第12四半期「潜入、そして旧友との再会」
そのころリョウとシッポは、まさにその港にいた。
リョウのまなざしは、夜の海のはるかかなたに、気づけば投げられている。水平線のあのちかちかは、漁火だろうか?
あの向こう、ずっとずっとずっと向こうに、――ボッチ島がある。
オカミさんがいる。
オレはもういない。
「おい」
とシッポに小突かれて、リョウはわれに返った。
「ボーッとしてる場合じゃないぞ」
「あ……ごめん」
「だから、しっかり寝とけって言ったんだよ」
シッポに相談を持ちかけたのは、今朝のこと。夜陰にまぎれて、場合によっては朝方までかけて仕事をおこなうから、仮眠を取っておくようにと注意されていたのだ。
「盗みって、チョロい仕事じゃないんだぞ! ――どう思ってるか知らないけどさ」
「盗み……」
いまいち、決心できていない。オレはこれから、ホントウに、そんな大それたまねを?
「大体さあ」
シッポは、小声ではあるけれど、独特の高揚を感じているのか、饒舌だった。
「ちゃんと横になって寝たほうがいいんだよ。つきっきりで看病してみたって、どうせなんにもできやしないんだから」
すると数秒間、フォークリフトの音だけが音だった。
「……悪かったよ」
シッポは、失言に気がついた。
「……ううん」
そうだ、今はとにかく、シズナさんを救わなければならない。そのために、手段は選んでいられない。カツモンたちだって、リョウを信じて送りだしてくれたのだった。
「――お?」
シッポが耳に手を当てた。
「何か来る!」
リョウも気がついた。
「車……?」
トラックだった。土砂を満載した大型のやつが五、六台もつらなって、倉庫の建ちならぶこの港湾地帯に、どがががっと乗り入れてきたのだ。――シッポにみちびかれ、リョウはコンテナの陰に身を隠した。倉庫に、少しだけちかづいた。
「花鏡院コーポレーションの……」
物陰からうまくロゴを見定めて、シッポはつぶやいた。
「なんだ? あんなに土ばっかり」
「島に、持っていくのかな」
「ボッチ島には砂も土もないの?」
呆れたように、シッポが言った。
リョウは考えてみた。
「畑でも、つくるのかな」
「あのねえ、アンちゃん」
シッポはもう肩を落として、
「農業に向いてる土とそうでない土ってのがあるんだよ。オイラあんな痩せっぽちな町で育ったからそれはよくわかるのさ。ありゃ、どう見ても肥沃な土じゃない。それに……なんでわざわざボッチ島で農業をやる必要があるのさ。船じゃなきゃ行き来できないんだから、余計にコストがかかるだけだろ? 気候帯がちがうわけでもないんだから、固有のアレもないだろうし――」
人差し指などぴんと立て、説いて聞かせるシッポになんだか妙に感心したリョウは、ふむふむ、しきりにうなずいている。
「アンちゃん、ホントに、就活生?」
たびたび、疑わしくなる。一次選考で、あんな就活をしたときには、それはおどろかされたものだったけれど……。
リョウが苦笑していると、第二陣、ということなのか、ふたたび七、八台のトラックが隊列を組んで、今度は――テレビ、ラジカセ、冷蔵庫、エアコン、掃除機、洗濯機、ヤカンに、レンジに、フライパン、などなどめいっぱい乗っけてなだれ込んできた。車体のロゴは、やっぱり花鏡院コーポレーションのだ。
ふたりの目は白黒するばかり。
「廃品回収?」
シッポが――シルクハットをおさえながら――首をかしげた。
「でも、なんでこんなところに……?」
「島に、持っていくのかな?」
「だから、どうしてさ」
「……処分場をつくる、とか」
「だから、コストが――」
と、第二のお説教がはじまりかけたそのときにトラックから降りてきたのは、ちょっと不気味な、まっ白装束の人びと。
