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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第2期「カツモンたちの夜」
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第8四半期「人を動かす」

 一方そのころ、リョウは何をしているかというと……。


 ひび割れた姿見の前で、心持ち身体を左右に傾けてみたり、くるくる回ってみたり。笑顔をつくったり、ふっと口もとを、引き締めてみたり。服装こそ、スーツでないものの、それでもどんなポーズもさまになって見えるのは、胸もとの、あこがれの装置のおかげです。


 けれども――。



「――カツバト・プロトタイプ起動! パスワードは――」

「――御デバイスにおかれましては、御起動くださいますよう、何卒宜しく――」

「――というわけで、起動していただけますと幸いです!」

「起動の件、前向きにご検討ください!」



 何度繰り返してみても、カツバトは起動するどころか、エラーメッセージすら返してくれる気配はありません。


 お昼ごろ、様子を見に来たシズナにそのことを相談してみると、


「余計なことしないで」


 と、きついご叱責。


「その件については、わたしに考えがあるんだから」


 けれども、もしこのままカツバトが使用不可なら就活自体、きっと成立しません。ボッチ島の時には、それでなんとなく納得していましたが、いざ選考が現実味をおびてきたこのフェーズで、そう説明があいまいなのでは困ります。


 だいたい、リョウ自身は朱雀と対峙したあの夜のことを、まったく覚えていないのです。


 選考で、あの時と同じ状況を再現するといわれても、それがどういう意味なのか、わからないままでは、云々、かんぬん――。


「それはもう、すごかったんだから」


 正直、うざい、むかつく、所感はそれだけでした。でも、ここでこいつをその気にさせるくらい、「エージェント」なら、簡単なはず――じぶんの資質をじぶんに見せつけたい。わたしやっぱりやっていけるって信じたい。だから、シズナの声は必要以上に大きくなりました。


「乱れ飛ぶ名刺。ぶつかり合うお辞儀。白熱のPR合戦って、感じで――」


 すると一時は案の定、リョウの目は馬鹿みたいに輝きはじめるのです。


 けれどもすぐに心細げな表情にもどって、


「でも、なんで全然覚えてないんだろう?」


 シズナはぐっと言葉につまりました。そんなこと、シズナにだってわからないからです。大体、シズナ自身の記憶だって、朦朧として、不確かなものでした。


 あの日のことを、あれから何度か思い返してみていますが、最後、リョウが朱雀にとどめを刺したような気もしますし、いや、朱雀は尻尾を巻いて逃げだしたのだったか、それとも、和解の握手が交わされたのだったか――そのたびにちがう結末を、どれも同等の鮮明さで、シズナは思い出すことができてしまうのでした。


 一体、どういうことなのだろう?


 こんな物語を、どこかで読んだような――。


 とはいえ、一度あの状態に入ってしまえば、こいつが驚異的な就活力を発揮することは確からしいと思われました。きっかけは、今もリョウがたずさえて離さないこの本、にしるされていたパスワード、をとなえたあいつのカツバト、に宿っていた青い光。


 ――あれは、まちがいなくマナの光。


 マナについては、その使い手として尋常でない歳月を生きてきたシズナにも、解き明かせないことが多すぎます。だから、なぜあの時あんなふうに、本が青く光ったのか、確かなことはわかりません。あるいは、いろいろな偶然のファクターによるものでしょう。


 マナは、神秘の、深遠な、奔放なちから――。


 でも、それをシズナなら制御できるのです。だから、選考ではそれをこいつに、正確にはカツバト・プロトタイプに、サプライすれば――。


 ロジックは構築できていましたが、ほんとうに、ロジックだけでした。でも――。


「エージェントさん」


 ブレストを邪魔したリョウにシズナは舌打ちしました。


「オレ、不安だから、できれば選考の前に一度、練習みたいなことができると、うれしいんですけど――」


 ――証明しなきゃ。わたしの実力を。

 ――証明されるのが怖い。わたしの無力さが。


 二つの気持ちがコンフリクトしていました。


 先夜カツモンどもから忌々しくもご指摘たまわった通り、マナの補給はホロウワーク家の敷地でないとおこなえません。


 補給? そんなふうに考えたことは一度もありませんでした。あそこでは、全ての存在に、大気にマナが満ち、ただ呼吸しているだけで、知らぬ間に青い光はどんどん充実していきましたから。


