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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第22四半期「ホロウワークの歴史(前編)」

 シズナ、とキョウカはつぶやいた。


 リョウと知り合うずっと以前から、その名前に、このひとはきっといろいろな気持ちをまつわらせてきたのだ――そうおもうと、不思議な感じがした。このひとは妹、シズナは姉なのだ。


 にべもなく、突きはなされるのではないかと、リョウはおそれていた。

 それが、リョウにとってのキョウカらしさだった。

 でもキョウカは、どこか遠くを見つめたっきり、黙ったまま。

 もしかしたらリョウの後ろの、台座の本を見ているのかもしれない。そこには鉛筆画の、横顔だけのシズナさんもいたから。


 このひとの心は、きっとすくなからず、動いてはいる。――好機だ、とは、思わなかった。

 対峙するふたりの、いっぽうの口がひらかれた。

 そうして、立ったままのもういっぽうへの、たどたどしい状況説明がおこなわれた。


 それは、就活生による事実の報告にしては、ずいぶんふていさいであるにちがいなかった。


 そもそも、本件の核心たる「たいへんな状態」とはいったいどのような状態を指しているのか、まったく不明瞭で具体化が必要だし、カツモンたちへの感謝のくだりは本題からの逸脱だし、マナについても思いちがいが見うけられるし、事実と思い込みの境目もあいまいなら、主語もとぼしく「言った」り「おもった」りしたのはリョウなのかシズナなのか、判然としないところが多すぎる。


 すべて聴き終えたあと、キョウカはしずかな口調で、こう要約した。

「――なるほど、ですね。シズナが今、()()()についていると。あなたは、そのような認識をお持ちなのですね」


 それは、リョウがけんめいに、けんめいに迂回しつづけた言葉だった。どっどっどっと左胸界隈が、いやーな繁忙期に突入する。それでも、リョウは、うなずいた。


 キョウカは言った。

「その状況を改善するために、あなたには『マナ』へのつよい需要がある――そしてそれは、わたくしに供給可能である、と」


 これにも、リョウはうなずいた。


 するとキョウカは、かすかに顔をゆがめてこう言った。

「――それに関しましては、ご期待に添いかねる結果と相成ります」


 そして、異論の接近をゆるさないすみやかさで、こう、つづけた。

「また、わたくしどもの定義する『死』について、……レジェンド……」


 レジェンド・リクルート。この青年をそう名指すことへの、分析不能なためらいがつかの間存在した。


「――貴殿には、一度認識を共有していただいたほうがよろしいかと思います」


 ……そうしてキョウカは、もうひさしく忘れていた――二度と、こころみることもないと思っていた――語る、という行為のなつかしい難儀さに戸惑いなおしながら、語りはじめた。





 ――「死」は存在しない。


 ウケタマワリマウスは、つぶやいた。


 ――はずじゃ、ありませんでしたの……? お嬢様や、キョウカ様、旦那様には。


 そう言いながら、ちいさな頭では、わかっていた。盗み聞いたおぼえがあった。三者三様のいきさつで「終身雇用」にしばりつけられたあのひとたちには、三者三様の「解雇」――死の――条件がある。


 それはわかっていた。だからちょっと前まで、みんなあんなに本気で、シズナのことを――。


 けれども、わかっているといったって、それはあくまで理屈の話だった。

 今、現実として、ほんとうに、ほんとうに、ほんとうに、目の前に、物言わぬ お嬢様が――。


 そしてどんどん、つめたくなっていく。

 どんどん、かたくなっていく。肌の色も変わっていく。

 それから――。


 ――肉体は、いつか腐る。


 どんな感情もぬきに、ただ事実を語るときの言いかたで、ソリューニャンは言った。


  ――腐る……。


 オソレイリマウスも冷静だった。冷静でしかいられなかった。ほんとうに奇妙な状態だった。理解できてはいるのだが、理解はぜんぜん追いつかない。


 ――肉体が、なくなれば……。


 そうつぶやくマトリックマのお腹には、どんな絵もあらわれていなかった。


 ――お嬢様は、ほんとうに、いなくなる。


 ソリューニャンが答えた。


 ――いなくなる? 魂とか……。


 まさか、じぶんが、そんなことを。そのらしくなさすら、いまのロジックツリーには、感じることができなかった。


 ――わからねえよ、そんなの。


 兄蜂が、おごそかに言った。


 ――魂……そんなものがあるのか、どうか。誰にもわかりゃしねえ。そいつは今もまだ、死んだお嬢様の中でブンブンブンブン、必死で飛び回っているかもしれねえ。死にたくないと、叫んでるかもしれねえ。だが……。


