第10四半期「vs 絶対内定者、朱雀(後編)」
朱雀が取り出した本――それは、ひろく流通している本ではありません。
「なるほど、主たる購買者は二十代男性なのですね。勉強になりました」
で、すむような話ではありません。
「――女」
と、朱雀はあくまで威圧的に、問いかけました。
「その本を、どこで、手に入れた」
シズナにしてみれば、理解不能でした、なぜこんなもの、気にかけるのか。しかし、願ってもない交渉材料の出現です。
「これが、気になるの?」
「聞かれたことにだけ答えるがいい」
朱雀は圧迫面接然とそう言って、重なった就活生たちの頭や背中を容赦なく踏みつけながらこちらに向かって降りてきます。
「ほしければ、あげるわよ。全然。ただしさっきの話、前向きに検討してくれるならね」
もちろん、リョウは黙っていられません。
「ダメだよ! それは!」
それまで暗がりで様子を見ていましたが、慌てて明るみにとびだしました。朱雀は立ち止まり、何かを確かめるように、じっとリョウの全身を見つめています。
「あのね……TPO考えなさいよ」
シズナはリョウに駆け寄って、きつく、ささやきかけました。
「いま、ビジネスの話をしてるんだから」
「それ、返してよ。オレの、大事なものなんだ。父さんの形見なんだ」
「だったら、そのカツバト返しなさいよ。――それだって、わたしの――」
シズナは少し言いよどんで、
「――わたしの、ものなんだから」
「だって、――しかたないよ、外れないんだから」
「わたしだって、欠かせないもん」
「そんな。めちゃくちゃだよ」
「あのね。世の中って、こういうものなのよ。時に理不尽な仕打ちにも、耐えていかなきゃいけないの」
「――いやだ!」
リョウは本を、ひっぱります。
「ちょっと!」
シズナも、ひっぱります。
「返して!」
また――やぶれないかと、ハラハラしながら――リョウはひっぱります。
「ハラスメントよ、これ!」
シズナもまた――こちらは、がむしゃらに――ひっぱります。
それからしばらくの間、ひっぱって、ひっぱり返して、またひっぱって――インフラ志望の就活生を、永久機関の実現も夢じゃないと勇気づけてくれそうな規則的往復運動は、しかし意外とあっけなく終わってしまいました。ふとわき見をしたシズナが、
「――あ!」
と声をあげ、とつぜん、本をはなしてしまったのです。
おかげでリョウは、すっぽぬけた本もろとも、ひっくり返って頭をごつん。
同時に、いっそシズナも、ひっくり返ってしまったほうが幸甚といえたかもしれません。しかしちょうど朱雀の真正面に踏みとどまってしまったばかりに、危機がせまっていました。
朱雀はいまや、直立不動の構え。
身体の側面に、まっすぐ伸ばした両手を添わせ、瞑目し、口を真一文字に引き結んでいました。
――お辞儀、です。
もし、直撃をくらえば――。
額の衝撃で、地割れが起きたら――。
恐怖、それがシズナの所感でした。ほんとうに、御無沙汰の感覚です。
リョウだって、リスク認識はできていました。でもどうすることができるでしょう。
これが物語なら、話は別です。でも誠に遺憾ながら、現実のリョウはあまりに情けなく、まなざしだけが御多忙にあちこち飛びまわっている始末――ただその時、開かれたまま落ちているあかがね色の本が、目につきました。紙面が、うっすら光をたたえています。
「本日は。貴重な御命、頂戴いたしまして――」
朱雀が、とうとう挨拶を始めました。
お辞儀まで、あと数秒。リョウは、いのるような気持ちで――もちろん、今後のご多幸ご活躍などといわず、今一瞬の生存をいのる気持ちで、本をのぞきこみました。
そして、そこに青く浮かびあがっている文字を、かすれ声で、つぶやいたのです。
「――カツバト・プロトタイプ、起動!」
「――誠にッ!!!!!!!!!!!!!」
「――パスワード、『――』!」
その瞬間、何もかもが、光に包まれていきました。
「レジェンド・リクルートの物語」。
わたくしは、
なんでもできる就活生
その名もレジェンド・リクルート
世界を変えるぞ 他者実現
社会に 世界に 宇宙に貢献
過去や未来に飛び込み営業
光の速さで イノベーション
(一部抜粋、リョウ、二十一歳の時の作品)




