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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第1期「伝説の就活生、レジェンド・リクルート」
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第14四半期「旅立ち!エントリー号の出会い」

 その就活生が一流かそうでないか、移動時間の使いかたを見れば、すぐわかってしまいます。


 丸一日の船旅の間、できる限り生産的にすごせるよう、同乗の就活生たちはさまざまに工夫をこらしていました。

 ビジネス書や、自己啓発本を読むもの。

 手あたり次第に声をかけてコネクション構築をもくろむもの。

 じっと目をつむり、マインドフルネス瞑想を実践するもの。

 それからもちろん、カツバトに興じるもの……。


 しかしアナウンスがかかると、全員わちゃわちゃとはしゃぎながら、デッキに上がっていってしまいました。

 世にも珍しい、白クジラが見られるかもしれないというのです。


 結果、だだっ広い三等船室にはただ独り、いつものように本を開く気力もなく、死んだ目で天井を見つめるリョウだけが残されました。


 シズナはどこに行ってしまったのでしょう?


 ――それは、こういうわけなのでした。


 今朝、ろくに荷物をまとめる余裕もなかったリョウがふらふら港にあらわれると、同じく身ひとつのシズナがもう、待機していました。


「おはよ。だいじょうぶ? ぐあい悪いの? 眠れなかった? 頭痛い? お腹は?」


 チケットの確認を済ませ、列に並んでいる間、シズナはまだ甲斐甲斐しさ全開でした。

 けれども、よろよろタラップを渡り終えようという、記念すべきその瞬間、


 ――どん!


 と、リョウは背中をおされ――いや、蹴飛ばされ、前のめりになって、危なくデッキに手をつきました。いったいなにがおこったのか、頭がぐるぐるしながら振り仰ぐと、そこには、つめたい目で見おろすシズナ。


「――はい。もう逃げられない」

 シズナの声が、一気につめたくなりました。

「ここからは、びしびし、やらせてもらうわよ」


 汽笛が上がり、手をふる人々の、さまざまな歓声が万国旗といっしょに飛びました。


「だからあんたは、きちんと立ち場をわきまえて、わたしを失望させないよう、よくよく気をつけて振る舞いなさいね。あんた、もう、帰るところなんてないんだから」


 岸壁が、ぐんぐん遠ざかって行きます。


「――じゃ、わたし、特等だから」

 ――あんた、雑魚寝で、適当に過ごしといて。


 別に、シズナの豹変はそれほどショックでもありません。むしろ、はじめて会った時の態度にもどって、いくらか安堵しているくらいです。それよりも頭のなか、九割がたのシェアを占めてやまないのは、昨日の――。


 落ちつかず、なんとか身体を起こしてみたものの、抱えたひざとひざとの間、夕日のように沈んでいこうとするリョウの顔のすぐそこに、すっと手のひらが差しだされました。

緑色の、丸薬のようなものが乗っています。


 顔を上げると、立っていたのは――とにかく、男でした。


 いったい、どう説明したらいいのでしょう。


 頭には、コック帽。歯医者さんみたいな、ヘッドミラー。家庭教師然とした、メガネ。左手に、モップと警棒。エプロンの下に、上半身は、船員服。下半身は作業ズボン。腰もとに、七色のケータイ電話……。


 そして背中に、すやすや眠る赤ん坊。


 リョウが唖然としているのにもかまわず、男は、

「これ、飲めよ」

 と、なおも薬をすすめます。


「船酔いじゃ、ないのか?」

「あ……。いや、……ちがいます」

「何にしても、気分、相当悪そうだぜ。これ、持っとけよ。頭痛、腹痛、神経痛、風邪に、吐き気に、ムシさされ、てな具合に、具合が悪けりゃ何にでも効くからさ」

「いや……。だいじょうぶです」


 関わらないでおこう。それが、リョウの判断でした。


 しかし男は、

「いや、いや。だいじょうぶ。怪しいもんじゃないよ」

 それは、自分のことでなく、薬のことでした。


「なんてったって、これ調剤したの、オレだからさ。自信を持って、勧められるよ」

 男は、自分自身が怪しまれる可能性は少しも考慮していないような口ぶりで力説しています。リョウは、かすかに眉を顰めながら、尋ねました。


「お医者さん? ですか?」


「ああ、時たまな。そして時たま、薬剤師だし、時たま、漢方カウンセラーだってやりたくもなるよ」

 その言いかたは、どこまでもアッケラカンとしていました。

「まあ、いらないなら、むりには勧めないさ」


 男がそう言うので、リョウはほっと息をついたのですが、


「でも、じゃあなんだ、腹、減ってるのか?」

「え、いや――」

「朝飯は?」


 リョウは、かぶりを振りました。


「そりゃ、大変だ」

 さも一大事、といったふうに、目も口も、めいっぱいに大きくして男は言います。


「そりゃ、そうさ。日常茶飯事って、一大事だよ。食うもの食わなきゃ、元気もでない。悩みやユウウツってのを、朝飯前にやっつけるには、まず朝飯を食わなきゃならんっていう、大いなるムジュンがそこにはあるのさ。――行こうぜ」