ほんとうに、頭っからつま先まで、宇宙飛行士さながらのコーディネートで、中の人物の素姓は少しもわからないようになっている。目もとには、ゴーグル。
暑くないのだろうか。きっとあっついだろう。
総員、ちゃっちゃかちゃっちゃか、驚くべき要領のよさで荷下ろしを開始すると、あんなてんこ盛りだったガラクタの数々をあっという間に、あまりの作業スピードにあんぐり開いた大口みたいな倉庫の入り口に、運び込んでしまった。土砂を乗せたトラックも、そのまま中に入っていった。
「――しめた!」
シッポはすかさずリョウのそでを引っぱって、つかの間無人状態になっている倉庫前まで連れていく。
「うわ、――ちょっと、待った!」
「待てないよ! 急いで!」
トラックのエンジンは、かかったままだ。不用心にも開けっぱなしのドアの中、助手席に、さっきの白装束一式が置いてある。
「それ!」
シッポは指差した。
「早く、着がえて!」
「え? なんで――」
「今、休憩か人員交代かに行ったやつのだから!」
そんなとこまで、シッポはぬかりなく観察していた。リョウはますます感心しながらも、
「オレが着るの?」
「オイラじゃ、サイズが!」
遠目での寸法測定などお手のものだ。
「――早く! アンちゃん!」
そう急き立てられては、リョウもなりふり構っていられない。プロのアドバイスをすなおに受け容れて、リョウは、
「――真っ白に、なったよ」
シッポは、うなずいた。
ゴーグルもつけてみると、いよいよリョウだなんてわからない。
「――あ!」
さっき土砂を積んだトラックが入っていった倉庫を、シッポは指さした。リョウとおんなじ格好の白い人びとがざっと四、五十人、一列に並んで、吸い込まれていく。
「行って、アンちゃん! チャンスだ!」
「行くの?」
「あの中に、多分、アンちゃんのボタンとおんなじ石が!」
「あったの?」
シッポはうなずいた。もっとも、あの時は――ほんの十日ほど前だけれど、倉庫はこんなに建っていなかった。この急速な開発の進展は、いったい、なにを意味しているのだろう?
「でも……バレるんじゃ……?」
「何のために着がえたんだよ!」
シッポは叫びだしそうなのをこらえて言った。
「だいじょうぶ! ――この服にきっと、チップか何か入ってるんだ」
やはり白装束の、監督役と思しきひとりが、倉庫の入り口あたりで、ひとりひとりの腕らへんになにか赤い光のすじを、どこかおざなりに照射している様子が見えた。
個体識別――みたいなこと――は、あれですませているのだろう。逆に言えば、もしこの服の持ちぬしが盗まれたことを騒ぎたてれば……ちょっとしたことになるにちがいない。
「……暑い」
リョウは言った。すでに、あたまがくらくらだ。
だからこの助手席に座っていたやつは、あわてて脱ぎ棄てていったんだろうな、とシッポは思った。
劣悪な労働環境。チップだけがアイデンティティの作業人員。
――こんな世界……。
「アンちゃん、外でなにがあっても気にすんなよ」
「え? どういう意味?」
「騒ぎがあったら、オイラがおとりになる」
「シッポ……?」
「オイラは、オイラの仕事をするんだ」
今のオイラにはそれしかできない。それしかできないのが、不本意だけれど……無事に帰ったら、盗みとかおとりとかそんなんじゃなく、オイラのほんとうの仕事をするんだ。
「――だからアンちゃんは、アンちゃんの仕事を」
――あの女のことなんか、知ったことじゃないよ!
あの女が、どうなろうと……。
でもアンちゃんがそこまで本気なら、やればいい。
オイラ、何かを教えられた気がする。
リョウも、何か教えられた気がした。だからうなずいて、列に駆けていった。
みんな、黙って、ならんでいた。雑談も、世間話もなんにもない。しゅう、しゅう無個性な息づかいだけが聞こえている。
頭は、いよいよとろけそうだ。
これから、なにをさせられるのだろう?
