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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第3期「一次選考!絶望のグループディスカッション」
38/251

第1四半期「つかの間の休息(前編)」


 さて、話はふたたび主題にもどります。


 リョウはシズナとの簡潔な問答の後、とぼとぼと階段をくだっていきました。


 体調管理と言われたって、どうしていいかわかりません。

 下までおりたとき、ちょうど、工房のあるビルに入っていこうとするエリカの姿が目にはいりました。そして、向こうでも、リョウに気がついた様子でした。


 どちらからともなく、ふたりは歩み寄りました。


 おたがい、最初のひと言を探っていました。

 気がかりでした。

 リョウはエリカの胸に輝いていた宝石がもう、ないことが。

 エリカはリョウの片手に、あのあかがね色の本がもう、ないことが。


 昨日の出来事は夢ではなかったのだと、あらためて気がついた思いでした。


「えっと」

 少し、もじもじした後、ようやく言えたのはこんな言葉でした。

「ちょっとでも、眠れた?」


「うん」と、リョウは変な間の後に答えました。「エリカは?」


「大丈夫。……わたしは」

 エリカは微笑んでみせました。


 リョウは、

「それならよかった」

 と言って、軽くうなずきました。


 ふたりの間で、こんな生ぬるいやさしさが錯綜したことは、これまでありませんでした。


 おたがい黙って、立ち去るわけでもなく、午後の光に身をさらしていると、


「あ」

 と、リョウが声をもらしました。首を傾げるエリカに、リョウは上方の窓を指さしました。


 なにか、聞こえてきます。


 ――トン、カン、トン、カン。


「この音――」エリカにも合点がいきました。「シッポ……?」


「がんばってるんだ」リョウが言いました。「本当に、なにかつくりはじめたんだ」


「あ、そっか。リョウ、知らないんだっけ」


「ん?」


「シッポがつくってるの、リョウのスーツなのよ」


「え?」リョウは目を丸くしました。「そうなの? じゃあ――」


「ほら、リョウ、前に言ってたでしょ? シッポのスーツが着たいって」


「うん。……じゃあ、本当に? ――あ、でもオレ、サイズとか、何にも計ってないけど……」

 エリカはリョウに説明しました。ひと目見ただけで物差しを当てたのとおなじくらい、対象の身長・体重・もろもろについて精密な把握ができるのらしい、シッポの特異な能力について……。


 リョウの目はますます大きくなりました。

「すごい。それって――」


「才能よね」

 エリカは肉親を誇るように言いました。


「すごいや。どんなスーツができるんだろう」


 ――トン、カン、トン、カン。音は一定の勢いのまま、頼もしく響いてきます。


 ふたりは思わず微笑みを交わしました。


「わたしも、まだ見せてもらってないんだけど……」

 ふとそこで、リョウのカツバトに目をやって、

「でも、もうすぐよね、選考」


「うん、……あと、一週間。……いや、一週間、切ったかな」


「そうよね」

 そう言ってエリカが一瞬、目を伏せたようにリョウには見えました。


「今日もこれから、エージェントさんと……?」


「あ、いや」リョウはちょっとエリカの顔色をうかがいましたが、「今日は、休み」


「お休み? ――そっか。そうよね。あんなことがあって、すぐには気持ちが――」


 リョウは頭を振りました。


「え?」


「今日だけじゃないんだ。これから、選考まで――前の日まで、なにも」

 リョウは、どこかしずんだ声で言いました。


「なにも……?」

 それが、エージェントさんの育成方針なのだろうか? それとも、昨日あったことはエージェントさんの心身にも大きな影響を及ぼしているのだろうか? 頬から、血をながしていたけれど……。


「エリカは、大学?」


「わたし? ……あ、うん……」あきらかに困って、「行って来たところ」


「そうなんだ」

 リョウは深く追及するまいとして、そっけなく反応しましたがそれはすこしつめたく見えたかもしれませんでした。

 かといって、かけるべき言葉がとっさにでてくるわけでもなく……。すると、その間同じく思案に暮れているようだったエリカが急に顔を上げたかと思うと、


「ねえ、リョウ」

 と、何か思い切ったように、こんなことを言いだしたのです。

「これから、出かけない?」


「え?」リョウは、エリカの大真面目な瞳を注意深く見返して、尋ねました。「どこに?」


 するとエリカは、


「それは……」

 もちろん、勢い任せの提案ですから、

「わからないけど」

 と、目を逸らし、はにかんで、

「でも、……ほら、こっち来てから、まだ、あんまり見てまわってないでしょ?」


「うん……。たしかに」

 リョウはうなずきました。エリカは気晴らしがしたいのかもしれない、と思いました。気分転換をしたいのはリョウだっておんなじでした。片腕が妙に軽く感じました。


 リョウはいちおう、こんなひと言を添えました。

「就活の、参考にもなるかもしれないし」


 鋭くひやりと、何かがエリカの胸を駆けぬけました。

「もう」

 と、エリカは、せいいっぱい、冗談めかすように言いました。

「今日はお休み。就活のことは忘れるの」


 たしかに、そのほうがいいかもしれない、と真剣にリョウは思いました。





 街なかを歩きながら、エリカはあちこちにまなざしを走らせていました。

 まず、食事。飲食店ならいくらでも軒をつらねています。


 ランチタイムはもう過ぎています。


 が、ガラス越しにのぞいてみると、どのお店にもスーツの人々。――今の時期、どの飲食店にも就活生の姿はつきものです。時事問題について意見交換をしたり、異業種交流をしたり、OB面談をしたりしなければなりませんから。


