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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第14四半期「狂信者たち」

 さてこうなると、それまでざくざくとかたちばかりには勤勉だったリョウの手も、さすがにとまってしまったのだった。


 ――外で何があっても気にすんなよ。


 シッポはそう言っていた。

 それがシッポの覚悟であり心意気であり、シッポなりの「自分に恥じない」生きかただ。

 リョウは、それを……?


 ――それをオレは、今、外に出て行ったら、だいなしにすることに……?


 こんもりした土に、使い手不在で突き立っているスコップはすこし、不吉な見た目だ。 

 このまま知らん顔で「盗み」の好機をうかがいつづけることが、それがシッポのため、シズナさんのためにとるべき行動なのだろうか?


 ――どうする?


「ドロボウだ、ドロボウだ、ドロボウだ! ドロボウだ!」


 叫び声はどんどん増殖していく。人が集まってきたのにちがいない。


 外の騒がしさにふさわしからぬ、ゆったりした歩みでもどってきた花鏡院が、こう言った。


「――御心配なく」

 悠々と眼鏡の位置を直し、

「すぐに、()()してご覧にいれますから」


 ――ごめん、シッポ!


 リョウはもう、駆けだした。

 

 誰もが振り返った。

 ゴーダも、花鏡院も、――エリカも。


 みんなリョウを見た。


「あれは……?」

 花鏡院は不愉快そうに尋ねた。


 ゴーダはひらめいた。

「オレ、わかりましたよ、醇麗さん。――つまり、『熱中症』ってやつなんですよ、きっと。なんてったって、あの格好ですから――」


「弊社では」

 つめたい目をして花鏡院は言った。

「作業環境は常に適切に管理しています」


 ゴーダはおろおろと口をつぐんだ。格好わるいところを見られはしなかったかと、エリカの様子を気にかけた。

 が、逆はかならずしも真ならず。

 エリカの関心のありかは、まったくちがうところだった。

 いまあっという間に駆けぬけていった、なぞの作業員。

 もう見えないあの白い作業服の後ろ姿を、ぼうっと目で追いつづけていたのだ――。



 ――リョウは、倉庫を走りでた。

 すると、コンテナにのぼったり、トラックにもぐり込んだりしながら、けんめいに追手を翻弄しつづけているのは――果たして、シッポだった。


 その「追手」というのは、花鏡院コーポレーションの、きっと社員なのだろう、襟もとに例のロゴが縫いこまれたスーツの、男女たちだ。


「――ああッ!」


 と、コンテナ上で、シッポは大声を出した。


 あの背格好。あの挙動。

 こっちを見ている、あの感じ。


 ――アンちゃん!


 社員たちはいっせいに振り返った。もうリョウは、凝視の対象だ。――しまった、とシッポは思った。でも同時に、


 ――馬鹿ヤロウ!


 とも思わずにいられない。来るなって、言っておいたのに!


 じりじりと、距離をつめられるリョウの頭のなかをたったひと文字で表現するなら、それは「無」だった。

 というと、なにか居合の達人とか仙術の使い手みたいだけれど、そんな大したものでなく、ただの無知、無策、無計画、無考えだ。


 ――どうする? どうしよう?


 こんな格好では、就活もままならない。

 あたまも身体もずんぐり重く、お辞儀ひとつできそうにない。

 ただしい姿勢の維持すら難しい。

 挨拶もビジネス・スマイルも、マスクとゴーグルにはばまれる。


 かたわらに、シズナはいない。

 だれも、なんにも指示してくれない。


 ナントカ分析など実施するまでもなく現状のまずさは火を見るよりあきらかだけれど――その、「火」というのも、状況的に考えて、かなり、縁起のわるい言葉にちがいなかった。


 と、いうのも――。


 ……となりの倉庫のシャッターが、焦らすように、もったいぶるように開いていったかと思うと、中からでてきたのは、


「花鏡院コーポレーションの皆様方におかれましては」

 スーツ姿の、けれども()()()()()()()若者たち。

「平素格別のお引き立てを賜っちまい、――()()、御礼申し上げます」


「皆様方に賜りまくったご厚誼――いえ、ご()()を、存分に発揮し」


「くそ侵入者の排除に、――尽力! いたしますので」


「今後とも変わらねえ、物質的ご支援を」


「――宜しくお願い、申し上げますッ!」


 これがもしただの就職浪人生のようなものたちだったら、それならばリョウもここまでおどろきはしなかったろう、怖いけれど。

 でもいまリョウの全身が愕然、あるいは慄然、ちょっと大げさなそんな言葉さえ当てはまってしまいそうなくらい、ふるふるふるっとしはじめているのは、それはあの光、彼らのまとった、()()()のせいだった。


 ――マナ!?


 青い光、それは、マナの光のはずだった。もっともそれは、シズナのまとっていたのとはちがって、なんというか少し、嫌な感じがするのだけれど……。


 でも、マナだ。

 あきらかに、マナの青い光にちがいなかった。


 ――この人たちは、いったい?


