時を喰らうモノ
春風吹きすさぶ、街はずれ。
四角いビンの中の、琥珀色の飲み物をかわるがわるあおりながら、就活生たちは、通りのど真ん中を闊歩していくのでした。
往来のひとびとは、その姿を認めるなり、慌てて脇にのけ、それきり目を伏せてしまいます。
しかし、就活生たちのほうだって、彼らなんか、ぜんぜん眼中にありません。
ときどき、何人かに目をつけて、喉もとに名刺を突きつけ、知り合いの業界人を紹介させる。仲間のうち、誰がいちばんお偉いさんと縁故を築けるか、競って遊ぶ――そんなゲームに興じることもある彼らですが、今日は、どうも気分じゃありません。
けっきょくいつもみたいに、廃れた職業安定所のかたわらで、横倒しの証明写真機に腰かけて、煙草をくわえたり、スプレーでブレイン・ストーミングをはじめたり、それにも飽きてしまうと、飲む、打つ、買う――すなわち、栄養ドリンクを飲みながら、選考に向けて策を打ち、タブレットで株式を買う、くらいしか、もうやることがないのでした。
毎日、毎日、同じことの繰り返し。
きのうも、今日も、あすも、あさっても……。
そんな彼らの前に、女は、あらわれたのでした。
「――いつまでも、つづくと思っていたら、ある日とつぜん、プツン、と途切れちゃうもの。なあんだ」
黒い、パーティー・ドレス。大そうな美人です。
うかべた笑みはあやしく、どこか、近寄りがたい雰囲気もありましたが、コミュニケーション能力には自信のある彼らでした。ついさっきもゲームセンターに立ち寄って、社交性計測マシーンを、異常値でぶっ壊したくらいです。
彼らはまず、天気の話で打ちとけようとしました。
「いい、天気ですね!」
すると、雨が降ってきました。
おかしな偶然も、あったものです。
しかし、こんなことでめげる就活生たちではありません。
今度は、時候の挨拶です。
「春光うららかなおり、貴殿におかれましては――」
すると雨は、雹に変わりました。
あわてて軒先に駆け込む就活生たちを前に、薄ら笑いをうかべたまま、女が、黒い日傘をひらくと――。
すると今度は、灼熱の日差しが照りつけるではありませんか。女ひとりが、涼しげでした。
就活生たちは、はげしく汗をながし、どうにか立っていました。その汗は、暑さばかりのせいではありません。
うっとりと、聴き惚れずにはいられない声で、女は語りかけました。
「――あなたたちに、とくべつなオファーがあるの。あなたたちにしか、つとまらない仕事なのよ」
就活生たちは快哉を叫びました。
通りに、デタラメな凱歌が響いていました。
振り返ることもなく先導する女の後ろに、いつの間に合流したのか、大勢の就活生たちが、浮かれ、騒ぎ、肩を抱き合い、足をもつれさせながら、どこまでもどこまでもつづいているのでした。
それからどういう道すじをたどったのか、覚えているものは、ありません。
気がつくと彼らは、薄暗い、真冬のような寒さの部屋で、整然とならべられたパイプ椅子に、行儀よく腰かけていました。
壁いちめんが、霜に覆われています。
正面には、巨大な培養器が設置されているのですが、それはまるで、開花の間際に凍りづけになった、つぼみのようなかたちをしていました。
赤、青、緑、黄色――刻々と色の移り変わるうつくしい溶液に、時折、ちいさな泡がうかんで、弾けます。
就活生たちは、見惚れていました。
とても、素晴らしい気持ちでした。まるで、長年の夢が今まさに叶おうとしている、とでもいうような。安らぎと、昂ぶりのなかで、彼らは口々にあたらしい夢を語りはじめました。
――♪♪
――♪
――
声はひとつずつ、聞こえなくなっていきました。
まったくの静けさのなか、ひとりつぼみを見あげるキリサキに、シルヴィアは語りかけます。
「すこしは、お役に立てましたかしら?」
しかしキリサキは、無言。
シルヴィアは、すっと頭を下げました。それから、つつましやかにキリサキの隣に進み出て、まなざしの向きを揃え、
「時を食べる生きもの、ですのね。レジェンド・リクルートと、何か、関わりが?」
キリサキは、やはり沈黙をまもっています。
つぼみがまた色を変え、あかあかと、ふたりの顔が照らしだされました。
――……
―……
……
そんなふうに、界隈から、何千人もの就活生たちが姿を消していたのでした。
まったく、誰にも知られないまま――。
ただ、ZAKURO社の人事部長・サカミ(35)の表情は、けわしいものでした。
真向かいのデスクで仕事中のサユリ(28)が、時折モニターの陰からチラチラ、顔を半分だけのぞかすようにして、様子をうかがっています。
初任給で家が建つとか、ボーナスで国が買えるとか、退職金で星が買えるとか。
――真相はさだかでありませんが、そんな噂のまことしやかなこのZAKURO社の、それも人事の仕事の一切をこれまでたったひとり、この若さで担ってきたサカミですから、呆れてしまうくらい優秀なのはもちろんです。
給与計算も、人材配置も、スケジュール調整も、それから目下進行中の採用活動がらみの仕事も全部、たちどころにこなしてしまいます。
が、このごろに限っていえば、少し様子が変でした。なんだかいつも、考え事にふけっているようなのです。
「サカミさん。――サカミさん?」
と、サユリが呼びかける。するとサカミは、
「ん」
と、まばたきしながら、まるで今、夢から醒めたような生返事。
「ああ、――だいじょうぶ。問題ないよ」
こんなことが、このごろほとんど毎日のように繰り返されています。サユリは、目の前の涼しげな顔をジーッと見つめたまま、推理を展開します。
問題ないって、どういうこと?
