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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第2期「カツモンたちの夜」
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第15四半期「キツネクタイとコンサルタートル」


 町全体がひどい霧でした。工房の窓から、金づち片手にシッポがひょこっと顔をだします。でも、なんにも見えません。


 エリカが帰って来る気配もありません。そのころエリカは、街はずれの某所にいました。そこで、何度もお辞儀をこころみていました。

 けれども、身体を傾けていくにつれ、汗がにじみ、息が苦しくなって、とうとう、立っていられないほどの目まいにおそわれてしまうのでした。

 もうすっかり青くなったブローチの下で、心臓が、ばくばくいっています。そして、エリカはまた立ち上がり、つぎのお辞儀をしはじめるのです。


 シズナは、本を閉じました。隣が、やけに静かでした。壁に耳を当ててみても、息づかいも、紙の擦れる音も、ペンを走らせる音も、聞こえてはきません。


 もっとも、それは今日にはじまったことではありませんでした。リョウの様子がおかしなことくらい、とっくに気がついていました。こっちが出向いたときだけ、あわてて生ける屍ぶってみせるものの、血色のよさ、表情筋のやわらかさ、声の張りはあきらかで、書かせた物語の中身だって、少しもリョウらしくありませんでした。


 なぜ、その違和感について、原因究明に努めなかったのか?


 本当は、それもシズナにはきちんとわかっていました。


 ――こわい。とっておきの思惑が、くずれるのが。


 だから、目を、そむけた。しかし、決して、認めたくありませんでした。


 シズナは、少し気分転換でもしてみるつもりで、本を置いて、外にでました。すると、別世界でした。


 ――霧……?


 霧くらい、なんだというのでしょう。けれども、妙です。苦しくて、たまりません。


 隣の部屋までの数メートルで体力を使い果たし、シズナは全体重をあずけるようにして、もぬけの殻であることのわかりきっている、リョウの部屋のドアを開けました。その時、羽音が聞こえたように思いましたが、意識の混濁のせいかもしれません。


 部屋は暗く、リョウの姿はやっぱりありませんでした。

 ただ、あかがね色の本だけが、開いたまま置いてありました。



 縁日は、白い闇に包囲されていました。


 変身の解けたカツモンたちは言葉を交わすこともなく、たがいにすこし距離をあけて、ぐったりとすわりこんでいました。そこに、ビー・トゥー・ビーの弟蜂と、もとの姿のままのキツネクタイがもどって来ました。


 みんな一度はそちらを見やりました。眠たげな、焦点の定まらないまなざしで。


 ――ああ、お帰り。


 ――ずいぶん、遅かったんですのね。


 ――ボクたちもう、待ちくたびれちゃったよ。……って言うか、ふつうにくたびれちゃったよ。


 くちぐちに、覇気のない声でそんなことを言っています。弟蜂とキツネクタイは顔を見あわせました。


 ――おい、どうしちまったんだ?


 ――わからん。


 と、兄蜂。


 ――考えるのも、めんどうだ。


 ――この霧のせいだな?


 かく言う弟蜂らも、みなの姿を探してけんめいに飛びまわっていた張り合いがここに来て一気に抜けると、なんだか、眠くてたまらなくなってきました。


 ――おい、兄弟。


 緊迫した声で、弟蜂が言いました。


 ――どうした、兄弟。


 間のびした声で、兄蜂がこたえます。


 ――オレを、刺せ!


 ――え? なんで。


 ――いいから早く、オレを刺せ! 手加減無用、チクリとやってくれ!


 ――なんで、そんなめんどうなこと……。


 ――いいから早く!


 と言って、まず弟蜂のほうが、兄蜂を、思いっきり、チクリ。刺されたほうは、悲鳴をあげながら、穴のあいた風船みたいにそこらじゅう飛びまわりました。


 ――いきなり、何しやがる! 仮にも、オレは……。


 ――目、醒めたか?


 兄蜂はハッとして、弟蜂を、ぶすり。ついでにキツネクタイも、ぶすり。


 少々悶絶の時間があってから、二匹はいくぶんかハッキリしてきた頭で、これまでのことを語りはじめました。






 というのも、あれは夕暮れ時。とつぜん、コンサルタートルがキツネクタイのもとを訪れたのです。


 ――なんですと!


