第25四半期「別れの日」
窓は開けっぱなしだったらしい。音もなく、なにかが飛んできた。
水色の、A4サイズの封筒だ。
風に乗って、裏返しのまま部屋に滑りこんできたそれを、無言でくわえあげたのはソリューニャン。とくだん、関心をそそられたわけでもない。たまたま足元に落ちたのだ。
引っくり返してみると、朱字で「親展」とある。
宛先はリョウ。
差出人は、ZAKURO社。
――合格通知、かな。
ソリューニャンはつぶやいた。
みんな、無言。
――さあ、開けてみないことには。不合格、かもしれませんな。
ようやく、オソレイリマウスがつぶやいた。
妙な間が空いた。それからまたソリューニャンが、
――ちかごろは、「サイレントお祈り」っていうのも、あるらしいからね。
と、言った。
その言葉が、ある連想をさそった。
――オレたち、死ぬんだな。
兄蜂がつぶやいた。
――ああ。
弟蜂が、返事をした。
シズナの存在がなくなった今、もうマナを回復する手段はない。あとはしずかに、その時を待つのみだった。
――リョウ君。
横になったウケタマワリマウスは、天井を見つめながら、言った。
――どうなるのかしらね。
――彼なら、やりとげるかもしれないし……。
と、ロジックツリー。
――……難しいかも、しれないし。
――見たかったなあ。
――そこだよね。心残りは。
――封筒、開けちゃう?
――いいよ、いまさら。
――どっちだったとしても……ですな。
――可愛い装束で、死にたかったコン。
――ねえ。死んだら、どうなるのかな。
――……わからないよ。そんなこと。
――ほんとうに、あるのかな。天国とか、地獄とか。
――リョウの就活、……見たいな。あっちでも。
――「あっち」って、どっちだよ。
――どっちでもさ。
――地獄なんかに行った日にゃあ、就活観戦の余裕なんざありゃしねえさ。
――そうなの?
――そこら中、火の海よ。まあ、オレは大歓迎だがなあ。
ソリューニャンはふたたびベッドに飛び乗って、まじまじとシズナの死に顔を見ていた。
きれいだ。
……その様子に、誰か気づくことがあったろうか?
――お嬢様、どっちにいると思う?
――え?
――天国か、地獄か……。
話題はそちらに向いていった。
――……どこにもいやしねえよ。
――どうして? それじゃ、お嬢様は……。
――そんなのはみんな、人間のつくった物語さ。
――会いたいの? お嬢様に。
――……ボク……わからない。ボクは、ただ……。
――物語、とおっしゃいますけどね。……わたくしたち、なかなかどうして、それが馬鹿にできたもんじゃないってこと、教えてもらったんじゃ、ありませんでしたこと?
ちょうどそんなタイミングでサイドテーブルに目をやったソリューニャンは、食後顔を洗うときの要領で目をごしごしやらなければならなかった。
そこに一瞬、コンサルタートルが鎮座しているように見えたからだ。
もちろんそれは見まちがいだった。
それは、本だ。緑色で、ちょっといかつい装丁だからカメの甲羅のように見えたのだ。
みんな、議論に夢中で気づかない。
ソリューニャンは、こっそりページを捲った。
……議論は、つづいている。
――物語は物語さ。なんというか……ほどほどにしとかないと、馬鹿を見るぜ。
――でも、それじゃあお嬢様は、もう、どこにも……ぜんぜん、いなくなっちゃったってこと?
――だから、んなこた誰にもわからねえのさ。もしかしたらその魂とかいうのがこのへんを漂ってるかもしれねえ。
ページは、孤独に捲られていく。
――じゃあ、今までの話……丸聞こえ?
――何か、聞かれちゃまずいこと言ったか?
――でも……お嬢様はボクらに、どうすることもできないんだよね。
――……そりゃ、逆もまた然りさ。
――じゃあ……魂っていうのがあるか、ないかなんて、……全然、わからないじゃないか。
――だから、そう言ってるだろ?
議論はまだまだ、つづいている……。
このままいつまでも、最期の時まで、問答はつづいていくんじゃないかと思われた。それはそれで悪くない気がしはじめていた、そんなときだった。
――ニャオ!
と、ひと声、響いたのである。
カツモンたちはベッドのほうを見た。
わけがわからなかった。
ソリューニャンが、シズナの胸に顔を埋めて、悲しみにむせんでいる。
二本の前足で、くるったようにすがりついて、死者を揺さぶり起こそうとしている。悲嘆に悶えくるっている。そんなふうに見えた。
しかし、どうも変だ。
およそ、彼らしくない取り乱しかただし……それは、こんなときちょっとばかしらしさをなくすのはしかたないことだけれど、ついさっきまではしずかに堪えていたのに。
ソリューニャンの眼がこちらをむいた。そして、ぎらり。
足の動きがとまった。
ウケタマワリマウス、オソレイリマウスはぴりぴりと注視している。
悪い、――とっても悪い予感がする。
――フギャア!
予感は的チュウした。
剥きだしのするどいツメが、二匹に襲いかかったのである。