あんなに怖い顔で、あんなムズカシそうに眉根を寄せて、あんなにしつこく名前を呼ばれてなお、返事の一つもしてくれなかったくせに。
サユリは、不服でした。とにかく不服でした。
「なにかあるんなら、きちんと言ってくださいね? あたし――」
「いや、君のことじゃない。ちょっと、考え事をしていてね」
と、サカミは、さらり。もう、コーヒーなどすすっています。サユリはいよいよ、くちびるをとがらせて、
「そうじゃなくて。仕事のことでも、なにかあるんなら、あたしに共有してほしいんですけど、って話です!」
「いや、ありがとう。しかし、大丈夫だよ」
口では礼を言いながら、見つめているのはモニターばかり。指先は、キーボードの上を華麗にすべりつづけています。
サユリは、ため息をつきました。――もちろん、聞こえよがしに。
人事部に異動してきて、まだ半年、いや、もう半年です。それなのに、一人前の仕事を任せてもらえる気配は、全くありません。電話を取ったり、数値を打ち込んだり、レジュメを綴じたり、資料を直したり……。
「それだって大事な仕事さ」
コーヒーポットを傾けながら、サカミは言いました。
「サカミさんのは、もっと大事な仕事なんですよね!」
「サユリ君」
「考え事ってなんですか?」
サカミは立ったまま、黙って、コーヒーをひと口。
「プライベートなことですか? それとも?」
「いや」
「言ってくれないんですか?」
くるり、くるりと回転椅子で回りながら、サユリは食いさがります。
「もちろん、プライベートのことなら、あたし、それは全然関知しませんけど。でも、仕事がらみで何か困ってるなら、相談してくれたって、いいんじゃないですか? あたしって、そんなに信頼ないですか?」
「そうじゃない」
「だいたい今度の採用活動のことだって、もっといろいろあたしに意見求めてくれたっていいのに。あたし、ワクワクしてたんですよ。就活! 就職活動! 若いコたちが、人生を賭けて、夢を目指して、思いっきりぶつかり合う。青春そのものじゃないですか」
「――君はまず、『就活』を、肌で感じる必要がある」
「じゅうぶん感じてますよ! あたしだって数年前までは就活生だったんですから!」
「就活生にとっての就活と、人事にとっての『就活』。その間には、越えられないほどの壁が存在しているのさ」
「わかりますよ、それくらい」
「人が、人を、採用するわけだからね。――まったく、難儀な仕事だよ」
「でも、昔よりはいいじゃないですか」
――カツバトがあるのだから。
カツバトの普及で、就活界は完全に変わりました。詳細につきましては以前申し上げた通りですが、旧就活では怪我どころか、死亡事故さえもそう珍しいことではなかったのです。
それがカツバト以降、現実の戦いが白熱のバトルになって、死者や負傷者は毎年ゼロ。安全なだけでなく、バトルはどんどん派手に進化していき、今や就活は一つの「エンターテインメント」として成立しているありさまでした。
ところがサユリがカツバトの恩恵をいきいきと称えつづけるうち、こころなしか、サカミの表情はどんどんけわしさを増していったのです。
そしてとうとう、事件がおこったのです。
ノックもなく、いきなりドアが開いたかと思うと、入ってきたのは、なんと、キリサキ専務。
サユリはそちらを見たとたん、ギョッと立ち上がりました。
サカミは席についたまま、一瞥を送っただけでした。そのサカミのデスクの真横まで、キリサキは歩いてきて、
「ご苦労。――選考の準備は、順調かね」
すかさずサカミの目に、挑発めいたものがひらめきました――少なくとも、サユリには、そう見えました。
そして事実サカミが、
「ご心配いただかずとも、――万事、適切かつ妥当に処理する所存ですよ。われわれ人事部がね」
こんな口のききかたをしたときのおどろきと言ったら!
キリサキの退室後、さすがにサユリは、
「サカミさん!」
と、詰め寄らずにはいられませんでした。
「何、考えてるんですか! コミュ障ですか? あの態度、相当まずいですよ!」
しかしサカミは、聞いているのか、いないのか、
「ふうむ……」
と顎に手をやったまま、けわしさをいっそう増した表情でなにか考えこみながら、キリサキの去っていったほうを、しばらく見つめつづけていたのでした。




