第6四半期「第一次カツモン会議(後編)」
カツモンたちは大騒ぎ。
――どうしちゃったのかな、お嬢様。
――どうかしちゃったのさ。
――どうなっちゃうんだろう。
――どうにかなっちまってることはたしかだな。
……なんて、シズナの不在をいいことに月夜の中庭で言いたい放題。けんけんごうごう、カンカンガクガク、議論の嵐が吹き荒れています。
とりまとめ役を買ってでたのは、万事解決ねこカツモン・ソリューニャンでした。するり、朽ちた看板に飛び乗って、
――道はふたつ、だね。
――ふたつ?
と、ウケタマワリマウスは相手が相手なのでいちおう警戒しながらすすみでて、
――ふたつもありますこと? おねこさん。あたしにはどうも、ひとつもありゃしないように、思えるんですけどもね!
――もちろん、道なき道を行くしかないのさ。状況が状況だからね。……まず、ひとつめ。お嬢様を説得して、旦那様、キョウカ様と仲直りしてもらう。いわゆる「大団円」だけど……。
――そちらの道は、難しそうですなあ。
と、さきほどじっさいに説得にあたったオソレイリマウスが、実感をこめてつぶやきます。
――だよね。……まあ、ほんとうはそれがいちばんなんだけど。
――「ほんとうは」って。頼みますわよおねこさん、こんな状況で、夢を語っていたってどうにもなりませんわ!
――いや、こんな状況だからこそいっぽうでは夢みたいなことを考えておく必要があるのさ。
――ああもう、チュウ象論はたくさん! わたくしたちが望んでいるのはもっと具体的な解決策ですのよ! さあ! 教えてくださいませんこと、もうひとつの「道」というのを!
――うん。
するとソリューニャンは、怪談でもはじめるみたいに声を低めて、
――お嬢様に味方して、ホロウワークを「ぶっ潰す」。
怒号。叫喚。悲鳴。奇声。沈黙。たちまちみんな、大パニックに陥りました。わけもなく走りまわるもの、のたうちまわるもの、遺書をしたためるもの、眠ったふりのもの……。
――まあ、そうなるよね。
どうにも収拾のつかないありさまです。当のソリューニャンも、とうとう、毛づくろいをはじめてしまいました。
が、そのとき。
こちらに向かって、のっそのっそ来るまるっこい影が。カツモンたちはピタリと動きをとめました。
――あら、
――じいさん!
――おじいちゃま!
――カメさん!
コンサルタートルです。
ゆっくり、ゆっくり、長い時間をかけて輪の真ん中に進んでいきます。
そのあいだに、しぜんとみんなの気持ちはしずまっていったのでした。
そしてコンサルタートルは、またゆっくり、ゆっくり、長い時間をかけて甲羅に文字を浮かびあがらせていきました。
その様子を、みな息をつめて見まもっています。
最初の言葉は、こうでした。
――皆さん、申し訳ありませんな。わたしごときのために。
――おい、じいさん。水くせえこた言いっこなしだ!
と、ダイエンジョウ。
――まあ水んなかで暮らしてりゃ、そりゃ水くさくもなるかも知れねえがなあ。
――あら、トカゲさん。このカメさんはね、「リクガメさん」なんでございますわよ! ねえ、おじいさん。
――ふぉふぉふぉ。
――だからってよお、こんなカラカラに干からびちまっていい法があるかよ。なあ、そうだろ?
――わたしのことでしたら、御心配なく。とくに問題ありませんですじゃ。それよりも、お嬢様です。お嬢様が気がかりですじゃ。
カツモンたちはざわつきました。
――ご老人。あなたは、ご自身がそんな状態になられてなお、お嬢様のことを……。
――長い、付き合いですものね。
コンサルタートルは、まだなんにも、就活もエージェントもホロウワーク家の使命もよく知らなかったおさないシズナが、初めて雇用した――してしまった――カツモンでした。
――でもね、おじいさん。そのぶん、恨み、つらみも積もり積もってませんこと?
――そうさ!
と、むかしずいぶんこき使われたことを思いだしたのか、論理的思考樹木カツモン・ロジックツリーは苦悶するように太い幹をぐねぐねよじらせています。
――僕なんかいっつも荷物持ち。枝にいくつも宝箱を引っかけられたよ。ちから仕事はニガテなのに。お嬢様ったらすこしも論理的じゃないんだ。
――そうそう、むいてないんだよな、エージェントなんて。
と、鬼のようなギョウソウをした悪意あるシズナの似顔絵をお腹に描いてみせたのは作図クマカツモン・マトリックマ。
――旦那様とキョウカ様は正しいよ。お嬢様は勝ち気で、きかんきで、負けん気がものすごいんだから
……その性格、グラフであらわすと、こうなるね……狭い部屋で人間相手にこまごま気を使うより、外でお宝探しなんかしているほうがずっと性に合ってるはずだよ。
――ひとの話を聴こうとしないからね。
危機管理ハリモグラカツモン・リスクヘッジホッグも乗っかります。
――ボクが何度もポケットの中でさ、わざわざハリを立ててチクリ、チクリって危険を知らせているのに全然引き返そうとしないんだから。あげく、「どこさわってるのよ!」だって。言わせてもらうけどね、ボク尻尾のないお尻なんか、全然、これっぽっちも興味ないんだから!
