第18四半期「遺跡のネオ就活生たち」
――おい!
――シッポ!
と、それぞれ、もちろんできるなら呼びとめたかった。けれども、こんな状況で、大声などだそうものなら……。想像力など強みとしていなくったって、どうなるかあきらかだった。
シッポのすばしっこさといったら、さすがだった。うまーく見さだめた安全地帯の数々を、音もなく、隙もなくつたっていく。
白い男たちは、相変わらずおしゃべりに夢中。気がつく様子もない。
行けるかも、とリョウは思ったくらいだった。
岩山の各所に、穴――きっとかつて窓や、排気口や、職員通用口だったのだろう――が、空いている。
そのどれかひとつから忍びこみ、作業員、監視員の目さえかいくぐり、ごつっとしたマナのかたまりをみごと、拝借してくるかもしれない。それくらいのことが、ほんとうに、できるかもしれない。
――と、期待を抱きかけたほどだった。
けれどもちいさなからだにのしかかった疲労は、本人の自覚以上にひどかった。というより、自覚するまい、というのがこのときのシッポのスタンスだった。
――やれる。オイラ、まだやれる! オイラ、役に立ちたい!
シッポは、全監視の注意がそれたその一瞬、穴のひとつに飛び込んでいった。
もちろん、リョウとタナカだって、ぼけっと見ているばかりでない。できるだけ、どの入口かとお近づきになれるよう善処してはいるのである。でもそこは、シッポみたいにはなかなかいきっこない。
そのまま、数分が経ったころ――。
――ギャーッ!
という悲鳴が、中から聞こえてきた。
たちまち、けたたましいカナリアの声。おびただしい足音。そして怒号。
「まずいぜ!」
タナカが立ち上がった。
「リョウ、オレたちも――」
「うん!」
見すてられるはずもなかった。
ふたりは、混乱に乗じて、かえってたやすく遺跡に入りこむことができた。見張り業務に従事していたものたちさえ、こぞって「侵入者」のもとへ駆けつけていたからである。
それはなるほど、彼らがチームワークをニガテとしていることの証でもあった。
しかしそうはいってもけっきょく多勢になんとやら。
タナカ愛用の安全灯をたよりに石窟の廊下を駆けぬけ、そのいっちばん奥、うっすら青く光る壁の一室で、とうとう、もはや「集積の不利益」が懸念されるほど詰めかけた白装束の人びとと、無勢そのもののシッポを発見した。
「――アンちゃん!」
白い人海のむこうに、ふたりの姿がちらりと見えた。
「……アンちゃん!」
ゴメンよ、でも、許しておくれ、でもない、そんなあわれな叫びひとつが、しかしみなまで語りつくしている。
当然のなりゆきとして、リョウもタナカも白い人びとに気がつかれた。もちろん、シッポが叫ばなくったって、見つかるのは時間の問題だったろう。
白い人びとは、彼らをそう呼ばしめている作業服をいっせいに脱いだ。
ざっと七、八十人? みんな、スーツ姿だった。
「――しまった!」
タナカは言った。
「こいつらも、あの――」
まさに、青い光の使い手だった。みな、ぎんぎんした目でこっちを見ている。さっきの男らの雑談から察するに、ストレスマネジメントがいまひとつなものも多いにちがいない。
チームワークの欠如も、これなら説明がつく。ひとりひとりが、功名心のかたまりなのだ。
「――宜しくお願い」
くちぐちに、就活生たちは叫んだ。
「伏せて!」
リョウはタナカに言った。
そしてじぶんは、――さっきのシッポとおなじく疲れに精彩を削がれてはいたけれど、お辞儀の姿勢のまま、なんと前方に両手を差し出し、そのまま人ごみにダイブした。
――名刺交換と、お辞儀を、同時に!?
これにはたまげた、就活生たち。挨拶を完遂しそびれたものも多かった。しかし散発的な「――致しますッ!」は、タナカにおそいかかった。
リョウの指示通り、タナカは姿勢を低くしていた。だから、声の大砲は真上を通りすぎていった。
リョウは、
「――ごめん!」
と言いながらシッポを突き飛ばした。たちまち、シッポは包囲から救われた。
けれども、今度はリョウが囲まれる番だった。
就活生たちの憎悪はすさまじかった。じぶんより頭のいい人間、体力の充実した人間、気力に富んだ人間ならばまだ、大目に見ることができるけれど、じぶんより独創的な人間、それだけは、どうしてもがまんならないのだった。だから、たったいま、革新的な就活を披露したリョウはたいへんに憎たらしかった。
「――青葉若葉の!!」
まるで、地獄の犬みたいな声で彼らは吠えた。
タナカは駆け寄ろうとした。しかし、青い光に跳ね飛ばされてしまう。
シッポは食らいつこうとした。しかし、難なく抑え込まれてしまう。
「リョウ!」
「アンちゃん!」
無力に叫ぶのが、精いっぱいだった。
リョウは目をつむった。
――こんなところで、
と、思った。
――こんなところで!
「――好季節でございますッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
およそ、八十人ぶんの挨拶、ぜんぶが束になってリョウにおそいかかった。
直撃は、お辞儀返しでからくもまぬがれた。けれども背後の壁はかんたんにくずれた。
その先は、ふかーい闇。
声に遅れて、風がおそった。
青葉若葉の、好季節。
あらたまった手紙の冒頭にそよっと吹かすのを推奨される、青嵐というものにちがいなかった。
でもこのひと吹きは、なかなかどうして、葉っぱを散らすくらいじゃすみそうにない。これだけひとまとまりに吹きつけると、立夏の空に、ご神木だって根こそぎ運び去ってしまいそうだ。
リョウなんか、ひとたまりもなかった。ふわっと持ちあがった百七十一センチ、五十八キログラムの身体が、くずれた壁のむこうにあっけなくもっていかれるのを、シッポは見た。
「リョウ!」
「アンちゃん!」
落ちていくリョウに、ふたりの叫びはしっかりとどいていた。
たゆたゆと、なまあたたかい液体のおもてで、リョウは目をさました。
水? ぬるま湯? いや――。
光だった。
青い光。それは、液状の青い光そのものだったのだ。
こわごわと、リョウは身体を起こした。
どこも痛くない。
それどころか、疲れがぬけているような気さえする。
それでも全身、軽くすくんだのは、気配を感じたからだった。
だれか、こっちに来る。リョウは、闇に目をこらした。
すがたを見さだめる前に、こんな声がした。
「レジェンド・リクルート」
おどろいて立ちあがったリョウに、その声は、もう一度こう呼びかけた。
「――レジェンド・リクルート」
キョウカだった。




