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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第2期「カツモンたちの夜」
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第19四半期「夜明け」

 ゆっくり、ゆっくり慎重に、ドアは開きました。


 部屋はまっ暗。


 ドアの隙間から漏れいった月あかりはもう朝日に変わる間際で、しらじらとしたまぶしさでした。

はらり。――おなじく隙間からわずかに舞いこんだ風に白い布が光りながらはためきました。


 やけにふくらんだドレスの裾が、かすかな衣擦れの音を立てながら、それでもできるかぎりしずしずと、薄っぺらい蒲団に近づいていきます。


「このぶんなら」


 と、シズナの声が言いました。


「出て来てもだいじょうぶ、かもしれないコン!」


 すると――。


 いっそう、むくむくとふくれあがった釣り鐘がたのスカートが、真下からはげしい風でも受けたみたいに一気に捲れあがり、いくつものちいさな影がさっと四方に飛び散って、深く、ととのった寝息を立てているリョウを取り囲みました。まっさきに兄蜂が、


 ――鼻ちょうちんだけは割るなよ!


 と、警告します。いっぽうキツネクタイは、いちおうひそめた声で、


「ちょっと! 飛びだしかたってものがあるでしょ、コン!」


 それは無視して、オソレイリマウスが、言いました。


 ――寝てますな。


 ウケタマワリマウスはうなずいて、


 ――ええ、寝てますわね。


 ――あんなことがあった後で、眠れるものですかな。


 ――あんなことがあった後だからさ。


 すぐれた夜目で、リョウの寝顔の穏やかさをよくよく確かめながらソリューニャンが言います。


 ――無理もないよ。お嬢様を連れて、走って、キョウカ様から……。それに、大事な本だって。こころも身体も、疲れちゃったのさ。


 ――わからないな。


 めきめきと枝をのばしながら、ロジックツリーが言います。あんなに狭いスカートのなかに身を隠すため、苗木のように身を縮こめねばならなかったものですから、樹液が、あちこちで滞ってしまっているのです。


 ――リョウ君はどうして、あの本を? だって、本当に大切なものだったんだよね? 


 ――それは、だって、状況が!


 なぜそんなことを言うのかわからない、という素朴なおどろきの声でリスクヘッジホッグが異議を唱えました。


 ――危機管理って、ああいう行動のことだよ! ああでもしないと、キョウカ様が……。


 ロジックツリーはなおも怪訝そうに、


 ――でも、ロジカルにアプローチすると……キョウカ様はマナをつかえないだろう? たいして、お嬢様はマナを取りもどしていた。僕たち、むやみやたらに恐がっていたけれどさ。キョウカ様は脅威なんかじゃないよ。冷静に考えてみると……。


 と、ここまで話を展開したところでロジックツリーはふいに、大きな不在に思い当たりました。そうして、枝先の葉っぱが、闇のなかでひそかに、さむざむとした悲しみの色に染まっていくのを感じました。


 たぶんみんながおなじ名前に思い当たっていました。



 コンサルタートル。



 ――ごめん。


 と、めずらしくロジックツリーは、すなおに謝ったのでした。


 ――僕の認識が甘かった。


 これまでは、ホロウワーク家に背いた場合に待ちうけている恐ろしさを、おのおのがおのおのなりに勝手に解釈して考えていました。――懲らしめられる。漠然と、そう思っていました。


 が、それこそ、認識の改めどきでした。


 カツモンにも、死は訪れる。それは()()()()()()()()()を除いて、生きている限りかならず年を取り、かならず死に向かう人間の「死」とは、いくぶん定義はちがうかもしれないけれど……。


 深いしずけさが部屋に訪れました。


 外で鳥の鳴きはじめたころ、オソレイリマウスが沈黙を破りました。


 ――……もうしわけないことをしてしまった。


 ――え?


 ソリューニャンが真横を見ると、オソレイリマウスは胸に手をあて、目をギュッとつむって、俯いているのでした。


 ――ご老人に。


 ――別に、君はなにも……意見の対立があっただけじゃない?


 ――作戦から、彼を締めだすようつよく言ったのはわたしです。


 ――それでいうと、僕だっておんなじさ。


「それなら……オイラだって」


 と、キツネクタイが本来の口調で、意気消沈といった声でつぶやきました。


「あの時、お爺さんの考えを見ぬくことができたら……と思うと、コン」


 すると、口を開いたのは見通しカツモン・時事ジラフ。


 ――うーん……そうね。


 と、長い首を低い天井すれすれにのばして、みんなの顔つきを一望し、


 ――みんなそれぞれに、思うところは、あるかもしれないわね。とにかくわたしたち、どう悲しんでいいか、わからないんじゃない?