 でも、この世界では――。無駄づかいは許されませんでした。しかし同時に、いやそれ以上に許されないのは、選考本番で、やるべきことをやり損なうことです。


 リョウの言うことにも一理ある、などと認めるわけでもなく、シズナは自己判断で、目をつむり、手のひらをリョウに向けました。


 窓も開けていないのに、はげしい風にさらされたように、あかがね色の本のページが、ぱらぱらぱらとひとりでに繰られはじめました。


 やがてその動きは特定の箇所でぴたっと止まり、あの時とよく似た青い光が立ちのぼりはじめ――そして胸もとのカツバトにも、ぼうっと光がともりはじめました。


「――今よ!」苦しそうにシズナが言いました。「本を見て!」


 リョウはうなずき、本を見て、宣言しました。


「カツバト・プロトタイプ起動! パスワード、『あこがれ』!」










 そして光に包まれたのは、リョウだけでした。

「うわあ」


 鏡の前に立ったリョウは、その中の自分ならぬ自分を見て、嘆声をもらしました。


「――父さんだ!」


 リョウにそっくりの目もと、口もと。リョウより少しだけ長くのびた黒髪。家でもいつも着たままだった、ネイビーのスーツ。マサシ(21)でした。


「エージェントさん!」


 振り向いたリョウの先で、壁際に、シズナは座りこんでいました。


「オレ、父さんになったよ! ――あ、なりました!」


 ――嘘でしょ。


 あの時と、全然ちがう。――それが、シズナの所感でした。


 じっさい、そのちがいはリョウ自身も感じているはずでした。空想現実が終わり、変身が解けた後も余韻に浸りつづけることができたのです。その記憶になにひとつ、不鮮明なところはありませんでした。あの時の事象とは、似ても似つかない、ただの平凡な「カツバト」の一使用例でした。


 ――マナが、足りなかった? でも、そんな……。


 かたわらの机で身体を支えながら、シズナは立ち上がりました。そして、かすれた声でこう尋ねました。


「ねえ。――もう一度、やってみない?」


 リョウはぺかっと頬を紅潮させて、


「宜しくお願い致します!」


 けれども、何度やってみても、どんなに豊富なマナを込めてみても、リョウはありきたりの聖騎士になったり、どこにでもいる大魔導師になったりするばかりで、あの時のレジェンド・リクルートは、とうとう、一度もあらわれませんでした。


「パスワード、毎回、変わるんだね――あ、変わるんですね!」


「そうね」


「魔法の呪文みたいで、かっこいいなあ」


 ……日が暮れるころ、興奮さめやらぬリョウをのこして、シズナはとぼとぼと、不気味な廊下を歩いていました。いちじるしく、消耗していました。


 ――わたしには、才能が、ないっていうの?


 この光。キョウカにも、父親にもない光だというのに、わたしには、エージェント業務は務まらないっていうの?


 傷ついたプレートが目印のドアを開け、電気をつけ、髪をほどき、ベッドに横たわると――枕もとに、なにか固いものが。


「これは……」


 思わず、声がもれました。


 それは、カメの甲羅のような、緑色の本。リョウの大切にしているのとよく似たかたち、よく似た厚さの、緑色の本。シズナにとって忘れられない、忘れるはずもない本でした。


「まさか、コンサルタートル……」


 よく見ると、玄関からまっすぐに、青い足跡がのこっています。


 シズナはそっと、ページを捲りはじめました。


 そして、かすむ目に飛び込んできたのは、こんな一節だったのです。














「人を動かす すべをご存じ?

 こころの壊れた 操り人形

 からっぽ頭の でくのぼう

 青い光で満たしてやれば

 すべてはあなたの思いのままさ」





「わたくし、

 わたくし、

 わたくしは。

 この『わたくし』こそ、くせものさ。

 『わたし』をもたない、からっぽ容器。

 それこそレジェンド・リクルート」



(一部抜粋、緑色の本『エージェントの物語』より)



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