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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第13四半期「ゴーダとエリカ」

 とにかく、からだを動かさなければ。スコップを、土に食いこませる。ぐっと持ち手に、力をこめる。すくった土を、真横の箱に、流しこむ。そしてふたたび、スコップを持ちあげる――。

 それだけだ。

 それだけの仕事が、ぜんぜん捗らない。

 後ろの三人が、気になってしかたないのだった。


 花鏡院の、人あたりよさげな声が聞こえる。

「――ウツロ教授にもお越しいただければ、なおよかったのですが」


「……先生がいちばん嫌いなのは」

 いっぽう、エリカはおずおずとした物言いだ。

「睡眠をじゃまされることですから」


 花鏡院は、

「存じております」

 と言って、笑った。

「ですから一度も、視察にいらしたことがない」


 気まずい笑いを、エリカは浮かべるしかなかった。


 ――ウツロ教授から呼びだしがかかったのは、二日前の午前中。


「例の件は、不問に付そう」


 開口一番、ウツロはそう言った。例の件、それはもちろんなくした――ぶんどられた――ブローチのことだ。


 あれ以来エリカに激怒、失望したウツロはもう、エリカを寄せつけようとはしなかった。

 そんなウツロのもとに、出資者である花鏡院醇麗から連絡があった。まさにそのエリカを、紹介してほしいというのだ。


 さすが、と思わざるをえなかった。


 そこに目をつけるとは。

 エリカの傾聴の才能は、それだけは、ウツロも評価していた。だからあれほど貴重なウツロニウムの結晶を、エリカに託したのだ。


「傾聴」。


 それはウツロのもともとの研究――既成の「就活」概念の、根本的再検討――においても、重要概念だった。


 でも世間一般ではどうだろう? 世のビジネス・パーソンたちに勧められている――聴きかたの技術、とかなんとかいって――傾聴とウツロの重んじている「傾聴」、両者は、呼び名こそおなじでも中身はまったく別ものである。エリカのすぐれているのは、もちろん後者だった。


 花鏡院醇麗。

 その知能指数は測定不能。


 ウツロにとって「頭のよい人間」、それは取りもなおさず「自分とおんなじ価値観をもつ人間」を意味する。

 傾聴という神秘の営為に、彼自身とまったくおなじ――と、本人は思い込んでいる――可能性を見いだした花鏡院のするどさを、ウツロは高く評価した。


 そしてそれ以上に、その花鏡院をビジネス・パートナーに選んだみずからの慧眼に狂喜した。


 ブローチなどもうどうでもよかった。

 この先、研究が進めばあれくらいのもの、いくらでも生みだせるようになるだろう。


「今回の件で、もし君が一定の成果を上げられるようなら」

 と、ウツロは言った。

「君自身の将来の可能性は、うつくしく……大いに光り輝くだろう。この、ウツロニウムのように」


 電話がかかってきたとき、正直、エリカはあまり前向きな気持ちにはなれなかった。


 もちろん、安堵はあった。

 大学生という肩書き。

 そして、大学院生という目標。

 それはエリカにとって数すくない拠りどころだったし、大げさでなく、たったひとつのアイデンティティだった。


 それもなくしてしまったと感じていた矢先のことだから、ふたたび研究室に出入りすることを許されるだけで、なぐさめとも、救いとも感じた。


 リョウは就活生になろうとしている。かたわらのあの人にはエージェントという立派な仕事がある。


 ――わたしは?

 

 そんな自問に苦しんでいたちょうどそのときのことだったから。


 でもいっぽうで、エージェントさんに寄り添うリョウを見てしまったときの、あのわたしのこころの動き――。


 あれは、院に行こうと学者になろうと、どんな生きかたを見つけたところで――。

 変わらないんじゃないだろうか?

 わたしは、わたしというこの醜い人間から、けっして逃げきれないんじゃないだろうか?

 だとしたら――。


「――どうされました?」


 われに返ったエリカを、さも気づかわしげに、花鏡院がのぞきこんでいた。


「ご気分でも?」


「――あ、すみません、あの……」

 エリカは、あわてて頭を振った。

「だいじょうぶです」


「……む、無理、すんなよな」

 ここぞとばかりに、ゴーダはリュックからだしたペットボトルを差しだした。

「これ、飲めよ」


「あ、ううん――」


「アズマニシキ・ブランドの、『ボッチ茶』だからさ。も、もちろん、未開封だぜ。つまり――いや、何でもないけどさ、その、懐かしいよな、エリカ。オレたち、ガキのころ茶畑でさ――」