 リョウはといえば、店に目星をつけるゆとりもなく、人混みのなかを、歩くのがせいいっぱい。

 前からやって来るスーツの若者に肩をぶつけそうになって、ちいさく、スミマセン、などとつぶやいている有様なのでした。


 ――相変わらずのそんな姿を見て、エリカがなんだかほっとしたのもつかの間、リョウはあっとちいさな声を漏らして立ち止まりました。


 まなざしの先には一軒のホビーショップがありました。


 軒先に、人だかりができています。みなスーツ姿です。


 人だかりのまんなかで何かがおこなわれているらしく、観衆は皆、くちぐちに叱咤したり、激励したり。

 なにがおこなわれているかなど、明白でした。近づいてみるまでもありません。が、リョウの歩みはしぜんそちらに寄っていくのでした。


「ちょっと、リョウ」

 エリカは小声で、しかし鋭く注意しました。しかし返ってくるのは、

「うん」

 と、生返事。


 いくつも並んだ頭の間から、見ようと思うまでもなく見えてしまうのは不思議な光景でした。

 スーツをまとったふたりが一定の間隔をあけて、ダンスでもするみたいにぶつかり合ったり、とたんに離れたりを繰り返しています。


 くるくると回ったり、あたまを下げたり、のけ反ったり、なにも持たずに、大きく振りかぶるようなしぐさを見せたり、受け身の練習でもするみたいに、うめき声をあげながら、ひとりでにふっとんだり、空中で、きりもみ回転したり……。


 その度に、血の気の多いどよめきがたつのです。まったく理解不能で、異様というより、珍妙というより、恐怖、それがうけとった印象でした。


 ――が、エリカにはわかっていました。隣に立っている、リョウの口からも小さな感嘆の声がしきりと漏れていました。カツバトのないエリカには、なんにも見えない空想現実上の就活バトルが、きっとそこでは繰りひろげられているのでした。


「見えるの?」

 エリカはできるだけなにげないふうに尋ねました。


 けれども、カツバト――どこでどうやって手に入れたのか、けっきょく聴けていないけれど――をつけているはずのリョウの返事は、予想外のものでした。


「ううん。見えない」


「え? でも――」


 カツバトがあれば、つけている人同士、空想現実を共有できるんじゃないの?

 その練習を、今までずっと、やせこけるくらい、エージェントさんとこなしてきたんじゃないの? 

 エリカのなかに、ますます、エージェントさんへの不信感がつのっていきました。


「就活って、カツバトだけじゃないみたいなんだ」


 と、言ってからリョウは気がついて、


「ごめん、――就活のことは、なしにしようって言ってたのに」


「あ、ううん、いいの、――だいじょうぶ」

 そうか、とエリカは思いました。この時期に、街中に出てきておいて、就活から遠ざかろうという提案にそもそも無理があるのでした。

「どうしようかな」


 あらためて、昼食の心配に移ると浮かんだ案は公園くらいでした。

 もちろん公園だって、就活生はたくさんいるのですが犬を放し飼いにしたり、ボール遊びをしたり、楽器を奏でたりしてはいけないように、特定の区域に行けばそこではもう「カツバト」は禁止されています。


 それに、売っているものは日によって異なるのですが、駐車場のあたりに、いい匂いのキッチンカーがいつも停まっているのです。


「あ!」


 その日はホットドッグでした。リョウは、あっという間に駆け寄って行きました。

 が、メニューの前に立って、トッピングを考えはじめた段階でようやく思い出したのは、すこしもお金を持っていないということでした。

 分かりやすくうなだれるリョウに、微苦笑のエリカが追いついてきました。


「――今日は、わたしのおごり」


「え? でも――」


「どれにする?」


「エリカも、ビンボウなんじゃ?」


「そんな言いかた、ないでしょ」

 エリカはまた苦笑。

「わたし、アルバイトしてるし」


「でも、アルバイトっていっても――」


「いいの、いいの。どれにする?」


「……ありがとう。じゃあ――」

 こんな時、よく就活生たちが口にする言葉が――島暮らしのなかで、いつの間にか染みついていたのでしょう――ほとんど反射的に、リョウの口をついて出ました。


「出世払いで」


 エリカはハッとしましたが、もう、リョウのまなざしはメニューにくぎ付けでした。

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