 リョウの内心のおどろきを聞きとったかのように、先頭の就活生がニヤリ、笑った。


「――貧弱きわまりなき、カツバトユーザーの皆様方におかれましては! このような、『就活』は、可能でございましょうかッ!」


 ケタケタケタッとその就活生は笑って、片手を高く掲げてみせた。ただでさえリョウの太ももくらいぶっとい腕まわりが、みちみちみちっと膨らんで、シャツも、ジャケットもつきやぶり、大きな肉のこぶがあらわれた。


 ――それは、まるで就活鞄だ。

 もし、あのなかに、書類も筆記用具もなにもかも、身体の一部みたいに詰めこめるとしたら――。

 そうしたら、鞄はもう不要。

 マキシマルに増強した肉体で、ミニマルな就活を、実現――!


 ごくり、つばを飲むリョウのまん前で、その就活生は、叫んだ。


「――爆発的拡散力(アイ・アム・ボンバー)ッ!!!」



 するとファスナーみたいに傷口がひらき、どばーっと肉の鞄から噴きだしたのは、大量の名刺。


 リョウは礼儀を重んずるあまり、最初、律儀に受けとろうとしてしまった。が、おかしなものを感じてすぐ、手を引っ込めた。


 正解だった。

 その名刺が、あちこちで、バクハツしはじめたのだ。


 ……なるほど、就活生でも社会人でも、名刺交換はもっとも隙の多いタイミングのひとつだろう。

 その時をついて、一発、どかん。

 木っ端みじんにふき飛ばしてしまえば、ライバルはひとり減るし、にっくき採用担当者を、黒こげにしてしまうこともできる。

 そうすれば――? 就活を有利に、ノーストレスですすめることができる。


 考え抜かれた、それこそ隙のないロジック。

 それは、わかる。

 わかるのだけれど――。


「わたくし、『神』と申しますッ!」

 たいへん愉快そうな、いくらか常軌を逸した笑い声をあげながら、就活生は宣言した。

「ZAKURO社の、益々のご凋落を! 花鏡院コーポレーションの、益々のご隆盛を! 爆発的に、お祈り申し上げますッ!!!」


 風の影響であちこちに「拡散」された名刺が、思いもよらぬところで爆炎を上げつづけている。


 どこか安全なところを――いやそれよりも先に、シッポを見つけないと。

 リョウはコンテナの迷路にひそみながら、あっちこっちうかがいつづけていた。


「――おい!」

 いきなり声をかけられたのはそんなときだった。


 もちろん、リョウは身構えた。

 でも声のぬしは、敵だなんて見なされる可能性、少しも考えていないみたいだった。

「こっちだ!」

 つべこべ言わずに、とばかり、強くいざなった。


「――こっちだ、こっち!」


 どこか、聞き覚えのある声だ。

 逃げ込んだ先で、マスクもゴーグルもとったその人物の顔を見て、リョウは目をまるくした。


「――タナカ!」


「リョウか!?」

 

 おなじく扮装を解こうとするリョウを、タナカはとどめた。


「お前は顔が割れちゃまずいだろ!」


「あ――」

 そうだった、リョウは気がそんなことにも回らないくらい動転していた。

「でも……なんで? 知ってて呼んでくれたんじゃなかったの?」


 低い姿勢、重たい歩みでタナカについて行きながら、リョウは尋ねた。


「いや、わからなかった」

 タナカは物陰から愛車の位置をたしかめつつ、言った。

「お前じゃなくったって、助けたさ」


「バイト中なんじゃ?」


「ああ、――でも辞めだ。この現場は、オレはやらねえ」

 タナカはそこら中からの爆発音に張りあう大声で言った。

「いくらなんでも、ヤバすぎる。……おいリョウ、走れるか?」


 リョウはうなずいた。


「まあ、走れなくったって、走らにゃならん。あそこにトラック、見えるだろ? あれがオレの車さ」


 なるほど、車体にロゴはない。


「合図したら、走れ。あれに乗り込むぞ」


「タナカの、自分の? ――目立たないかな」


「目立ったって何したって、逃げきりさえできりゃ、こっちの勝ちさ」


「でも、オレ……()()()()だよ?」

 と、誠に失礼ながらその言葉をきっかけに思いだしたのは、

「そうだ、シッポもいるんだ」


「あいつも?」


 リョウは、しょんぼりうなずいた。

「オレたち、やっぱり行けないよ。タナカに、迷惑かけたくないし」


 すると――。

「リョウ!」

 胸ぐらが、わしっとつかまれた。

「オレを、見くびるなよ!」


「た、タナカ……」

 前後にはげしくゆすぶられ、目を回しながらリョウは、タナカの言わんとすることを全身で感じとった、ような気がした。二度のタップがその合図だった。タナカはうなずき、リョウは、放免された。


「――行くぜ、リョウ」

 

 リョウは、まだぐわんぐわんしながらだけれど、どうにかうなずいた。

 そしてふたりで、アスファルトをけった。


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