 ぐっと、男は、リョウの手をひっぱりました。

 リョウは思わず、立ちあがりました。


「どこに?」

「オレ、作ってやるよ。食堂で、バイトしてるからさ」

「コックさん?」

「時たまな」


 ちからづよく、そう言って、――しかしむりやり連れていこうとするわけでもなく、男はいったん目を落としました。

 あかがね色の本を、見つめているのです。


「それ、――大事なもんなんだろ?」


 その大事な本を持って、リョウは、男とともに、狭い廊下を歩いていきました。


 足がふらつくので、肩を貸してもらっています。

 男は足の運びにあわせて、いち、に、いち、に、と元気よく声を上げていたかと思うと、そのうち鼻歌をうたいだし、ついには、大声で、異国語か何か知りませんが、気持ちよさそうに歌いだしてしまいました。


 リョウは、よっぽど、逃げ出してしまおうかと思いました。しかしこの男、ちょっと、ふつうじゃないようなので、あんまり刺激してはまずい、という気もするのでした。それでおずおずと、歌のことを尋ねてみると、

「――ああ。昔、ラクダ乗り、やっててさ!」

 と、答えともつかない答えが、返ってくるばかり。


 向かいから、船員が二、三人、こちらに向かって歩いて来るのが見えた時、リョウは必死に顔を俯けました。だって、こんなわけのわからない人といっしょくたにされては、たまらないと思ったのです。


 しかし船員たちはすれちがいざま、このうえなく親密な笑顔を向けて、


 ――おう、タナカ! さっきは、ありがとな!

 ――あら、タナカ君! 相変わらず元気ね!

 ――タナカさん! 例の件、あとで、よろしくおねがいします!


 タナカ。それが、男の名前なのでした。


「あれ、言ってなかったっけ」


 リョウはまじまじと、船員たちの後ろ姿を見たまま、うなずきました。

 それからタナカは、あらためて、自己紹介をしてくれました。


 好きな食べもの。

 好きな色。

 好きなスポーツ。

 好きな樹木。

 好きな花。

 動物。山脈。河川。湖。


 ……好きな牧場、のあたりでリョウは、思わずストップをかけました。


 そして、なれない敬語で、尋ねました。


「けっきょく、何をしている、方なんですか?」

「何をしてるかって?」

「ええと――」


 通じているのか、いないのか。するとタナカは、ポン、と手を打って、


「ああ、オレが何者か、みたいな話か? そうだなあ。それ、死ぬ時に、もっかい聞いてくれよ!」


 どうも、はぐらかしているふうでもなく、どこまでも他意のない笑顔で、リョウの目をまっすぐに見てそう言うのです。


 リョウは、目を逸らし、

「そうじゃなくて、仕事は、コックさん、じゃないんですか?」

「ああ、時たまな」

 すれちがう少年とハイタッチしながら、タナカはやはり、アッケラカンと答えます。


「船員さん? 船医さん? 船大工さん?」

「ぜんぶ、時たまさ」

 階段をひとつ、上りました。


 けっきょくリョウの知っている言葉をがんばって当てはめると、タナカは、つねにいくつものアルバイトを掛け持ちしているフリーター、ノマドワーカー、とでもいうことになりそうでした。


 そんな、まさか?

 リョウには、不思議でなりませんでした。


「どうして、就活しないんですか?」

「どうして、って?」

「だって、そんなにいろいろなスキルや、経験を持っているんだったら、すごく、すごい、就活生になれそうなのに」

「でもさ。就活、しなくったっていいだろ?」


 ふたりの目が、合いました。

 タナカは、ものしずかに、語りはじめました。


 砂漠で見た夕焼け。

 薄曇りの空を埋めつくす渡り鳥。

 星々にかしずかれた三日月。

 霧の峡谷にゆらめく大樹の影。

 山際をなぞる黄金いろの朝日。


 ――それはタナカが、いろいろなところで、いろいろなアルバイトに従事するなかで、じぶんで見た、聴いた、感じた、味わった、鮮やかなエピソードの数々でした。


 リョウは、すぐに理解することができました。

 本を抱えた手が、ずっと、震えていました。

 これは、嘘なんかじゃない。物語なんかじゃない。

 ぜったいに、ぜったいに、ぜったいに。


 ふたりはまた、階段を上りました。


「――そういや、名前は?」


 リョウは、名乗りました。就活生みたいに、れいれいしく、どうどうと。

 しかしタナカは、とくに褒めてくれるわけでもありません。


 リョウは、ちょっぴり不服でしたが、それでもおどろいたのは、このタナカがなんとリョウと同年輩、どころかまったくの同年齢の青年だったということです。


 リョウのなかにはもう、タナカへの、畏敬めいた気持ちが萌しているのでした。

 