 弟蜂が、引きとって、


 ――目に見えないものをどうこう言ってみても始まらねえ。そうだな? 兄弟。


 ――ああ。……兄弟。……見えるモンは、腐っていく。それが全てさ。


 ――よくも……そんな事が言えますのね。


 言葉こそ抗議めいているが、ウケタマワリマウスの声にはすこしも覇気がない。


 ――オレが言わなくったって、……いずれ、事実が語ることさ。


 その声を聴いて、ウケタマワリマウスはハッと兄蜂を見た。

 ――……悪かった、ですわね。


 きっと同じような気持ちだった。


 ――気にするな。そんなこと、こんな時に。


 兄蜂は言った。


 ――……リョウは。


 と、リスクヘッジホッグが言った。ハリは、ねたまんまだ。


 ――なんて言うかな。このことを知ったら……。





 ――貴族。リョウの知っている言葉に当てはめようとするかぎり、キョウカは、じぶんの一族についてそう定義するよりほかになかった。


 すぐに、リョウの頭上にはもくもくと空想の入道雲がふくらんだ。


 その内包するイメージたるや、白亜の大宮殿、幾何学式庭園、赤絨毯のうえ、ずらーっと平身低頭する使用人たち、白馬での鷹狩り、チョコレートの噴水、夜ごとの大舞踏会。


 ……そのぜんぶがぜんぶ、ぜんぜん的外れだったというわけでもない。でもキョウカが聴かせてくれたのは、それとはべつの側面だった。


「――わたくしたち、ホロウワークの一族には、ある、業務がございました」



 リョウは、すぐに思いあたったことを尋ねてみた。

「業務って……。もしかして、『エージェント』?」


 するとキョウカは、どこかかなしそうに首を振り、

「いいえ……。レジェンド・リクルート。――もともとは、そうではありませんでした」



 ――もともとの、わたくしたちの「業務」。それは……と、キョウカは語りはじめた。


 あくまでたんたんと語られたその話は、リョウが言うのもなんだけれど、あきらかに、物語じみていた。あまりのスケールに、ぽかんとしている時間もあったから、すべてを正確に理解できているかはあやしいものだけれど、リョウなりに整理してみると、以下のようになる。


 ……むかしむかし、この世界がまだマナの光にみちていたころ、地表において九割以上のシェアを誇っていたのは、「精励(せいれい)」とよばれる存在だった。


 そのころは――このあたりは、ソリューニャンも話してくれたことだけれど――光、大地、樹々、草花、そんななにもかもにとって、ただそこに存在するというそのことじたいが、かけがえのない最高の仕事だった。

 目的や、対価のために働くものなんて、ひとつもありはしなかった。


 ……ところがそこに、どういうきっかけだったのだろう。


 人間、という存在がいきなりあらわれた。


 最初のうちこそ、彼らはつつましく、精励との競合をさけながら、ごくごくかぎられた範囲で、地域密着型の暮らしをいとなんでいた。


 けれどもそのうち、ひとにぎりのイノベータータイプのものたちが、起業を宣言。


 それまで、いってみればそれぞれが個人事業主として満ち足りていた、自然界のなにもかも――光をエネルギー業務に、大地を土地業務に、樹々を材木業務に、草花を装飾品業務に、むりやり従事させながら、精励の領分を急激に侵しはじめた。「就活レガシー」のちからを借りて、精励たちから仕事をつぎつぎ奪っていった。


 もちろん、精励だって黙っていない。


 四十営業日と四十超過勤務時間、すさまじい雨を降らしつづけ、大洪水をひきおこした。


 世界はどこも水びたし。

 人類みんなぶくぶく滅んでいくかというそのときに、ひとりの若者があらわれて、精励にあいさつをし、人間の長所や、これまでにがんばったこと、種として存続したい理由、などをのべた。

 精励はこれを認め、人類みんなに内定を授与。洪水は、終わった。


 ――はげしい雨さえ渇く秘儀。

 人びとはこれを「驟雨渇(しゅうかつ)」と呼び、このときの驟雨渇生の所作は、また人類が同様の危機に瀕したときのため、ある家のものによって代々伝えられていくことになった。


「それが、……わたくしども、ホロウワークの一族です」


「それは」

 と、リョウはあとで考えてみるとずいぶんばかな質問をした。

「ほんとうに、あったことなの?」


「……事実と虚構との境目は」

 キョウカは、とてもリョウには真意の汲みきれない、複雑な声と表情で言った。

「一般に言われているほど、判然としているわけではありません。レジェンド・リクルート。物語は、絶えず現実を侵しつづけるのです」

 そして、控えめに、リョウを見た。



 ――お辞儀。あいさつ。敬語。身だしなみ。

 ……などなどは、一千年前、つまりキョウカや、シズナの生まれたころにはもうとっくにかたちばかりのものになっていた。

 生まれつき仕事がさだまっていて、死ぬまで変えることをゆるされない、ホウケンセイ――といわれたって勉強ぎらいのリョウにはわからないが――の世では、「シュウカツ」なんて不要だからだ。


 それは、ひとつの儀式として受けつがれていた。

 シズナも、キョウカもそのためにおさないころから研修をうけつづけていた。

 父は、なかば本気で信じているふしがあった。

 今の世は、軽薄きわまりない。

 精励は、きっとお怒りである。

 日ごろのご愛顧・ご厚情への感謝をおこたった人間に、いつかまた、手厳しい裁きがくだされるにちがいない……。



「――しかし、『裁き』は」

 キョウカは、他のどんなことを言うときよりも、抑制のきいた――と、リョウには感じられた――口調で、語った。

「別のかたちで、くだされました」



 ホロウワークの、没落。

 その日キョウカをつつんだ赤い光は、うつくしい斜陽などではなかった。

 怒号がいっせいに、職業選択の自由を求めていた。脱ぎすてられた「驟雨渇生」の衣装を踏みにじり、怒りの群衆が、前庭にまで押しよせていた。みちびくのは、光輝ある「就活生」たち――。



 ……その話を聴きながら、リョウが思いだしていたのはさっきあかがね色の本に見た、こまやかな鉛筆画の街だった。


 あの街が、めらめらとむしばまれていくのを、目の前に見るようだった。


 でもそこは、ひとつの悲鳴もない、奇妙な静寂の空間なのだ。――キョウカの語りからは、そこになかったはずなんてない嘆きや悲しみのことが、徹底的に省きつくされていたのだった。


 それは、キョウカさんのお父さんが、たったひとつのつぶての凶弾に、倒れたときでさえ。

 そうして、声もすがたもない、あこがれの「精励」にとってもよく似た、異形の生をさずかってしまったときでさえ。




「――そうして、レジェンド・リクルート」


 キョウカは言った。


「わたくしたちは、『不死』となったのです」



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