第6四半期「ZAKURO社へ――思惑と陰謀」
そして、時は選考当日、ZAKURO社への道のりにて――。
窓、というか幌にあいたただの穴からまことにうららかな、選考日和の朝日が差し込んでいます。シズナは怪訝そうに目を細め、リョウのスーツのボタンをじっと見つめていましたが、まなざしに気がついたリョウが見返してくると、あわてて目を逸らしました。
そして言いました。
「――まぶしい」
向かいのリョウが覆い――というか、ただの布きれを下すと、今度はたちまち、薄暗くなります。
それは、ため息だって、でてきます。
シズナたちが乗っているのは、馬車。なぜ、よりにもよって馬車なのでしょう。
ZAKURO社は、最寄の駅から砂漠ひとつぶん離れています。最終選考に残るようなエリートならまだしも、一次選考、せいぜい二次選考くらいまで、就活生たちはおのおの自前の交通手段を確保しなければなりません。
セスナ、ヘリコプター、ジープ、トラック、戦車なんてのも見かけました。
それが、よりにもよって、馬車。残っていたのはもうこれだけだったのです。
もっとも、手配をすませていなかったのは、「エージェント」であるシズナの過失ですから、あまり不平を言うこともできないわけですが……。
「馬じゃなくて」
と、リョウは馭者台に目をやって、エントリー号で出会ったタナカに聴いた砂漠の話を――いえ、砂漠の話を聴かせてくれたタナカをなつかしく思い返しながら、緊張しているのか、浮かれているのか、それともたんに悪路で身体が揺れているせいなのか、よくわからない震え声で言いました。
「ラクダです」
「どっちでもいいわよ。――あーあ、移動時間って手持無沙汰よね。こんな時、あの本さえあればね。あんたも、退屈しなくて済んだのにね」
シズナは、さも当てつけがましく言いました。
なぜそんな、残酷なことを言うのだろう。いっぽうではずうんと悲しくなりながら、それでも、リョウの頭にはもう一人のシズナの笑い声も、同時に響くのでした。コンサルタートルの、シズナです。
ニセモノと言ってしまえばそれまでですが、それでもリョウは湖畔を歩いたあの夜から、シズナがたんにつめたいだけの人ではないということ、このつめたさにはなにかわけがあるにちがいないということを、思いあわせるようになったのでした。
馬車――ラクダ車――は、蜃気楼のように揺れるZAKURO社・本社ビル、毎日かたちが変わるのですが、今日は燃えあがる焔のような外観の社屋に向かって、てんてんと足跡を残しながら、ひとすじに走っていきました。
「なにをご覧になっていらっしゃいますの」
振り返るまでもなく、そこにいるのはシルヴィアでした。キリサキは今日も同じ道筋で辿り着いた、高層階の執務室の、壁いちめんの窓からかなたを望んでいるようでした。
黙ったままのキリサキに、シルヴィアは、ふたたび言葉を向けました。
「……今年もはじまりますのね。就活が」
「今年こそ、はじまるのさ」
キリサキは、言いました。
「就活が」
「……レジェンド・リクルート」
シルヴィアは妖しく笑ったまま言いました。
「キリサキ専務の、偉大なる構想を実現させる存在。現れますでしょうか?」
「――現れないはずがない」
「その、あかつきには――?」
そっと、キリサキの背に寄り添いながら問うシルヴィアに、キリサキは、
「いずれ、わかるさ」
おなじ問いを向けられるたび、キリサキはただそう繰り返すばかりでした。
「いずれ……」
「ですが、キリサキ専務。――ひとつ、疑問がございますの」
キリサキは、言葉を促そうとはしませんでした。
「レジェンド・リクルート。御計画にとって、その就活生がほんとうに重要な存在なのでしたら――人事部の目にとまる前に、わたくしたちのほうで、確保したほうがよろしくはございません?」
「レジェンド・リクルート」
キリサキはつぶやきました。
「その力は、就活の中で、ブラッシュ・アップされていく。そうして、やがて真価を発揮するようになるのだよ」
「ブラッシュ・アップ――?」
