第12四半期「結成?就活同盟」
シズナはリョウの返事も待たず、すぐ隣に腰を下ろしました。
そして、昨日とは打って変わった人懐っこい調子で、
「――名前、まだ教えてなかったわよね。わたし、シズナっていうの」
小首など傾げ、ニコッと笑ってみせます。
「あなたは?」
リョウは、どぎまぎして目を逸らしてしまいました。
「あ」
と、言葉につまって、
「リョウ、――だけど」
「わあ! いい名前ね!」
シズナは、あくまで愛らしさ全開に言いました。
「すごく、素敵!」
「……あの、……えっと……」
リョウは、目をぱちぱち。いろいろ不可解なことはあるのですが、何から尋ねていいのやら。
戸惑っていると、そのすきに、シズナはリョウのひざの上のあかがね色の本を、なんとひったくってしまいました。
「あ!」
はげしく奪還を試みるリョウを片手で軽く鎮圧しながら、シズナは、もう片方の手で乱雑にページを捲っていきます。
しかし……。その表情は、どんどんくもっていくばかり。
「何よ、これ」
失望のつぶやきとともに力がゆるみ、本はようやくリョウに返ってきました。
「これ、昨日の本じゃないの?」
「昨日の?」
急に、大きな声がでました。
「それじゃ、やっぱり――」
「昨日、この本、青く光ってたでしょ? あれ、わたしの見まちがい? あの時、あんた、なにかつぶやいてなかった? あれは、わたしの――」
「ううん」
リョウは、がんばって興奮をしずめながら、口にしました。
「オレ、言ったよ。カツバト・プロトタイプ起動――」
「そう!」
シズナは右肩上がりに愛らしさを急回復させて言いました。リョウの手をにぎって、
「それよ! それが聞きたかったの!」
「カツバト・プロトタイプ起動――」
「うん、うん。――それで?」
「パスワード――」
――その先は? 不思議なことに、全然、思いだせそうにありません。
「その本に、書いてあるんじゃなかったの?」
「うん、――書いてあったんだ。たしかに、昨日は」
「どういうこと?」
シズナは、幼稚きわまりない物語のぎっしりつまった薄気味悪い本を指差しながら、それこそ物語のヒロインさながらの可憐な口調でお願いしました。
「じらさないで、教えてほしいな」
「あれは、オレじゃなくて、父さんの書いた言葉だったんだ。父さんの書いたパスワード、父さんの書いた企画書、父さんの書いた図面……。オレ、昨日たしかにこの目で見たはずなんだけど、逆に言うと、昨日しか、見たことなかったっていうか……」
「ふうん……?」
シズナの顔から、笑みが消えました。頭の中では、ホロウワーク打倒計画の修正作業が急ピッチで進行中。そうとは知らないリョウは、さっき思いだせなかった言葉をもう一度探りあてようと、本を何度も、何度も捲ってみるのですが、やっぱりどこにも昨日のページは見つかりません。
何往復目かの確認作業中、シズナが、不意にこう切りだしてきました。
「わたし、あなたにお願いがあるんだけど」
そしてどこから取りだしたのか、差しだしたのは――昨日リョウに肌身離れず密着していたはずの、カツバト・プロトタイプでした。
「わたしと組んで、就活しない? わたしと、ZAKURO社に、挑戦してみない?」
海鳥が、飛び立ちました。
リョウは、おうむ返しに問い直しました。
シズナはうなずき、もう一度、はっきりと明言しました。
「でも、だめだよ」
リョウは、ひざの上の本をぱたんと閉じて言いました。
「昨日みたいなことがどうしてできたのか、オレ、よくわからないから」
「それは、きっとだいじょうぶ」
ふと、シズナの身体がきれいな光をまとった気がして、リョウは目をこすりました。
「きっと、だいじょうぶよ。あとは? なにかある? 心配なこと」
リョウは、もそもそと打ちあけました。
「オカミさんが、なんていうか」
「オカミさん?」
「うん。オレの、育ての親なんだ」
シズナの目もとが、ぴくんとひきつりました。
「そう。それでその人が、どうしたっていうの?」
頭上から、日が差してきました。しかしリョウの身体は、ぐじぐじとしおれていくばかり。
「就活が、すごくきらいで」
「うん」
「就活生も、大きらい」
「うん、うん」
シズナは、あくびをこらえながら、人たらしを意識して相づちを連打しつづけました。
「だから、オレが就活するなんて言ったら、なんていうか――」
「でも、いいの?」
そう言ってシズナの発した問いかけは、実に、クリティカルなものでした。
「昨日のこと、なんにもわからないままで。それと同じ本、あの男も持ってたわよね」
リョウのなかで、風向きが一気に変わりました。
父さん。キリサキ専務。どっちが「カツバト」のほんとうの開発者?
そして、朱雀。あかがね色の本。
いったいどんな関係が?
昨日たった一日でリョウの頭上にはこんなにもたくさんの疑問の星々が、ばあっとぶちまけられたわけでした。目が、ちかちかしてきます。
「ぜんぶ、つながってくるんじゃない?」
シズナは言いました。
「ZAKURO社の一点で」
リョウは、頭上の星々をそっと線でむすんでみました。
現役の役員であるキリサキ専務はもちろんのこと、きのう見た企画書が本物なら、マサシもまたZAKURO社に所属していたことになりますし、絶対内定者とまで呼ばれる朱雀は、当然、就活の最高峰・ZAKURO社の選考にあらわれるでしょう。
急ごしらえの仮説の星座が、びかびかびかっと、無視できない存在感で輝きはじめました。
――うまくいったわ。
渡りに船とばかり、シズナはポケットに手を突っ込むと、船のチケットを取りだして、そのまま今度は、それをリョウのポケットにねじ込んでしまいました。
「一週間後。ここで会いましょう」
立ち上がって、シズナは言いました。
「ここからはじまるのよ。わたしたちの物語が。……ね、レジェンド・リクルート」
そして、リョウの返事も待たず、走り去ってしまったのでした。