 ふいに、オソレイリマウスが大きな声をあげました。おどろきで目が醒めたのです。


 ――ご老人が! まさか、お嬢様の差し金ですかな!? と、するとすでに我々の手の内は……。



 ――いや、まだ、お嬢様にはバレてないぜ。まあ、こうなっちゃあ時間の問題かもしれないが。


 と、弟蜂。キツネクタイはうなずいて、


 ――まあ、それも含めて、最後まで聴いてほしいコン。




 ……コンサルタートルがちかづいて来たとき、キツネクタイは、正直戸惑った。個人的な悪感情があるわけではない。

 というか、知り合いですらない。

 が、今回のプロジェクトはコンサルタートルをのけものにして行う旨、オソレイリマウスから重々説明されていたので、関わり合いになると厄介だと思ったのだ。


 できればうまくかわしてしまいたかった。


 キツネは事なかれ主義の生きものなのだ。


 コンサルタートルは目の前にまでやって来た。


 そうして文字を浮かべた。


 ――なるほど……瓜二つでいらっしゃる。


 そのとき、キツネクタイはもうシズナの姿になっていた。コンサルタートルのシズナとの付き合いが長いことは知っていた。だから、そう言われて悪い気はしなかった。


 けれども、コンサルタートルは、こんなことも言いだした。


 ――しかし、しぐさが、どうも。まったく、お嬢様らしくありませんな。


 ソリューニャンにも、まったく同じ指摘をされた。


 その時は、別に何とも思わなかった。が、このカメに言われてみると、なんだかむっとした。よぼよぼの、くちゃくちゃの、でこぼこの、――仲間外れの、年寄りカメのくせに、と思ったのかもしれない。

 キツネクタイはすこしむきになって言いかえした。


 ――ボク、可愛い女の子になりたいだけなんだコン! お嬢様に似てなくったって、それはすこしも構わないコン!


 するとコンサルタートルは、


 ――「可愛さ」……難しい言葉ですな。その定義やいかに。


 キツネクタイは言葉に詰まってしまった。


 ――すくなくとも、いまのあなたはお嬢様によく似ていることは似ているが、お嬢様のもつ、お可愛らしいところはすこしも、見られないようですがなあ。


 キツネクタイはカチンときた。すこし悲しくもなった。もう何日もさまざまにシズナを装ってきて、いいかげん板についてきたころだと勝手に思い込んでいたところだからだ。

 リョウのまなざしからもこのごろようやく、奇異なものを見るような色が抜けていた。


 ――じゃあ、おじいさんには、わかるのかコン!


 キツネクタイは、憤懣のなかにせせら笑いのようなものをにじませて言った。どよんとしたちいさな目。くちゃくちゃの顔。ぷるぷると震えっぱなしの首。ずんぐり、ゴツゴツした甲羅や四肢。のびほうだいのツメ。


「可愛さ」を云々する資格のある容姿とは、とても思えない。


 ――わかりますとも。


 ――嘘だコン! 化かそうったってそうはいかないコン!


 ――キツネさん。あなたはまだお若いからおわかりにならないかもしれないが、カツモンにはそれぞれ「分」というものがあるのです。


 コンサルタートルの甲羅に、滔々と文字がながれはじめた。


 キツネクタイは睨みつけていた。そんなこと、言われなくったってわかってるコン! 大体、その「分」というものをそれぞれ生かしてあの就活生を立ち直らせようという今回の作戦に、あなた、入れてもらってないじゃないか、コン! と、言ってやりたいくらいなものだった。


 ――豪傑はぞんぶんに力を振えばいい。知者は知恵において輝けばいい。


 ――何が言いたいんだコン! オイラ、忙しいんだ、コン!


 ――同じように、うつくしさは、うつくしいものに委ねるべきです。我々の仲間にもおりましょう、クジャク、ハクチョウ、黒豹、白馬。


 ――それってオイラが、「うつくしくない」っていう……そういうことかコン!


 するとコンサルタートルは、こんなことを言った。


 ――キツネは、みにくい。


 みにくいキツネのキツネクタイが、うつくしいシズナに姿を変えたところで、そのうつくしさはたかが知れている。


 ――わたしが思いますにはな。あなたの術で、あなたでない誰かをお嬢様に変えてあげればいいでしょう。誰がやろうとも、あなたのお嬢様よりは、おうるわしいでしょうからな。


 ふぉふぉふぉ、とコンサルタートルは笑った。


 キツネクタイは絶叫した。


 たちまち変身を解いて、湖面を覗き込んだ。


 満月の隣に、一匹の、ただのキツネがうつっている。


 いくぶんズルそうな印象を与える目の形だけは多少コンプレックスといえるものの、シャープすぎるわけでもなく、かと言ってだらしなく丸みをおびすぎているわけでもないふたつの耳、毎日トリートメントをかかさない黄金色の毛並、たわわにふくらんだしっぽ。


 ――悪くない、全然、悪くないコン!


 ――ですが、比較したことはないでしょう。


 ――どういうことだコン?


