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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第4期「流れる魂」
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第3四半期「人事部長、サカミ(前編)」

 サカミは言った。

「……辛い時に、すまない」


 それは、今のリョウにはつめたい社交の言葉に聞こえた。しぜん、返事はそっけなくなった。

「……いえ」


「君自身が、いちばん混乱しているだろうね」


 リョウは、すなおにうなずいた。でも、目はとても合わせられなかった。

 いったいサカミは、レジェンド・リクルートを知っているのだろうか?


 ――いいや、知っているわけない。


 リョウはそう思った。

 知られてはいけない、とも。

 こんな時、シズナがいてくれれば、適切に取りなしてくれるのだろうけれど……。


「ああ、言っておくが、これはもちろん……面接・面談のたぐいじゃない」


 そう言ってサカミ自身ネクタイも、シャツの第一ボタンも外して見せた。


「リラックスして、答えられることにだけ答えてほしい。……といっても、今の状態ではなかなかそれも、難しいかもしれないが」


「今は――」

 リョウは、異国語を話すみたいに、言った。

「とても、辛いです」


「ああ」

 サカミは心から同情するように言った。

「……すまない。だがこちらも、仕事でね。事態は一刻を争う、かもしれないんだ」


 そこで初めて、リョウはサカミの目を見た。


「まあ、こう言っては心理的負担をかけてしまうだろうね。……それもまた、申し訳ないんだが」


「……いえ。がんばります」


「すまない」

 サカミは繰り返した。





 シズナは立ち止まった。

 立ち止まるつもりなんて、なかった。どこに行けばいいのか全然わからないけれど、どこかには行くつもりだったのだから。

 けれども、廊下で呼びとめられたのだ。


「……エージェントさん」

 遠慮がちな声。エリカだった。


 むろん、無視して通りすぎるつもりだった。こんな状況じゃなくったって、こんな女に話すことなんてひとつもない。話しかけられるいわれだって。――けれども、エリカは目の前に、立ちふさがったのだった。


「エージェントさん!」

 あらためて、懇願するみたくエリカはまっすぐに声をとばしてきた。


 シズナのなかで、とつぜん、攻撃的な気持ちが高まった。


「――うるさいわね!」

 そう言って、シズナはエリカを突き飛ばした。


 ――そんなことして、はじめて、そこが通路のど真ん中だということに気がついた。いま息づかい荒くエリカを睨み下ろしているシズナと、倒れたまま意志つよくシズナを見返しているエリカ、ふたりは人目を集めつつあった。


 シズナは初対面のときからいけ好かないその女の手を引っつかみ、乱暴に立ち上がらせた。そのまま苦しがるエリカは腕を引っぱられて階段を下り、人目のない隅にまで、連れていかれた。


 無人の一角に、怒鳴り声がひびいた。

「何よ! こんな時に!」


「こんな時だから、です!」

 負けじとエリカも声を張った。

「リョウを、どうするつもりなんですか?」


「また、その話?」

 しかし以前、似たような話をした時とは、わけがちがった。いまシズナのなかで、たぎっている怒りの深さはあの時とはくらべものにならないくらいだった。

 ――その怒りの矛先に立っているべきなのは、ほんとうは、誰なのか?


 自覚していたからこそ、語気はいっそう強まった。


「言ったわよね。あんたには関係ないって」


「こんなことになって、それで、関係ないって言えますか?」


「『こんなこと』って? あんた、何があったか正確に理解できてるの?」


 できるだけ嫌味ったらしくねちっこく、言おうとした言葉だった。でも、だめなのだ。どうしても、切実な怒りがこもってしまうのだった。


「リョウが、傷ついているでしょう?」


「無事だけど? 検査してみても、異常、なかったし」


 ――ちがう、そんなの反論になってない。


 われながら、薄っぺらな言いぶんだと、頭では完璧に理解できていた。――でも、というか、だからこそ、エリカに、


「――こころの話です!」


 などと指摘されたとき、シズナは、


「こころ?」


 もう、こんなことを言うほかなくなってしまったのだった。


「こころがどうして、あんたにわかるの?」


「……長い、付き合いだからです!」


「でも他人でしょ?」


 その言葉は、シズナの思いもよらなかった一撃をエリカにあたえた。

「他人でも……」

 他人、その言葉のつめたさをどうかのぞき去りたい、もうそれだけになってエリカは言った。

「……他人だって、わかるでしょ?」


「何、それ? 他人のことがどうしてわかるの? 気色悪い思い上がり」


「わかるっていうか……。でも思いやりを持つことはできるでしょう?」

 訴えかけるように、エリカは言った。

「想像することはできるでしょう?」


 なにを、あんたごときが――?

 絶対にゆるせなくって、シズナは、とうとう叫んだ。

「――むかつくのよ、あんた!」


「わたしのことはどう思ってもいいから! これ以上、リョウを危ない目にあわせないで! リョウを――」


「うるさい!」


「苦しませないで! あんなに――」


「うるさいって!」


「お願い!」


「消えて!」

 その声の反響は、上階の何人もの看護師らを立ちどまらせた。

「邪魔なの! 目障りなの! うるさいの!」


 そのとき、ふいにエリカの瞳が燃え、シズナの口をぞっとつぐませた。


「宜しくお願い――」

 エリカは、身体をおりまげて、

「――致します!」


 まさか、勝算なんてぜったいなかった。まともな判断じゃなかった。

 就活。お辞儀。エリカに、つとまるわけがなかった。ひどくせきこんだかと思うと、そのまま、エリカは昏倒してしまった。

 過呼吸に陥りながら、血でも吐きそうないきおいの、空咳がもれつづけていた。


 そのすがたを、しばらくのあいだシズナは恐ろしそうに、黙って見下していた。けれども、ふいに背を向けると、あとはなんの言葉もなく、さっさと立ち去ってしまった。




 目の前が、真っ暗になりつつあった。

「――おい、あんた」

 声がした。赤ん坊をおぶった白衣の男が、カプセルに景品を詰める内職をこなしながら、駆け寄って来た。

「おい、しっかりしろ! おい! ――おい!」

 背中に、ぬくもりを感じた。赤ちゃんの、泣き声がした。そのまま、エリカの意識はうしなわれていったのだった。



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