第9四半期「伝説の再演」
「――まず、ビリーさん。ビリーさんは……砂漠の内定稼ぎだ」
リョウが言いました。
ビリーはまったくわけがわかりません。
「『砂漠の内定稼ぎ』……毎日過酷な環境で、厳しい戦いを生きぬいている」
――こいつ、いきなり、何を言いだしたんだ?
鼻で笑ったアオヒゲは同調をもとめるように、ビリーに目配せをしました。が、ビリーは意外にもリョウの言葉に興味をひかれた様子。
「――だから、今回のテーマみたいな問題について考える余裕は、きっと、なかったんだと思う」
客席がざわつきはじめました。
「あいつ、なに言ってるんだ?」
「どういうつもりだ?」
シッポも不思議に思って、エリカの反応をうかがいました。
エリカは変わらず、じっとリョウを見つめています。
そこにいるのは、リョウでした。いつもの、見馴れた、熱心に、物語づくりに興じるリョウでした。
エリカに物語を聴かせてくれるときの、あの澄んだ瞳の、あの熱っぽく染まったほっぺの、あのイタズラ笑いを隠しきれない口もとの――。
「でもある日、――そう、全然ちがう生きかたをしてきた海の男、アオヒゲさんに出会ったんだ」
いきなり名前を呼ばれたアオヒゲは、一瞬腰を浮かせました。ビリーはそちらを見ました。たがいに、悪さを見とがめられた子供みたいな、ばつ悪げな表情でした。
「アオヒゲさんみたいな海賊が、どうして、砂漠にいたのか? それは――」
リョウはそこで言葉を切り、長考をはじめてしまいました。
ビリーもアオヒゲも、気まずげに、
――お前、何か言えよ。
――お前が何か言えよ。
と、唇の動きだけで促し合うばかり。そして物語が再開されると、
「それは――海が怖くなったからなんだ」
「なに?」
そんなことを言われては、もうアオヒゲは、冷静でいられません。
「このオレが……? アオヒゲたるものが?」
物語のつづきが、気にかかりはじめてしまっているのでした。
「うん。……きっと何か、きっかけがあったんだ。いや、怖くなったんじゃなくて――飽きちゃったのかもしれない。海に」
「それで、砂漠に来たってわけか」
ビリーが、ひやかすように言いました。彼もまた、しだいにリョウの物語世界に入りこみはじめているのでした。
「うん。……海からいちばん遠いところに、行ってみたくなった。それで……ビリーさんはビリーさんで、砂漠に飽きちゃったんだ」
「オレが?」
ビリーの上げた声もさっきのアオヒゲみたいに、素っ頓狂なものでした。
「坊や。砂漠ってのは深いんだぜ。何にもねえかわりに、何もかもがある。何にもねえってことがそこにはあるのさ。砂漠に飽きちまうようなら、世界中どこに行ったって飽きちまうよ」
「海が見てみたくなったんだ、きっと」
「どうして。――なぜオレが、そんなことを?」
「海の話をしてくれるひとがいたんだ」
「誰がそんな話を?」
ビリーはむきになって言いました。
「ガンマンは孤独だぜ」
「それは……」
リョウは今朝の移動時間を思い出して言いました。
「ラクダだよ」
「ラクダ? ――ラクダがなぜしゃべる?」
「うん、それはね……」
……さあ、こうなるともう大変。二名はいよいよ目くるめく物語世界にのめり込んでいかずにいられないのでした。
会場の就活生たちも――はじめ手厳しいご指摘の声を飛ばしていたものたちも、ひとり、またひとりと、御静聴の態勢にはいっていきます。
――なんなの、これ?
シズナはほとんど恐怖の表情で、その様子を見わたしていました。
――なんだっていうの?