「……そのために、可能な限り就活を継続させることだ」
「しかし、もしその就活生が、人事部の判断で就活を降りることにでもなりましたら――」
「――何が、言いたいのかね」
「わたくしが」
シルヴィアは、このうえなく魅惑的な声でささやきかけました。
「お役に立てるのではないかと」
その瞬間、身体から立ちのぼったのは、青い光でした。
「シャトルバス、全便満員!」
サユリは舞台裏で端末を確認しながら、かたわらのサカミに報告するためでもなく、ただただ驚きの声を上げました。
「最終便も、もうすぐ着くみたいですけど……大丈夫ですか? キャパ、足ります?」
会場の様子はわかりません。が、観戦に訪れている就活生たち、就活ファンたちの挨拶、世間話、情報交換、ディスカッション、などは高まっていくいっぽうです。
「まあ、それは心配ないが」
と、顎に手をやりながら、サカミ。また何か、深く考えている証拠です。
「じゃあ、なにが心配なんです?」
認識の共有ということに関して、相変わらずちっとも前向きじゃないサカミを恨めしく思いながら、サユリはとんがった声で尋ねました。
「ああ。なんだか胸騒ぎがしてね」
「そりゃ、しますよ!」
サユリはひとりで何度もうなずいて、
「あたしだって、なんだか鼓動が高鳴ってきちゃいましたもん! この、緊張感っていうか、高揚感っていうか――思いだしますよね、現役のころを」
しかしサカミは釈然としない様子。
「ふうむ……」
「……そういうことじゃないって話ですか?」
サユリはふたたび不満顔にもどって、
「わかってますよ、仕事は仕事。でも、一次選考のことは、あたしに任せてくれるんですよね?」
「……ふうむ……」
あきらかに、生変事。
サユリは念押しするように、
「あたしの独断と偏見で選んでいいんですよね? 合格者」
「ふうむ……」
やっぱり、生返事。
「もう、サカミさん!」
「ああ……悪いね。いろいろと――」
「――考えてるのはもちろんわかってますけど、ツッコんでくださいよ! いや、『偏見』はダメだろ! とか」
「まあ、君に任せるよ」
「……なんだかなあ」
そんな言いかたじゃ、任されている、という感じがちっともしないのでした。
「まあ、いいですけど。……でも大丈夫ですよ、サカミさん。だって、グループ・ディスカッションって言ったって、カツバトですもん。判断の基準っていうのは、すごくわかりやすいわけですから」
「まあ……そうだね」
サカミは慎重にうなずきました。
そして、
「すまない。少し……行ってくる」
「え?」
サユリはびっくりして、
「どこにですか? トイレ? もうちょっとではじまりますよ!」
「ああ、――わかってる」
はじまるからこそ、行かなければならないのでした。
キリサキ専務のもとに。
変幻自在の廊下をたどり、執務室まで行くことは、おそらく不可能でしょうが、大ホールの三階部分に、専用席が用意されています。キリサキ専務は、おそらくそこで観戦するはずでした。
――何か妙な動きがないか、それとなく見張っておく必要があるだろう。
このごろのキリサキ専務の、就活へのこだわりには、やはりちょっと、尋常ではないものを感じる……。サカミは自分の直観を信じて、行動することに決めたのでした。
「任せた」
「ちょっと、――サカミさん!?」
サユリは止めようとしました。
が、いまのサカミの言葉、「任せた」には、おざなりでない、なにか強固な意思がこもっているように感じられました。
わかりません、サユリの勘違いかもしれません。
敬意とか信頼とか、そういうものともまたすこしちがっているかもしれません。けれども、サユリはひとり、奮い立ちました。
……そして十分後、最終便で到着した観戦者たちがつぎつぎと会場に入ってきて、さらにも熱気が高まりつつあったころのことでした。
背後に、気配を感じてサユリは振り返りました。
「サカミさん、大丈夫ですよ。あたし――」
などと、言いながら。
しかしそこにいたのは、サカミではありませんでした。
――シルヴィアの笑みが、青く、浮かびあがりました。




