をついた。


 そして、ドアを閉ざした。


 ほんとうに、なにがなにやらだ。全員動揺しているだろうと思った。しかしもどってきた部屋のなかは、案外なしずけさだった。


 みんな、おしゃべりすることもなく、なにかを囲んでいる。

 静寂。そんな感じだった。ちかづいていくとき、いつもの面々なのに、すこし、気が引けたくらいだ。

 足音を立てないよう、じゅうぶん気を遣いながら、マトリックマもまたその輪に加わった……が、


 ――あ!


 と、沈黙をやぶらずにいられなかった。

 そんなにも驚くわけはみんなにもわかっていたから、――わかりすぎるくらいだったから、誰もとがめたりしなかった。


 寝息。

 シズナの寝息。

 死んだはずのシズナが、弱々しくではあるけれど、たしかに寝息をたてているのである。


 ――え? どういうこと? どうして? ……ねえ、どうして?


 ソリューニャンの乱心よりまずそちらだった。でも、下を見てみてすぐにわかった。ふたつのことは、おなじひとつのことだったのだ。


 輪のまんなかにあるのは、物語の本だった。それは、シズナの母語である、いにしえの言葉で書かれたものだった。


 捲りやすいようハリをちょっと蜂蜜で湿してから、兄蜂がそっと、見返しを示した。

 そこには……。


 ――あ……!

 マトリックマからすっとんきょうな声があがった。

 ――なんて、ヘタな絵なんだ……!


 その道のものとして、まずそこは、それだけは指摘しておかねばならなかった。

 しかし不思議と、嫌いな絵じゃない。

 そこにはどう見ても、在りし日の、そして若き日の、コンサルタートルが描かれていた。


 ――この本は……。


 今度は弟蜂が、おなじく蜂蜜のついたハリでさっきのページを捲ってみせた。


 ――読んでたらしいな。


 ――お嬢様が? 本を? それは……。


 ――お嬢様も。


 ――「も」って?


 ――おねこさんも、ですわよ。


 そうなのだった。ソリューニャンは、みんなが議論している間、なんの気なしにページを捲りつづけて、その物語を見つけたのだった。それを、偶然と言っていいのかどうか。それはわからない。

 こんな物語だ。






 「貢献の儀の物語」。


 朽ちる間際の 亡骸に

 すがる なげきの就活生

 あわれに思った精励が

 ()()()()()() ()()()()

 おのれの生と引き換えに

 途絶えた命を よびもどす

 これこそ真の 貢献者――。


 (一部抜粋、緑色の本より)






 ――「精励」。ボクたちの御先祖様だって、ソリューニャンが、言ってたよね。

 これは、リスクヘッジホッグのつぶやきだった。


 読み終えたマトリックマは、みんなの言わんとしていることを悟った。


 ――物語のなかの、この「精励」みたいに、ソリューニャンは、じぶんのマナの「光」をぜんぶ、お嬢様にあげたっていうこと?


 ――「貢献の儀」と書いてあるね。


 ――だから、「カツモン」から、動物にもどった?


 ――……みたいだね。


 ――……それは、「死ぬ」ことと、どう、ちがうの?


 ――さあな。


 ――僕たちも、動物にもどれば、あんなふうに……。


 ……できるだけ、やわらかい表現を見つけてあげたかった。しかし……。


 ――あんなふうに……醜態をさらすことになるのかい?


 醜態、についてはなにも言わず、弟蜂がこたえた。


 ――ただ死ねば、ただ消えるだけさ。


 ――でも、精励みたく「貢献の儀」をするなら……?


 ほんとうは、問う必要はなかった。

 シズナの寝息が立っている。

 リョウが、帰ってくる。

 それが、すべてだった。


 ――……このままじゃ、また同じことさ。


 と、弟蜂が言った。


 ――お嬢様は、虫の息。虫のオレには、それがわかるのさ。……ほっとけば、また死んじまう。肉体が腐っちまえば、それこそ一巻の終わりさ。






 ――行くのか?

 兄蜂が尋ねた。


 ――ああ。


 ――兄を置いてか?


 ――……どうせお前も、来るんだろ?


 ――あばよ、兄弟。


 ――ああ、あばよ。


 ――楽しかったぜ。


 ――……ああ。


 そして弟蜂は、呻った。

 ――ブウン!

 すこしして兄蜂も、

 ――ブウン!


 二匹は窓の外に、別れ別れの方向に、飛び立っていった。


 うう……。シズナに譫言がもどった。


 ――……今だから言いますけどね。


 ――……なんです?


 ウケタマワリマウスが、オソレイリマウスにささやいている。


 ――わたくし、あなたのことが……。


 ――よしましょう。

 オソレイリマウスは、ちいさなハンカチを渡しながら言った。

 ――……なにも好きこのんで、未練をこしらえることもない。


 ――あら。でもわたくしたち、死ぬわけじゃ……ありませんわよね。


 すこし黙ってから、オソレイリマウスは、こたえた。

 ――チュウ!

 

 そしてどこかに走り去って行った。


 ――チュウ!

 と、ウケタマワリマウスも鳴いた。



 ……それから、リスクヘッジホッグも、マトリックマも、キツネクタイも――みんな、「貢献」していった。


 壁に穴を開けたり、ドアをぶち破ったりしながら、どんどん飛びだしていったのだった。






 リョウがもどってきたとき、シズナは、ひどくうなされていた。うんうんと、ひどく苦しそうだった。でも、生きていた。


 部屋は、とっても臭かった。あちこち穴だらけ、足跡だらけだった。


 でも、そんなことを気にしている余裕はない。


 リョウは、シズナを覗きこんだ。

 ペンダントを、取りだした。

 そして、すこしだけ部屋を見まわした。カツモンたちがいはしないかと思ったからだ。ずいぶん遅くなってしまって、心配かけたのをあやまりたかったし、なにか、よい知恵を授けてくれるのではないかと思った。


 でも、誰もいない。

 外が、すこしだけ騒がしい。


 リョウはひざまずいて、シズナの耳元に顔を寄せた。そして、ささやきかけた。

「シズナさん。――シズナさん」


 シズナは生きて、うなされつづけている。


「オレだよ、――もどったよ!」

 リョウは、ペンダントをかざした。一心不乱に、振り動かしまくった。

「シズナさん!」


 渾身の叫び。そして、青い光。


「……あ……」


 目がひらいた。


「――リョウ」




 それから、シズナはふたたび眠りについた。穏やかな眠りだった。


 リョウは、封筒を見つけた。

 すごく、きたない。なにか、糞みたいなのがついている。

 中身は、合格通知だった。

 


 ……まなざしはやがて、かたわらに移った。

 開かれたままの、物語の本があった。


 立ったまま、読んでいた。

 じっと読んでいた。

 ひたすらに、読んでいた。



 泣きながら、リョウは外に出た。

 ドアは破れている。

 うずくまって、ひざに顔をうずめて、声を殺してたくさん泣いた。

 たくさん、たくさん、たくさん泣いた。


 ふと目を上げると、なにかそこにいた。


 のらねこだった。


「――ソリューニャン!」

 リョウは立ち上がった。


 ねこはびくっと身を震わせて、そのまま、どこかへ逃げ去ってしまった。

以上、第4期「流れる魂」となります。


第5期も、明日より更新して参りますので、


引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。

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