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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第7四半期「シズナの異変(前編)」

 統計学にくわしければ、どう解釈しただろう?


 観戦していたらしい就活生たちは、たとえば――。


 石を投げてきたのが三、四十人。指差して笑ってきたのが五、六十人。かと思えば、握手、サインを求めてきたのも、七、八十人。素通りしたものだって、もちろん百人単位でいたはずだ。


 いったいリョウは、どんな就活をしたことになっているのだろう? ――とにかく、こちらと人びととの認識が、どうしようもなく、食いちがっているのはたしかだった。


 それは、就活生同士の認識にだっていえるはずなのに、なぜか、当の本人たちは、そのことにまるで気がつかないらしい。


 ただ、ほとんどの就活生たちは、当初の予想通り、絶対内定者・朱雀が圧倒的勝利を収めたものと思い込んでいるようだった。


 つまり――シズナの、きっと緑色の本から得た知識にもとづいた説明によると――皆のなかの「常識」が、レジェンド・リクルートのつくった記憶の空白を、勝手に埋めてしまったのだ。


 ――わからない。


 リョウは歩きながら、だんだん自分が信じられなくなってきた。皆が見たものとオレが見たもの、いったいどちらが「ほんとう」なのだろう?


 レジェンド・リクルート、なんておかしなガイネンを持ちだして、世間一般から見れば、空想物語にとりつかれているのはあきらかに、オレのほうだ。


 どこか危なっかしい歩みで、前を行くシズナに、その疑問をぶつけてみることにした。


「エージェントさん」


 ところがシズナは、すぐには返事をしない。


 ……様子がおかしい。疲れている? 機嫌が悪い? それだけでは、なさそうだった。


 じつはさっきから、物が二重に見えていた。声も意味のない、ただの音に聞こえる。エージェントサン? ドウシタンデスカ? ダイジョウブデスカ?


「……大丈夫よ」

 その声にはいつもの、ぴしゃりとした勢いがなかった。

「他人の心配、してる場合?」


 どうも、抑制が、利いていないのだろうか。シズナは街路樹に手をついてからだを支えながら、つい、こんなつぶやきをもらしてしまった。


「……『エージェントさん』ね」


「え?」

 その自嘲の含みは、リョウには汲みとれなかった。ただ、このひとがちょっと、まずい状態にあることだけはわかった。そこで、一丁前にこんな提案をしてみた。

「大丈夫ですか? ゆがみの町まで、タクシーで――」


「そんなお金、持ってないでしょ」


「でも――」


 交通量の多い車道すれすれで、プップーと邪魔っけにあしらわれながら、リョウはまなざしをさまよわした。


 すると、――さいわいなことに、とその時は思えた、血相変えた女のひとが、駆け寄って来たのだ。

 傍目にも、あきらかに具合の悪そうなシズナを心配して、助けに来てくれたのだろう――そんなふうに、リョウは思った。


 ところが、女のひとはリョウの目の前で、見ていられないほどぶざまなお辞儀の格好をとると、


「お願い、致します!」

 人目も気にせず、絶叫したのだ。

「お願い致します、()()()()()()様!」


 リョウは、――とにかく、立ってはいた。


「わたくし、あなたの就活を拝見しておりました!」

 どうしよう、エージェントさん?  ――けれども、額に脂汗をうかべ、苦しそうに目をつむったシズナは、もうしゃがみこんでしまっている。

 

 そんな様子、目の前の女のひとの眼中には、少しもはいらないようだった。

 

「お願い致します! お願い致します!」

 そればっかり、何べんも何べんもくり返している。そしてとうとう、

「わたくし、拝見しました、あなたが――」


 決定的なひと言を口にした。


「あなたが、()()()()()()()()()()ところを!」


 アッ、とリョウは叫んだ。



 レジェンド・リクルート。


 レジェンド・リクルート。


 レジェンド・リクルート。



「どうかお願い致します!」

 女のひとは、とうとう泣きだしてしまった。

「どうか、わたくしの息子を……!」


 けれどもリョウは、もうなんにも聴きたくない。

「あの、オレ――」


「わたくしの息子を、返してください! 就活生で、……就活生だったんです、息子は。自慢の息子でした。それが、書き置きものこさず、突然いなくなって……それで、選考に行けば、息子が、いるのではないかと! 行った先で、あなたさまを拝見いたしました、わたくし……」


「やめてください!」

 もう必死だった。


「わたくし、運命ではないかと! 『奇蹟』ではないかと!」


「やめてください!!」

 とうとう、お腹の底から出たのは、怒鳴り声にちかかった。


 そのときリョウは、どんな顔をしていたのだろう? ――けっきょく、見て見ぬふりの人ごみの果てに、あわれな嗚咽が、遠ざかっていったのだった。


「……オレ……」

 リョウはつぶやいていた。

「オレ、こんなはずじゃ……!」


 レジェンド・リクルート。


 なんでもできる就活生、世界を変えるぞ他者実現、社会に、世界に、宇宙に貢献、過去や未来に飛び込み営業、光の速さで、イノベーション。

 若くて恥ずかしい物語のなかの、ごく私的な、つくりものの英雄。


 レジェンド・リクルート……。


「わたしのせいよ」

 どうにか立ち上がりながら、シズナは、つぶやいた。

「わたしのせいなの……」


 ぷすぷす、謎の音がした。街路樹を見た。シズナの手が当たっていたところから、青い煙が立ちのぼっている。焦げたようなにおいがする。シズナのからだが、淡く発光している。


 いったい、どういうことなのか――シズナにだけは、わかっていた。


 もう、マナがなかった。だから何でもに宿るごく微量のマナを、どんなやりかたでも、この身体がいま貪欲に、吸収しようとしているのだ。

 それは、つまり、悪あがきにちがいなかった。


 ――マナがなくなれば、どうなる?


 それは、シズナにも――ほんとうの意味では――わからなかった。


 いっぽう、リョウにわかるのは、とにかく――。


 ……リョウは、腰をかがめた。そして、シズナをおぶった。もう、あらがう気力もないシズナの身体は、ひどく軽かった。


「しっかりしてください、エージェントさん」


「どこに、行くつもり?」


 リョウは、やるせなく思いながら、ごく常識的なことを言った。

「病院に、引き返します」


「むだよ」


「……どうして?」


「病気じゃないの。……わたし……」


 かつてなく、心ぼそい。


「わたし、もう――」


「エージェントさん!」


 リョウは励ますとか、たしなめるとかでなく、熱くなり、こんなことを言ってしまった。


「カメのおじいさんのこと、思いだしてください……!」


 そのひと言は、シズナを、だまらせてしまった。


「――すみません」


 わたしのせい。


 少しして、背中から聞こえたのはそんなつぶやきだった。うわごとではないらしかった。


 わたしのせい……。


 リョウはだまって、歩きはじめた。


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