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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第11四半期「解雇通告書」

「――え?」


 翌朝リョウが問いを向けたとき、はじめシッポはあからさまな警戒を示した。


「……それは……」


 警戒は、すぐ後ろめたさに変わった。スーツの件について、まだリョウに直接説明していなかったことに気がついたのだ。


 そこそこはぐくまれていたやけっぱちの楽天性が、また急に死んでいくのをシッポは感じた。


 ――リョウがたずねてくるまで、こんなふうに思っていた。


 このままもう、ドロボウ稼業で生きていこう。

 いいじゃないか、今が楽しければ。

 いや、ちっとも楽しくなくったって、夢を見て、夢だけ見て、夢に誤魔化され、夢のうちに、なあなあに生きのびて、そして――。


 ――やっぱりだめだった。


「――ごめんなさい!」

「宜しくお願い、致します!」

 ふたり、頭を下げたのが、同時だった。


「え?」

「……え?」


 顔を上げるのも、同時だった。おたがいに、目を見合わせて――。

 ひっさびさに、リョウはこんなに笑った。シッポは、笑っていいものかわからなくて、はにかむくらいになった。


 なんにせよ、気まずさはもう溶けてしまった。


「――そうだよ、ボタンだけは、まちがいなく、オイラが作った」


「この石は?」


「石?」

 シッポはちょっと不服そうだった。素材なんかより、デザインのくふうや加工技術のこだわりをもっともっと自慢したかったから。


 でもリョウの熱心さといったらすごかった。

「石だよ!」


「……だから、それも盗んだんだよ」


「どこで?」

 リョウはもう手段の違法性ついてはしのごの問わない方針だった。

「誰から?」


 ――シッポはしぶしぶ、白状した。







 いっぽう、ZAKURO社の資料室。

 どこにあるのか、誰も知らない。

 狙い通りたどり着けるとは、かぎらない。

 それはZAKURO社の、他のすべての部屋と同じことだが……。


 ――まさか、これほどかかるとは。


 サカミは苦笑した。リョウの話を聴いてすぐ探索を開始したはずが、気づけば二日もかかってしまった。


 一度退室してしまえば、次またいつここに来られるか、見当もつかない。

 だから所期の目的を達するまで、外に出るわけにはいかない。

 

 選考は、サユリに任せてある。


 ――若干、不安が残るが……。


 サユリが未熟だからではない。そうじゃなくて、……あの違和感はいったいなんだったのだろう。


 ――ふうむ……どうも、らしくないな。少し、考えすぎだ。


 考えすぎ。ほんとうに、そうであれば、いいのだが――。


 いずれにせよ、サカミにはサカミの仕事がある。さっそく、取りかからねばならないのだった。


 資料「室」といったって、他企業のそれとは規模がちがう。

 かつて会議で配られたちょっとしたレジュメのたぐいから、各社員の詳細なプロフィール、出版事業部の手がけたすべての書籍、さらには執筆者不明の、謎めいた言葉でつづられた、全数千巻の社史――続刊中――まで、収蔵数でいえば、一国の国立図書館レベルはあるだろう。


 ――いや……それ以上、かもな。


 かるくため息をついて、サカミは調査にとりかかった。


 マサシ、という男。

 リョウの父。

 リョウの話が真実なら、在籍記録はかならず、残っているはずだ。


 いくらキリサキ専務とはいえ、マサシに関する社内のデータ、すべてを抹消することは不可能だろう。ましてサカミの知るかぎり、キリサキは資料管理業務にたずさわったことは一度もない。

 どんな些細なものでもいい。情報がほしかった。


 ――それこそ、らしくないな。


 これほどの熱情を、仕事にそそぐだなんて。まして発端はリョウの打ちあけ話、ただそれだけ。

 エビデンスもなにも、あったものではない。


 にもかかわらず、サカミは夢中で探しつづけた。


 そして、どれくらい経ったころだろう。


 すくなくとも時間の感覚があいまいになるくらいには、長時間没頭していたようだが、とうとうある資料を見つけだしたとき、それを待っていたかのように、背後で、声がしたのだった。


「――ご苦労」


 キリサキ専務だった。


「……こんなところに、何の用だね」

 キリサキの態度は、一見友好的なものだった。

 しかし、長年人事をつかさどってきたサカミにはもう、よくも悪くも見たままを信じきれるほどの素朴さはなかった。


 ――誤魔化しは、通用しない。


 すでに、サカミは悟っていた。キリサキは、こちらの狙いを見透かして、ここに立っている。


 ――しかし、なぜ? さすがに、拙速だったか?


 事態究明にむけ気持ちが急くあまり、冷静な判断ができていなかった?


 いや――。


 ――採用活動期間中、人事部所属社員が、過去の就活資料参照のため、ここにやって来る。


 そのシナリオ自体に、べつにおかしな点はない。仮になにか疑いをもったとしても、わざわざ本人が出向くほどのことだろうか? いやそもそも、なぜ、一存でここにたどり着くことができる?