……と、こんなふうに悪口は出るわ、出るわ。
――わたくしたち、なんだか、ミョウに気が合いますのね! こんなふうに集まったこと、これまではありませんでしたけど……。
マトリックマは、うんうん、とうなずきながら、
――どうする? 飲みにでも行っちゃう?
――だからね。
と、ソリューニャンはため息をついて、
――いま僕たちが直面しているのは、その「飲み食い」すら危うくなるんじゃないかっていう問題でね。
そうでした。
みんなもため息をつきました。
そしてコンサルタートルのほうを見ました。彼だけは、悪口ざんまいに加勢することもなく、もの悲しげな表情でジッと黙っていたからです。
文字が浮かび上がりました。
――たしかに、お嬢様は少々、カツモンづかいのお荒いところがおありになる。
カツモン一同、顔を見あわせました。まさか、コンサルタートルまで、愚痴じみたことを言いはじめるとは思いもよらなかったからです。
みんな黙ってつぎの言葉を待っていました。
――しかし、けっして、昔はあのようなお方ではなかったのですじゃ。
――昔って?
まぜっかえすように言うリスクヘッジホッグを、オソレイリマウスがチクリ! と、まなざしで刺しました。
コンサルタートルは、物語りはじめました。
――いいや、ほんとうは今も、やさしいお気持ちをお持ちでいらっしゃる。ただそれを、素直に表現できないだけなのです。そう、ほんにお嬢様はお優しいお方でした。お優しいばかりでなく、快活で、そのくせしおらしいところもおありで……。
――年をとると、言葉の定義があべこべになっちゃうものなのかな。
――シッ!
コンサルタートルは、動じることなくつづけます。
――お嬢様と知りあったころ、あれは……もうどのくらい昔のことでしょうな。……わたしは一匹の、天涯孤独の仔ガメにすぎなかった。ある日、わけもわからず草むらのなかで居眠りしておりますとな……。
――その物語は、夜通しつづきました。
人間とちがい、カツモンたちは眠らなくったって平気です。
が、仮にそうでなかったとしても、いっときたりとも、睡魔のつけいるすきはなかったでしょう。
カツモンたちは泣き、笑い、わがことのように憤り、そしてふかくうなずきながら、その物語に耳を傾けていたのでした。
そしてしめくくりに、コンサルタートルの浮かべた言葉は、
――おしまい。
ではなく、
――つづく。
でした。
――つづく?
涙声で、ちいんと鼻をかみながらウケタマワリマウスは尋ねました。
――つづく、ですの? おじいさん。それは……。
――ここからさきは、みなさんのお力添えにかかっていますじゃ。どうかもう一度、お嬢様のことを、信じてあげていただきたい。
――おじいさん! たしかに、とってもいいお話でしたけど……それとこれとは別じゃございませんこと? わたくしたち……。
――お嬢様のことが信じられないのなら、わたしのことを、どうか信じてはくれますまいか。わたしはじぶんの人生……もといカメとしての生を、みなさんがたになにもかもあかしたつもりですじゃ。
――それはわかりますけどね。でも実際問題わたくしたち、マナをいただかないことには存在していけませんのよ! そこのところを、解決しないことには……。
――選考の終わりまでの、辛抱ですじゃ。
――選考って……それじゃおじいさん! あなたは本気で、……だ、旦那様と、キョウカ様を……ああ!
口にするのも恐ろしい。ウケタマワリマウスは卒倒してしまいました。かわりにでてきたオソレイリマウスが後をつぎます。
――勝てば官軍、ということでしょうがな……。しかし、勝算は?
すると浮かびあがった言葉は、
――レジェンド・リクルート。
ソリューニャンはぴくりとひげを動かしました。
――それは……ちらっとお嬢様も言ってたね。でもそんな、一体なんなのかもわからないものに……。
――お嬢様は、深くご存知でいらっしゃるはずですじゃ。
ソリューニャンのひげが、またぴくり。
――そうは、見えなかったけどな……?
――忘れていらっしゃるだけかと。
――うーん……。仮にそうだとして、じゃあ思いだす保証はあるのかな? 思いだしたところで、そのちからを、お嬢様にうまくあつかえるのかな?
コンサルタートルは言いました。
――お嬢様なら、かならず、思いだしてくださるはずですじゃ。