 ――他のカツモンが姿を変えたお嬢様と、あなた御自身と。


 ――それは……。でも、おんなじお嬢様になるんだから、誰が変身したって、大差あるはずがないコン!


 ――本当に、そうですかな?


 甲羅の文字が月あかりをうけて、ぎらりと妖しくきらめいた。さらに、コンサルタートルは言った、


 ――たとえば、わたしがお嬢様になれば……。


 キツネクタイは、ここぞとばかりに笑った。


 ――コン、コン、コン! 苦しいコン! ケッサクだコン! おじいさんが! コン! お嬢様に! コン、コン! おばあさんのまちがいじゃなくて、コンか?


 ――なるほど。おばあさんに。わしがお嬢様になろうとすれば、おばあさんになるほか、ないというわけですな。


 ――コン、コン、コン! と、キツネクタイはまだ、笑っています。


 ――それがつまり、あなたの能力の「限界」ですな。


 ――馬鹿にするなコン!


 笑いやんで、今度はぷりぷりと声を荒らげます。


 ――オイラ、容姿をバカにされること、能力をバカにされること、このふたつだけは、どうしても許せないコン!


 ――わたしは、事実を指摘しただけですがな。


 ――事実じゃないコン! おじいさん、キツネよりもよっぽど嘘つきだコン!


 ――しかし証明できないでしょう。


 ――なんの証明だコン。


 ――あなたはそのチッポケな能力で、わたしのような醜い老人を、お嬢様のようなうるわしいみめかたちに、ほんとうに変えてしまうことができるとでも言うんですかな?


 ――そんなの、わけないコン!


 すると、コンサルタートルはたちまち青い光に包まれて、声も、姿も、シズナそのものに変身してしまった。いつもの、スーツ姿のシズナである。ほんとうに、どこからどう見てもシズナである。キツネクタイは正直、複雑な気持ちだった。おばあさんにならなかったのはシャクだが、能力のたしかさが証明されたのは誇らしかった。


 ――どうだ、コン!


「へえ」

 と、コンサルタートルは、しゃべりかたまでシズナになりきって言った。身体を軽くひねってみたり、てのひらをグー・パーとうごかしてみたり――。


「大したものじゃない。でも」


 ――今度はなんだコン!


「やっぱりわたしのほうがキレイじゃない?」


 ――そんなことないコン!


 と、言いながらコンサルタートルのシズナは表情のつくりかた、声色、話しかた、ちょっとしたしぐさまでさすが長年の観察の積み重ねのおかげで、いかにもサマになっているようなのが、キツネクタイにしてみれば妬ましい。


「へえ。全然わたしに似てないわね。その、じぶんに甘いところとか」

 売り言葉に、

 

 ――上等だコン!

 買い言葉。


 大木の裏にまわって、枝にかけてあったウェディング・ドレスを持ってくると、ほくほくとひろげて見せた。


 コンサルタートルは、さすがに動揺したようだった。


 顔にほのかな赤みが差した。瞳がゆれた。


「それを」声もすこし震えていた。「お嬢様が――」


 ――着せてやらないコン! これは、オイラが着るんだコン!


「あんたが?」


 ――もちろんお嬢様の姿で、コン!


「それで、どうするの?」


 ――うんとキレイになって、お前にたっぷり、敗北感を味わわせてやるんだコン!


「へえ」


 コンサルタートルの声はやっぱり震えていた。まだ若いキツネクタイはそれを、それこそ「敗北感」のせいだと単純に解釈した。


「そう。――せいぜい、やってみたら?」


 ――やってみるコン!


 そうしてキツネクタイは木陰に引き揚げていった。


 夜はもう更けていた。


 たったひとりの着つけは無謀だった。


 どれだけの時間がかかったろう。


 どうにか納得のいく装いで、葉っぱのシャワーをあびながらいよいよ、新婦入場の段を迎えると――。


 コンサルタートルの姿はなかった。


「――やられた! コン!」


 湖のほとりをけんめいに走った。


 ちらちらと、月あかりのちいさなつぶが膨らんだドレスのすそで踊っている。


 ヴェールは風に捲られ、そのままさらわれた。靴をぬぎすて、落としたティアラも顧みず、ひたすらに走った。


 なかなかどうして、カメの歩みどころではない。見つけたときには遅かった。コンサルタートルはもう、リョウの部屋のドアをノックしていた。リョウはいつものようにドアを開けた。シズナが立っていた。


 ふたりは言葉を交わし、茂みのなか、まるでひときわ大きなボタンの花みたいにきらきらと身をひそめる花嫁姿のシズナの目の前を、いつもとはちがう道へ向けて歩きはじめた――。



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