 探りをいれる必要が、あった。


「キリサキ専務こそ。わざわざ、こんなところまでお越しになるとは」


「私かね?」

 ゆがんだ笑みをうかべ、

「――こんなところに、用はない」


 その言いかたに、なぜかサカミは違和感があった。なぜ? どこに? あらためてそう問われると、説明するのは難しいのだが――。


「ただ、君に用があってね」


「ふうむ……」

 見つけた資料を、ポケットにしまう。

「僕に……ですか?」


 キリサキは黙って、書類を掲げた。


 ここからでは、読みとれない。しかし、もう文面を予期できてしまったサカミは、ひそかに、おののきにとらわれていた。


「これを、――渡しておこうと思ってね」


 丸まった書類が、投げつけられた。


 隙をつくらぬよう、――しかし隙をつくるまいとしていることは気どられないよう、サカミはかがんでそれをひろった。


 ――やはり。


 記載されているのはたった今、予感した通りの内容だった。


 ――「()()()()()」。


 そこだけ走り読みして、サカミは言った。

「ずいぶんと、手の込んだ忠告ですね。部下に対する愛情と、受け止めておきます」


「手の込んだ? ――君は、何か勘違いしているようだな」


「――あなたの所属は人事部ではない」


 このとき、サカミはキリサキの口もとにかすかな引きつりを見た。


「役員だからといって、あなたの独断で人事権を行使できるはずもない」


 するとキリサキは、勝ち誇ったような――と、サカミには見えた――笑みを浮かべ、

「しかしこれが……人事部の見解だとしたらどうだね?」


 ――まさか。


 もちろん、この男は切れものだ――この会社で、専務まで出世するくらいだ――なんの裏づけもなしにこのような、大胆な行動に出るはずがない。


 しかし、まさか、そんなことがあるだろうか?


 変わらずこちらを警戒しながら、署名欄に目をやって、そこに部下のサインをたしかに発見し、愕然としている――そんなサカミの様子を、キリサキの視界は、執拗にとらえつづけていた。


「これは――こんなことをして、許されるとお思いですか」


「……偽造だとでも?」


 そう言ったキリサキの口調も表情も、あきらかに、安易な賭けにでた人間のものではなかった。


 いや、そもそも「偽造」、そんなしわざ、不可能なのだ。この、ZAKURO社において。

 しかし、だとすると……?


「いずれにせよ、何か不自然な介入があったことは確かだ」


「弊社では……一度下された決断は、けっして取り消すことはできない」

 キリサキは、勝者の余裕、のようなものにサカミには見えた笑みをひそめ、どこか、おごそかに言った。


 ――何だ? この感じは……。

 なにか、つかめそうなのだが……。


「……君にも理解できるだろう? この意味は」


「理解はできても、納得は、いきませんね」


「君はもうここにいることはできないのだよ」


「……もし僕が、すべてを告発したら」

 サカミは軽微なむなしさも感じながら言った。この男が、そこに手を打っていないはずがない。

「どうなるでしょうね? あなたは――」


「よく、読んでみるがいい」


 サカミはまた一瞬、目を走らせた。

「……『懲戒解雇』……!」


 さすがに、予想外だった。


「そう。今の君はいわば、罪人……そんな男の言うことを、誰が信じるかね?」


「しかし……これは、あきらかな虚偽。罪を犯しているのは、あなたのほうだ」


「虚偽は、虚偽でなくなる」

 キリサキは、やけに声を低めて、こう言った。

「誰もが、信じたいものだけを信じる世界において……!」


 ――まただ。この感じ……。


「人間を……侮らないほうがいい」

 反論とか、むろん負け惜しみとかでなく、でてきたのはそんな言葉だった。


「議論をするつもりはない。――早く出て行ったほうが身のためだ。弊社で、解雇通告を受けた人間の身に、どのような事態が降りかかるか……君は、知らないのかね?」


 知らなかった。人事業務を担っているあいだ、サカミは解雇など一度も検討したことはなかった。

 検討したとして、認められるはずもない。この会社の意思決定プロセスは、人智を超えている。


 だからこそ、事態は、不審をきわめていた。

 このサユリの署名は、この懲戒解雇を、彼女がたしかな意思をもって、発議したことを絶対的に証しだてている――そしてそれを、このZAKURO社が、承認したことを。無限会社で、書類がつくられるとは、そういうことなのだ。


「どうした? ――早く、行くがいい」


 去り際に、サカミはキリサキの前に立ってこう言った。

「あなたはそうやって。――多くの人間を、陥れてきたのでしょうね」


 ――キリサキは、何も答えなかった。




 酷寒の砂漠のただなか、今日は(つるぎ)のように見えるビルを振り返ると、思わず、

「……無職、か……」

 というつぶやきがもれた。


 職を、うしなった。それはかまわない。生きていくすべならいくらでもある。ほんとうの仕事は、あそこでなくったってできる。こんな状況なのだからむしろ、好都合かもしれない。


 サカミはよくよく思案した。


 ――サユリ君に連絡を取るすべはない。仮に連絡可能だったところで、あちらの具体的状況が不透明な以上、それは危険……。


 今は、とにかく……。


 ――目指すか。


 ボッチ島。

 リョウが、あのカツバトを見つけたという地を。

 サカミは、港を目指し、歩きはじめた。



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