第17四半期「シッポの『勇気』」
朝陽は、金色だった。
そのなかでリョウはいま、こうごうしくそびえるひとつの影だ。うっとりと、シッポはため息をもらした。
でも、当人はぼろぼろ。
息が、荒い。腰が、いたい。あたまが、重い。
「……やった……」
喉も、からからだ。
「……のかな……?」
無線機から、声がした。
「――お疲れさん」
「タナカ」
リョウは、じぶんだってそうとう疲れているはずの、運転席の親友の背中を見た。
「オレ……やったよ」
「ああ。――やったな、リョウ」
タナカは、ミラーに目をやった。
「すごいや……アンちゃん!」
シッポは、窓から身を乗りだした。もう泣きたい気持ちだった、くやしくて、まぶしくて。
リョウが、シッポの――シッポの盗んだスーツで、あれほどの就活を戦いきった。バトルなんかじゃない、ほんものの就活だ。
「だが油断できないぜ」
もう完全に、人里は離れている。
見わたすかぎり草っぱら、その奥には、山。どこまでも山。
性格検査のひとつとして、画用紙に風景を描かせるものがあると聞いたことがあるけれど、もしこれがある就活生の心象風景だとしたら、いったいどんなパーソナリティが読みとりうるのだろう。
明けがたの空の下、ほの暗い黄金の緑がびゅんびゅん飛び去っていく。
「あっちは確実にオレらの狙いをわかってる。――通報がいってると考えたほうがいいな」
「また、新しい就活生どもが?」
シッポは高揚して言った。
「そしたらまた、アンちゃんが追い払ってくれるさ!」
「いや」
ふたたびミラーを見た、タナカの声は冷静だった。おそらくリョウはもう戦えないし、戦わせたくもなかった。
「向こうの警備の連中に、さ」
「大丈夫」
シッポは胸をたたいて言った。
「石ころのひとつやふたつ、オイラがバッチリ盗んでやるよ」
「ひとつやふたつで足りるのか?」
タナカは、リョウに尋ねた。
けれども、答えはない。無線機からは、せわしい息づかいだけが聞こえてきた。
タナカは右足に思いっきり、ちからをこめた――もうメーターは、最高速度をぶっちぎっているのだけれど。
前方に、夜の残骸みたいな、黒いかたまりが見えてきた。
トラックは、そのまま森林地帯に突入していった。
「――見えてきたぜ」
タナカが顎で示した、その先にでっかい岩山がそびえていた。
リョウは顔をあげた。
山道を数時間歩いて、体力は限界にちかかった。タナカに、肩を貸してもらっている。
「……うひゃあ」
シッポの声もさすがに疲れ気味だった。
「山っていうか……壁だね」
「壁っていうか、洞窟っていうか……遺跡なのさ」
赤茶けた岩肌に、おびただしい作業員たち。高所からのぞむと、こげた角砂糖に、たくさんの白アリが群がっているみたいだった。
「あの服」
と、リョウは言った。
「持って来ればよかったね」
「いや、リョウ。今の状態じゃ、あのナリで登山なんてとても無理だし……それに、潜りこむとなるとちと、骨が折れるだろうぜ」
なるほど、ここでは作業員同士はたがいをきちんと識別して、ときに世間話なんかも交わしているようだった。
「……まったく、アタマのいい人間の考えることはワカランね」
「え?」
「ちかごろの坊ちゃん、どうかしてるよ」
「坊ちゃんじゃなくて『醇麗様』だろ?」
と訂正しながら、その男も、本気で注意したわけではないようだった。ふたりは――ゴーグルとマスクに覆われた――顔を見合わせて笑った。
「龍光様が生きていたら、なんと言ったかね」
「遺跡調査? ……まあ、怒鳴り散らすどころじゃなかったろう」
「『遺跡調査』なんて言えばまだ聞こえはいいが……土いじりだろ?」
「お庭にしちゃ、ちょっと広すぎるけどな」
三人は手頃な岩壁を背に、聞き耳を立てていた。
「……遺跡って、就活遺跡かな」
リョウはひそひそとタナカに問いかけた。
「っぽいぜ」タナカも小声で返した。「くわしいことはオレにもよくわからん。だが、何千年か前にゃ、オフィスビルかなにかだったみたいだな」
「……ボッチ島だけじゃないんだ」
はるかなむかしにも、「業務」は存在したという、あのソリューニャンの話をリョウは思い出していた。すこし、こわくなった。
「しかし、どうする?」
と、タナカ。
「アイツらの話だと、そこらで掘りだせるのはせいぜい土くらいみたいだな」
「奥まで行かなきゃ、だめなのかな」
「まあ深くに潜ったからって、鉱脈にぶちあたるとはかぎらんわけだが……」
「思ったほど緊張感がなくてよかったじゃんか」
と、主張するのはシッポ。
「警備のやつら、ダラケてるんじゃない?」
「就活生たちが、……通報を、ためらったのかもしれない」
と、リョウは言った。
「どういうこと?」
シッポには、わからなかった。
「失敗を怒られるのが怖くて、連絡できなかったのかも」
「お? ――なんだリョウ、そりゃ、お前の実体験ってやつか?」
タナカはどこかうれしそうだった。
リョウは苦笑しながら、手を振った。それは失敗の味もわきまえた、りっぱな就活生の所作に見えた。そして――何度でも意識してしまうのだけれど、シッポの盗んだスーツを着ているのだ。
ほんとうに、どうしてオイラは、このアンちゃんのためにスーツ一着、仕立てきることができなかったんだろう。
いまアンちゃんの着ているのが、オイラのつくったスーツだったら、どれほど誇らしいだろう。
役に立ちたい。そうだ、オイラ、おとりにだってなれやしなかった。
役に立ちたい。
役に立ちたい――。
「――アンちゃん」
シッポはひそめた声で言った。
「え?」
リョウは悪い予感をおぼえた。
「――ここで待ってて!」
――石ころの、一つ、二つ……いや、十や二十くらい!
そのままシッポは、なんと、岩かげから飛びだしていってしまったのだ。




