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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第2期「カツモンたちの夜」
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第18四半期「vs ホロウワークの執行者、キョウカ(後編)」

「エリカが、どうかしたんですか?」


 ふたたび、歩きはじめたシズナは詳しくは何も言わず、


「あの女、どこにいるの?」


 とだけ、尋ねるばかりですが、頭の中には、あの夜マナの光を発したブローチがくっきりと思い描かれていました。


 そのきっかけを与えてくれたビー玉を、かたわらの水槽にあっさり投げ入れると、金魚たちの戸惑いもよそに、もう一度、最後の力で走りはじめようとするシズナに、


「エージェントさん」


 もう、ぜんぶの秘密がばれていたっていいという気持ちで、リョウは指し示しました。


「こっちです」


 そして、まるでカメのおじいさんのように、先に立って歩きはじめました。


 ――とはいえ、実のところ、町までの道すじを、覚えている自信はありませんでした。


 着飾ったシズナが迎えに来てからのリョウは毎夜、夢を見ているようなここちでいたからです。


 だからこの道を歩いているときにも、いつも頭はぽうっとしていました。


 けれども、そんな夢うつつのあわいから持ち帰ったお辞儀や挨拶が嘘でなく通用したように、頭のわからないことを身体が覚えているのでした。


 やがて果たして、霧のむこう、ゆがんだビルたちの輪郭が浮かびあがりました。


 町外れの、いちばん人気(ひとけ)のとぼしい地帯でその挨拶は聞こえてきました。


 ぼろぼろの会釈を一時中断して、エリカがこちらに目を凝らしました。真っ白い闇のむこうから、ずんずんと切羽詰まった足取りでこちらに向かってくるのは、


「――リョウ!?」


 そして、


「エージェントさん――」


 リョウに、肩を、支えられています。


「どうしたの、リョウ? ――何があったの?」


 そして、思わずひざをついたシズナに駆け寄って、


「大丈夫ですか?」


 それは不審もわだかまりも恥も忘れたとっさの行動でした。が、ひとつだけ、追い払えなかった感情に胸が、うずきました。


 シズナは無言でエリカの手を振り払い、あろうことか、そのまま掴みかかりました。


「エージェントさん!」


 止めようとするリョウの前で、小さい悲鳴と、布の裂けるような音がして、――そしてシズナの手のうちで、ブローチがきらめきました。


「あ!」


 エリカは悲痛な声をあげました。


「それは……!」


 すぐ立ち上がり、手をのばし、取り返そうとするのですが、宝石からもう青い光のながれ込みはじめたシズナの力にかなうはずもありません。手加減もなく押し返されたエリカを、すぐに助け起こしたのはリョウでした。


「ありがとう……」


 つぶやきながら、エリカは思ってもみなかったリョウの頼もしさに、なぜか、強い寂しさを感じました。


 みるみる輝きをうしなって、ついには死者の瞳のようにくもった宝石が、エリカの目の前に投げだされました。いともたやすく、ひびがはいりました。


「そんな……」


 エリカは怒りよりも、悲しみの声をもらしました。


 ウツロ先生は何と言うだろう? 


 ――絶望。


 けれども同時に、安らぎをもエリカは感じていました。


 これまでは、料理をしていても、食卓についていても、話をしていても、こんなこと、なにもかもあの妙な青い光のためなんじゃないかと、どこか後ろめたくて――。


 けれどもそんな事情を知らないリョウは、シズナに抗議してくれているのでした。


「エージェントさん。どういうことか、説明してほしいんですけど――」


 そこで言葉がとぎれたのは、急に怖くなったからでなく、気配を察したからでした。


「キョウカ」


 少し張りのもどった声で、シズナは言いました。全身を、青い光が守っています。


「見ればわかるでしょ? あんたに、わたしは倒せない」


「『倒す』。その表現は、不適切かと存じます、シズナ」


 キョウカは一歩、進みでて言いました。


「わたくしどもの目標は、レジェンド・リクルートの確保。および貴殿の所有する能力の、有効活用」


「わたし自身のことなんて、眼中にないってわけね」


 そのつぶやきは、きっと全然ちがう感情のあらわれであるはずの、湖畔のシズナの笑い声と、なぜかリョウの中で重なりました。


「ですが」


 キョウカはやはり、淡々と言いました。


「交渉について、ご案内することも可能です」


「交渉?」


 シズナは声に余裕をもたせようとして、


「へえ? あんたにも、そういうかわいらしいところがまだ残ってたのね」


「おっしゃっている意味が、わかりません」


「負け惜しみでしょ? 旗色が悪くなったら、そうやって上から――」


 その時、――目で追うことすら、できませんでした、ものすごい速さ、鋭さのなにかが、すぐ横を飛び去りました。


 シズナは頬に手を当てました。事実確認が済むのと、エリカの悲鳴と、どちらが早かったか。

 指先に、血がついていました。


「説明を、つづけます」


 キョウカは威圧も、いらだちもなく言いました。


「と言いましても、わたくしの御提案は、極めてシンプルなものとなっております。――その本」

 とは、リョウのいつもたずさえている、あかがね色の本のことでした。


「そちらを、わたくしどもにご提供くだされば、本日のところは、業務終了とさせていただきたく存じます」


「――なるほどね」


 シズナは言いました。つまり、交渉の余地、なしということです。この本は、リョウがレジェンド・リクルートになるための、「パスワード」が浮かび上がる重要な本。これを渡してしまう、ということは、それはレジェンド・リクルートを放棄することを意味しています。


 ――でも、なんでキョウカがそれを知ってるの?


 そもそも、この霧。これはあきらかに、ふつうの霧ではありません。シズナを弱らせ、戦意をうしなわせ、そして、意志までも奪ってしまおうというモチベーションが感じられます。こんな不思議な力を、キョウカに使えるはずがないのです。


 ――ぜんぶ、父親の「御意向」っていうわけね。それは、まちがいないけれど……。


 しかし今、一時的にであれマナの力を取りもどした異能使いのシズナと、たかだか経験豊富な――その豊富ぶりが、多少常軌を逸しているとはいえ――エージェントにすぎないキョウカと、就活においてどちらが優位にあるといえるでしょう。


 ――そこの、判断を誤るはずがないわ。何か、考えがあるはず。例えば、今ここで、わたしのマナを全て――


 シズナは、必死に状況分析をつづけていました。


 けれども、それはすぐ、必要なくなってしまいました。



 かたわらのリョウが、小脇に抱えていた本をぐっと目鼻の先に近づけて、ぱら、ぱらと、一見名残惜しそうに、あるいはこの窮地を切り抜ける手がかりでも模索するかのように、しばらくの間捲っていたかと思うと、急に、いさぎよく本を閉じ、それからはもうなんのためらいもなく、隙のない姿勢を維持するキョウカ目がけて、放り投げてしまったのです。



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