 けれども、タナカは言いました。

「敬語。やめてくれよ。せっかく、同い年なんだからさ」


 もうひとつ階段を上るとき、今度はリョウのほうが、物語を聞かせていました。

「――けっきょくその王様は、わんわん、わんわん、泣いてしまいました、とさ」


 聴き終えるとタナカはすぐ、

「今の話で思い出したんだけどさ。オレが、きこりをやってたころ――」


 リョウもリョウで、

「じゃあ、こんな話はどうかな。タナカ青年は、大きな大きなクジラの背中に住んでるんだけど――」


 タナカは、

「クジラの中に住んでたってひとが、昔、アルバイトしてた玩具屋の店主でさ――」


 リョウは、

「玩具屋でアルバイトするタナカ青年は、ある日、龍のたまごをあずかって――」


 まるで、殴り合いでした。物語と、実体験との、ぶつかりあいです。

 最後の階段を上るとき、あたりには、ふたりの笑い声だけが響いていました。

 おかしくて、おかしくて、涙さえ、ながれるくらいでした。

 ふたりして、勢いよくドアを押し開くと、デッキから、潮の匂いがいっぱいに、吹きつけてきます。

 

 リョウは、胸がいっぱいになりました。

 もう、時間がきたと思ったからです。

 最後に、とっておきの物語を、タナカに聴いてもらおうと思いたちました。

 リョウは、つぶやくように語りはじめました。


「あるところに、青年が住んでいたんだ。そのひとは、就活生に、ずっとあこがれている。いや、あこがれていたんだ。するとその青年の前に、ふしぎな女のひとが、あらわれて――」


 タナカは黙って、うなずきも、首を傾げもせず、最後まで、聴いていました。


 リョウは不安に思いながら、それでも、話をむすびました。

「それで、彼は父のことを知るために、就活生に、なりました」


 そして、小さく、つけくわえます。

「つづく」


 しかし、タナカは無反応。

 だんまりの時間に耐えきれなくなったリョウが、せびるような、少し拗ねたような目くばせをしてしまうと――するとタナカはとつぜん、


「なあリョウ、あれ、見えるだろ?」

 そう言って、タナカが指差したのは、後方のメイン・マスト――観光用の、お飾りです――でした。

「あのまわりをさ、目をつむったまま……三周、まわれるか? できそうだったら、やってみろよ」


 リョウは、首をかしげました。

 しかし、なぜとは問いませんでした。片手を柱に当てながら、言われたとおり、回り終えると、肩をたたかれました。


 目を開けると、そこにはコック帽も、赤ん坊も、メガネもモップもその他諸々もない、ただのタナカが立っていました。


 つぎに、タナカは、前方の、見張り台を指差します。

 すぐにふたりして駆け寄りました。


 リョウは、見上げて言いました。

「これも、観光用、だよね?」


「なんて、野暮なこと、言いっこなしさ」

 するとなんと、タナカは、ロープを掴んで、ぐいぐいのぼりはじめたではありませんか。


「おいリョウ」と、上から声がかかります。「早く、来いよ!」

 リョウは――。







 手のひらを真赤にして、息をきらしながら、どうにかのぼりきると、ひと足先についたタナカの後ろ姿が、赤黒く映えています。


 はげしい風が、ふいていました。

 そして光。


「どうよ。なかなか、本格的だろ?」


 リョウは、タナカには見えていないでしょうが、うなずきました。

 そして肩を並べて、かなたに目をやると――。


 リョウは、息をのみました。

 その光景はとても、言葉なんかではあらわせそうにありませんでした。

 するとタナカは、どこか照れ臭げに、しかしちからづよく、こんなことを言ったのです。


「じぶんに恥じたくない――ってさ。そう思ってんだよ、オレ」


 もういちど、はっきりと、くりかえします。


「じぶんに、恥じたくない」


 リョウは、もの問いたげなまなざしを向けました。しかしタナカは、遠くを見つめているばかり。

 そこで、まぶしい光のなかに、リョウも、まなざしを投げました。

 ふたりとも、黙っていました。


 どれくらいのあいだ、そうしていたでしょう。

 リョウは、時をわすれました。



以上、第1期「伝説の就活生、レジェンド・リクルート」となります。


第2期も、明日より更新して参りますので、

引き続き、何卒宜しくお願い申し上げます。

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