シッポほど鋭敏な観察力はリョウにはきっと備わっていない。身ごなしも軽くない。まして、この重装備。隙を見つけて石を盗みだすことなんてできるだろうか? そもそもその「石」というのを見わけることができるだろうか――?
やがてリョウの番が来た。監督役らしき男の前に、リョウは、腕を差しだした。
ぴっ、と音がした。照射した側は、うなずくことすらしなかった。蚊でも追い払うように手を振って、なにしてる? 邪魔だ、とでも言いたげだった。
中身なんてきっと誰でもいいのだろう。どこかの誰かがちょっとリョウになったくらい、シッポが懸念しているほどの大問題にはならないかもしれない。
中に入ると、誰からともなく、整列がはじまった。その風潮にリョウもしたがった。
トラックはこちらにお尻を向けた格好で、整然と壁際にならんでいた。荷台には、土がこんもり。
――あの土、ただの土じゃない。
それに気づくのに、とくに観察力などは要らなかった。ほんのかすかにだけれど、青いつぶがまじっている。
あれが、マナのかけら……?
でもほんとうに、ごく小さなつぶにすぎない。砂金とか、砂鉄みたいなものなのだろうか?
あれでは、とても足りっこないだろう。そうすると、シッポのくすねたボタンの原石は、ほんとうに貴重なものだったのだ。いったいどんな人が、持ち歩いていたのだろう?
やがて、さっきの監督役が入って来た。そしてなんにも言わず、トラックを指さした。
みんな、うなずいて、さされたほうに走り寄った。
リョウも、それにならった。
シャッターの、開く音がした。
どうやら、道具庫らしい。スコップ、バケツ、ブラシ、荷車、などが見える。
みんなまた整列をして、ひとりずつスコップをもらっているようだ。
あの土を、どうやら、箱につめていくらしい。
その箱というのは、まさか銀とかではないだろうけれど、白く上品に輝いていて、それ自体値打ちものに見える。それがいくつでも積んである。ラベルに、数字とアルファベットがしるされている。
――そうか。きっと後で、青いつぶが混じっていたものだけを……。でも、花鏡院コーポレーション? が、どうして、「マナ」の存在を……?
ざっくざっくとスコップを動かしながら、リョウは好機をうかがいつづけた。まわりにはわんさと、同僚がいるし、この服にはポケットなんかついていない。
――まいった。どうやって、持ち帰ればいいんだろう……。
持ち帰ったところで、これしきの量ではきっとどうにもならないわけだけれど……。
リョウは、本人としてはそれとなく、あたりを探って、探って、探ってばかりいた。どう見たって不審者だけれど、誰も気にするものはない。
そのままのっぺりと、一時間でも二時間でも溶け去っていきそうだった。
けれども、転機は唐突に、おとずれたのだった。
シャッター――道具庫でなく、今度は入口の――がやけにもったいぶったように、大げさな音を立てながら開いていった。そこに、月あかりを背にうけた、三つの長い影がのびていた。
左っかわの影が、しゃべった。
「――申し訳ございません、このような時間に」
あれは、花鏡院醇麗。オカミの教育方針的に、その方面に疎くならざるをえないリョウでも、街頭テレビで見たことのある有名人だった。
あのころは「御曹司」という紹介のしかただったと思うけれど、今ではたしか、もう社長だ。ということは、じきじきのお出ましということになる。
――こんなところに、わざわざ……?
と、リョウも不思議に思ったけれど、そのことばかり気にかけていられなくなったのは、右はしの影がしゃべりだしたからだった。
「きっと気に入るぜ。オレ、本当にそう思うのさ。たった三日で、こんな施設が建っちまうんだから。そりゃもう、こんなチャンス、なかなかないって意味なのさ!」
なんと、ゴーダではないか。なぜ、こんなところに? ――と、それすらも、「最近気になっているニュース」の首位から陥落してしまったのは、まんなかの、いちばん小柄な影。
「あの、……お招きいただいて、本当に、ありがとうございます……」
さすがに、リョウは声を出しそうになった。
――エリカ!?