ほんとうに、どういうことなのでしょう。ものの数十分後には、ビリーもアオヒゲも、物語をつくる側にまわっている始末でした。これまでに感じたことのない、ちょっと怖いくらいの、新鮮なよろこびを感じながら。
「オレはクジラを殺さねえ。クジラは海の神だ。オレはクジラをリスペクトしている」
そうアオヒゲが主張したかと思うと、
「オレだって、大蛇が通る時は道をあけてやるくらいさ。ヘビはオレたちの守り神だ。そこは理解してほしい」
ビリーはこう受け止めます。
「――砂漠も雨が降りつづきゃあ……そりゃあな。船が必要な可能性も、ゼロとは言えねえかもしれねえな」
ビリーがこう歩み寄ったかと思うと、
「――海だって、ちょいと干上がれば立派な砂州のできあがりさ」
こんなふうに、アオヒゲは手を差し伸べます。
七つのブルーオーシャンを股にかける海賊就活生・アオヒゲ。
砂漠の内定稼ぎ就活生・ビリー。
そんな人物、もちろん、実在するはずもないのです。
それは、カツバトがほんのいっとき――長い人生から見て、ほんのつかの間の、こんな選考のあいだだけ、あざやかに見せてくれる空想現実の産物にすぎません。
けれども、ひとと深くまで、ほんとうに深いところまで、分かち合うことのできた空想は――。
――ふたりは理想のアオヒゲを、理想のビリーを、たがいに認め合いながら、思う存分、活躍させていきました。
大冒険の、大活劇。
大笑いの、大はしゃぎでした。
……ところが、そんな愉しい愉しい物語の終わりは、とつぜん訪れたのです。
すっかり気分の高揚した、酔っぱらいみたいな赤ら顔のアオヒゲが、朱雀を指さして、こんなことを言いだしました。
「ところで、――コイツは? コイツはどうする?」
ぶしつけに指をさされても、無視を決め込んでいる朱雀への、恐れとも畏れともつかない気持ちは、もう、跡形もなく消えうせていました。
アオヒゲは、遠慮なく必殺技を発動し、朱雀の脳内に潜り込むと、意識のいちばん深いところから、お宝みたいな秘密のサルベージに成功。
夢中で物語を書きつけていたリョウの手も、思わず止まるほど意地悪く、にたあっと笑いながら、こう言いました。
「よし、じゃあ、こういう設定にしよう。――スラム育ちの、ならず者就活生」
この言葉が、決定的に朱雀の態度を変えました。
何人もの採用担当者を石像同様に硬直させてきた圧倒的な眼力でアオヒゲをそこに釘づけにしたかと思うと、長卓を即座に飛び越え、そして――。
――アオヒゲの、クビが飛んだのです。
「絶対者」――。議論の進行だけでなく、参加者の運命さえも支配する者。
ビリーはこの時、銃を抜く暇もありませんでした。
毎夜の縁日で、金魚すくいを経ていたリョウだけが、朱雀の感情のながれに気がつき、次の行動へのながれを見抜くことができました。
とっさにかばいに入ったリョウは、しかし、無残にくずれ落ちるアオヒゲのからだの前で、びちゃっと生あたたかいものにスーツを汚されただけでした。
そして、立ちはだかる絶対者の次なる審判は、まさにそのリョウに下されようとしていました。
シズナは、我を忘れて立ち上がりました。そしてなぜか、前列に向けて駆けだしていました。
あまりの展開に、会場の就活生たちは、
「ちょっと……リアルすぎない?」
「カツバト、外そうかな……」
――けれども、現実世界でも同じものが見えていることは、カツバトを切った彼らの絶叫が聞こえてくるまでもなく、すでにエリカにも、シッポにもあきらかでした。
ふたりはかえって、叫び声を上げることすらも、できませんでした。こめかみのあたりがすうっと冷たくなり、目の前がぱちぱち、花火のように弾けています。
サカミは席を立ち、しごく平然と席についたままのキリサキ専務に背を向けて、採用担当者席に急行しました。――けれども、その時サユリの瞳は暗くよどんでいました。
ひとり、またひとりと観衆が退席しはじめ、――ぽつり、ぽつり降りだした雨がやがて豪雨に変わっていくように、狂乱の群衆が四方の出口に殺到しはじめました。
「――リョウ!」
急に、もどってきた現実感に押しながされそうになりながら、エリカが全力で叫びました。けれども、あたりの大混乱にその声はさらわれて、とてもリョウまではとどきません。
また、とどいたところでどうしようもありません。朱雀は今やリョウの正面、みずからと同じあかがね色の本を持つ、宿命の青年の前に立ち、ボッチ島での借りを返そうと、
「――宜しくお願い」
お辞儀、しようとしていました。しかし、リョウは――。
――やるしかない。
でも、なにを? などともう自問する間もなく、アリーナ間際の柵にしがみついたシズナは、全身全霊のマナを身体中から引きだしていました。
そして、全ての青い光を、一箇所に集中。
――やるしかないわ。
本はありません。パスワードもありません。
けれども、シズナはもう、手のひらをリョウに向け、――胸元のカツバト・プロトタイプ目がけ、青い光を発射。
そのとき、リョウは何か声を聞いたような気がしました。
そしてすべては、伝説の物語のように、「まばゆい光に包まれて」いったのでした。
「いつわりの英雄の物語」。
あわれなレジェンド・リクルート
ゆりかご時代はもう終わり
光の砂漠で五億年
星の河原で一兆年
果てない業務の真っ最中
存在さえも忘れられ
忘却さえも忘れられ
(一部抜粋、緑色の本より)
以上、第3期「一次選考!初陣のグループディスカッション」となります。
第4期も、明日より更新して参りますので、
引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。