「ううん、だいじょうぶ。――ありがとう」


 と、こんな困り笑い一発に心臓をぶち抜かれたゴーダをよそに、花鏡院はこう提案した。 


「すこし、施設内を見ていただいてから……涼しいところで話をしましょうか。()()()について」


「え? ……あ、でも……」


 オファーの件なら、すでに聴かされていた。


「かもめ亭」での傾聴業務。

 花鏡院は、ゴーダの手前、そんなふうに説明してあった。

 ほんとうは、業務内容は傾聴にちがいないが、場所は「かもめ亭」などではない。そんな民宿、なくなるのだから。


「わたしは、あんまり……」


「なにが、気がかりで?」

 花鏡院は、やさしく、やさしく問いかけた。


「……あの」

 もじもじしながら、エリカは言った。

「『()()()』は――」


 ずらーっとならんだ白い背中の、ひとつがあきらかにぴくりと跳ねた。でも、誰も気がつかない。


「どうなるんですか?」


 花鏡院は、懇切丁寧に、

「どうなる、というと……?」


「ゴーダ君の、プラン……」


 ――わたし、全然、好きになれないんです。


 言ってしまおうかと思った。言ってしまったほうがいいと思った。

 でも、言えない。

 怖くて言えない。

 なにが怖い?


 このひとの不興を買うことが?

 ウツロ先生の怒りが?

 わたしの欠陥があらわになることが?


「あの……」

 言えない。怖くて言えない。


「そうです。……()()()()()()()()()()()()()()()


 と言いながら、花鏡院はエリカの真意を微妙に読みそこねていた。


「何よりも、経済的発展を第一の目標として掲げている。そういう意味では、『日曜亭』さんはきわめて不利な状況にある。その点だけは、包み隠さず、お伝えしておかねばなりませんね」


「っていうことは――」


「でも、大丈夫です。あなたのお気持ちは理解していますよ。あなたにとって……そう、とても大切なご友人の……そこは、ご実家なのですから」


 ざっくざっくと身を粉にしている作業員たち。その列のなかひとりだけ、全身耳にしているものがいた。


「そのオカミさんというかたに、わたくしどものほうから、誠心誠意、計画の趣旨については御説明して――よくよく御理解いただいたうえで、()()()いただくことになるかと」


「ご協力――」

 それは、立ち退きっていうこと?

「でも、……あの……」

 どうして言えないの、わたしは? ――怖い、怖い、怖い。


「その点も、心配ご無用です。代わりの建物はご用意いたします……おそらくそちらのほうが、よほど裕福な暮らしができるのではないかと」


「えっと……」


 ――ちがう、そんなことじゃない!


 どうして言えないの?

 わたしはあそこが大好きなんだって。

 あそこがわたしの、ほんとうに大好きな場所なんだって。


「正直、わたくしどもは」


 エリカの目つきに、意に添わぬものを読みとりながら、それでもやさしさをくずさず、花鏡院は言った。


「その点、あなたの御協力に期待しているのですよ」


「え? わたし……?」


「そうです。エリカさん。……なにしろその、オカミさん、という方と――」

 一瞬、その目に鋭さがひらめいた。

「ずいぶん、懇意にしていらっしゃると、伺いましたので」


「え……」

 

 ――それって……。

 わたしが、オカミさんを説得するっていうこと?

 わたしが、日曜亭を?

 わたしが、オカミさんの、リョウの、そしてわたしの、居場所を壊す?


「それは――」

 エリカは、言った。

「できません」

 毅然と、告げたつもりだった。しかし花鏡院には、別の見えかたがしていた。


 仮にいま、リョウが振り向いたとしても、おんなじように感じたろう。でもリョウは、そう言ってくれたエリカの気持ちを、大切にしたかった。いまはつたえられない言葉のかわりに、ざくっとスコップを引き抜いた。


 ――いえ、エリカさん。あなたは、実行する。

 花鏡院には、確信があった。

 ――あなたはかならず、翻意する。


 おどおどと、こちらの顔色を窺うばかりのこの女。


 ――かならず、服従させてみせる。


 なに、それくらいのこと。ゲーム同然だ――。


「わかりました、エリカさん」

 花鏡院は、残念そうに言った。

「詳細については、またいずれ、時間を設けて相談しましょう」


「あの――花鏡院さん」

 ぐっと勇気をだして、エリカは言った。

「わたし、やっぱり――」

 

 けれども、最後まで言い切ることはできなかった。

 外で、叫び声がしたのだ。しきりと、


 ――ドロボウだ! ドロボウだ! ドロボウだ!


 そんなふうに繰り返している。


 花鏡院は興醒めしたように言った。

「すみません、エリカさん。よりによって」


「あ、はい……」

 エリカは、気勢をそがれてしまった。

「だいじょうぶ、ですか……?」


「様子を見て来ましょう」

 そう決めるともう、切り換えは早かった。


 ――醇麗さん、オレ、こういうの慣れてますよ! つまり、アズマニシキでも食い逃げってのが横行っていうか()()っていうか縦横無尽だったんで、とちらっちらエリカを見ながらでっかい声でアピールしつづけるゴーダのかたわら、花鏡院は無線機に、なにか囁きかけた。


 そしてそのまま、出て行ってしまった。


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