 ――たしかに。


 黙ったままのみんなを代表して、ソリューニャンが、かすかにうなずきました。


 ――それはお嬢様も、かもね。


 ――まあ、爺さんとは「昵懇の仲」ってやつだったからな。様子、見に行ってみるか?


 提案したのは弟蜂。時事ジラフはすかさず頭を振って、


 ――いまじゃないほうがいいわ。


 ――なんでだよ? 今すぐにだって遅すぎるくらいさ。斥候は、夜闇に紛れるのが鉄則と相場が……。


 ――それなら、次の夜まで待ったほうがいいわ。悲しいときって、ひとりきりになりたいものでしょ?


 ――難しい問題を考える場合もね。


 ロジックツリーが言いました。するとソリューニャンが、つとめて何気ないふうを装った声で、


 ――じゃあ、僕たちも、ひとまず解散するかい? いまは、いろいろなことについて、じっくり考えたほうがいいかもしれない。


 ――そのほうが、いいかもしれません。


 オソレイリマウスは居心地悪そうに肩をすぼめたまま、神妙に、うなずきました。


 ――あらあらあら!


 そこで、異議を唱えたのはウケタマワリマウスです。


 ――わたくし、それは、構いませんけれどもね……。でもわたくしたち、肝心な問題を忘れていませんこと?


 ――「組合」のことか?


 兄蜂が、口をはさみます。


 ――だが、それについていえば、お嬢様との交渉ためにこちらの世界に滞在すればするほど、余計にマナが嵩むっていうジレンマがあるわけでさ。……まあ、そんな当然のことにこれまで気の回らなかったオレたちもオレたちだが……。


 ――……僕たちのほんとうにやりたかったのは、「交渉」なんかじゃなくて、もっと別のなにかなのかもしれないね。


 めずらしく、歯切れ悪くつぶやくロジックツリーに、ごく素朴に、兄蜂は問いかけました。


 ――何かって、何さ?


 ――わからないけど。……何かロジカルじゃないものをさ。


 ――そうですわよ!


 と言って、ウケタマワリマウスは、ゆっくりとふくらんだり、しぼんだりをくりかえすリョウのお腹を、やけにうるんだ瞳で、見つめるともなく見つめながら、


 ――さきほどお嬢様の悲しみがどうとか、おっしゃってましたけれどもね。わたくしにしてみれば、この、……リョウ君のほうが! ずっと気がかりでしかたないんですのよ! 宝物みたいにしていた、あの本までなくなってしまったじゃありませんの! このうえまた、お嬢様にイジメられるようなことがあったら、わたくしたち、どうしますの?


 ――どうするって……。


 兄蜂はこまりきって、


 ――オレに言われても。


 すると今度は、矛先はソリューニャンに。

 

 ――せめて選考まで待てませんの?


 ――まあ、どうしてもでてきたくなったら、またいつでも、来ることじたいはできるわけだし。それに……。


 ――それに?


 ソリューニャンはふかい静けさに裏打ちされた声で言いました。


 ――リョウは、もうだいじょうぶ。


 ウケタマワリマウスは、すこし、息をととのえるような間を置いてから、


 ――わたくしたち、よくがんばりましたわね。


 ――うん。……ほんとうに、たのしかった。


 ――楽しいばかりじゃ、済まされないけどな。


 と、弟蜂。ソリューニャンはうなずいて、


 ――それについては、これからゆっくり考えよう。


「みんな」


 と、いつの間にか立ちあがって移動していたらしいキツネクタイのシズナが、ドアを開けてみんなに告げました。細く強烈な光のすじに、リョウのほか、誰もが目を細めました。


「朝だコン!」


 シズナの姿が薄れてゆきました。


 東の空に投げ上げられたブーケが、太陽と重なった瞬間、燃えあがるように光のなかに溶けました。

 オレンジ色した大きな花びらが、少しずつ透けながらゆれ落ちて、やがて、見えなくなりました。


 リョウはこっそり薄目を開けて、そして、また閉じました。


 そのまま、今度はほんとうに、深い眠りに落ちていきました。



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