表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第1期「伝説の就活生、レジェンド・リクルート」
14/251

第13四半期「誕生、就活生リョウ」

 それから一週間のうちに、いったい、どんな大事件があったでしょう?


 なんにもありませんでした。

 なにもかもが、いつものように、退屈に、穏やかに、けれどもあっという間に過ぎていきました。


 オカミは茶の間でパイプをくわえ、お茶を飲み、窓の外をボンヤリ眺め、たいせつな本のかたわらでうたた寝するリョウに、そっとタオルケットをかけました。


 それから、洗濯して、ご飯をつくって、お風呂を沸かし、就活生どもをたたき返して、蒲団にはいる。その、くりかえしでした。






 

 その夜、街では大きな音楽が響いていました。

 証明書のかたづけが一段落し、ゴーダの呼びかけでお祭りが開かれているのです。

 ここでも、かすかに聞こえます。


 オカミは、ガラス戸を閉めました。

 畳の上には、ちゃぶ台。その上には、魚の煮つけ、かぼちゃの煮物、大根のつけもの、海藻のみそ汁、それから、ご飯。


「うわあ」

 リョウは上ずった声で言いました。

「いただきます」


 オカミは、ちらりとリョウを見ました。

 ふたりは、黙々と食べました。


「――ん」

 と、リョウが茶碗を差し出しました。

「おかわり」


 オカミは、よそって返しました。

 リョウはそれからもう二度、おかわりしました。







 音が止み、さっきオカミの閉めたガラス戸を、リョウはしずかに開けました。ひんやりした夜気と、虫の声が混じりこみました。


 暖簾の向こうから、二つ湯呑みの乗ったお盆を持って、オカミがでてきました。


 リョウは「ありがとう」と言いました。


 オカミは、黙っています。


 リョウは、あちち、あちち、と言いながら茶をすすって、

「ねえ、オカミさん」

 と、言いました。


 オカミは、リョウに目を向けます。


「オカミさんは、さびしくならないの?」


 実は、鉄拳覚悟の問いでした。けれどもオカミの反応は、リョウが想像したのと、まるで裏腹。おもしろい冗談でもきいたような、屈託のない笑いをもらしたのです。


「さびしくてたまらないわよ、とか言ったら、どうする?」


 リョウは、あいまいに笑いました。


「そうなの?」


「リョウちゃん。いつだったかも口、酸っぱくしたっけね。もう一度言うからよく聞きなさい。リョウちゃん、生活っていうのはね、こういうもんなの。これが生活なの。さびしいから、馬鹿さわぎに紛らそうだとか、退屈だから、ドンパチおっ始めようだとかね。アタシたち、そんな考えに囚われちゃ、いけないの。そういうところから、全部のまちがいってのはおこってくるの」


「でも」


「でもじゃないの」


 リョウはさらにもう一歩踏みこんで、


「後悔とかは、ない?」


「……さあ、どうかしらね。なにせ、そんな記憶力ってのが、よくないほうだからね」


 そう言うなりオカミは腰を上げて、


「さてと、――そろそろ、お風呂の支度でもするかね。リョウちゃん、そしたらあんた、先に入っちまいなね。アタシは――」


「ねえ、オカミさん。オカミさんはどうして、オレをここまで、育ててくれたの?」


 オカミは急いで空にした湯呑みをかたづけようとして、前屈みになったまま、動きをとめました。そしてゆっくり、姿勢をもどし、


「アンタ。どうしたの、そんな、急に……」


 リョウも、立ち上がりました。


「オカミさん。オレ、だめだよ。オレ、やっぱり無理みたいなんだ」


「なにが」


 と、オカミはつぶやきます。


「オレ、オカミさんみたいには、生きられそうにない」


「そりゃ、アンタまだ、ガキんちょだもの。そのうち、わかるわ。アタシが言ってきたことの意味が。頭じゃなく、骨身に染みてね」


「オカミさん。オレ、もう子どもじゃないよ。もう、二十二なんだよ」


「まだ、二十二なのよ。人生は、つづいていくわ、リョウちゃん」


「ダメなんだよ、オカミさん。オレ、耐えられないんだ。ただ生きていくだけの人生なんて――」



「リョウちゃん!」


 オカミの声が、一線を越えて鋭くなりました。



「それを言わないうちと、言った後とじゃ、明らかに、一切合切変わっちまう言葉ってのが、この世界にゃ、あるからね」


「それは、覚悟してる。オレ、考えたんだ、この一週間」


「リョウちゃん」


「オカミさん。オレ――」


「やめなさい」


 しかしリョウは、オカミの目を見ました。


「やめて。――お願い。やめてちょうだい、リョウちゃん」



「――オレ、就活したい」


 その時ばっと、外が光りました。後夜祭の花火でした。



「なんで」


 オカミは、やっとそれだけ言いました。


「どうしてよ……」


「父さんのこと、知りたいんだ」


「死んだのよ」


「わかってる」


 リョウは呼吸をととのえて、


「わかってるよ。でも、このままじゃ、父さんが、あんまり可哀そうだ」


「可哀そう? ――あの男が!」


 ぐっと顔をゆがめてオカミは言いました。


「当然でしょうが。鞭打たれようが、唾吐かれようが、忘れ去られようが。あの男が、しでかしたことを考えれば――」


「父さんが、何をしたの? カツバトを、つくったんじゃないの?」


「知らなくていい!」


 オカミは、断固たる口調で言いました。


「アンタは、知らなくていい。知る必要なんてない。知ってほしくない……」


「オレ、知りたいよ」


「知って何になる!」


 いよいよオカミは、叫びました。


「何にもなりゃしない、不幸になるだけよ! アンタ、どうして、それが――」


「わからないよ。知らなきゃなんにもわからない。何にもできないよ。オレが、前にすすむことだって」


「知ったふうな口を利くんじゃない!」


「オカミさん! オレの話を、聴いてよ!」


「リョウちゃん!」


 オカミは、いっそう声を荒らげますが、それは、懇願するようでした。


「人生は、物語じゃないの! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。なのにどうして、戦う必要があるの。アタシは、アンタの――! アタシが! どれだけ!」


「オカミさん!」


 リョウは、背すじをのばし、両腕をまっすぐにたらし、かかとをそろえ、上体を、九十度に――。

 オカミはおびえた子どものような表情のまま、もう、何も言えなくなってしまいました。



「――宜しくお願い、致します」

 


 お辞儀。


 就活生リョウ、誕生の瞬間でした。
















 翌朝10:00、定刻通りに、旅客船エントリー号はボッチ島から出航しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