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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第19四半期「大ナマズ救出作戦」

 朝日がまぶしい。

 雨はもう上がっていた。


 緑色の本をたずさえて、エリカは走っていた。

 朝寝坊をしたわけではない。けっきょく、この時間までかかってしまったのだ。


 いっぽう、サカミとネズミもAZUMANISHIKIに向かっていた。

 最終目的地は日曜亭だが、サカミとしては、やはりあの大ナマズが気がかりなのである。

 昨日は作戦らしい作戦もなかったが、今日はきちんと用意がある。

 といってもネズミとしては、


「いや、おじさん。そこまで期待しないでくださいよ。僕も実際に使ったことはないんですから」

 ということなのだが……。


 そして三人は、とうとうAZUMANISHIKIタワーの前で鉢合わせたのだった。


「あ――」

 初めに気がついたのはネズミだった。

「エリカ!」


「ネズミ君!?」


 と、一緒にいるのは……。

 エリカには見覚えがあった。

 大学の入学式で、当時ZAKURO社の人事部長を務めていたサカミはその年の業界人代表として登壇し、エリカたち新入生に「激励の言葉」をおくったのである。


「そんな事もあったかな」

 と、サカミは苦笑する。

「まあ、もう昔の話だね」


「でも、どうしてこんなところに? どうしてお二人が一緒にいるんですか?」


 おまけに二人とも妙な帽子をかぶっている。何やら、プロペラのような竹とんぼのようなものの生えたベレー帽だ。ネズミは先っぽに手袋を括りつけた、これまた妙な釣竿を持っている。


 ――ふうむ……とんだところを見られたものだな。

 サカミは思った。


 ともあれ、まあファッションセンスを疑われるのはしかたないにしても、これ以上人目につくのは避けたい。三人は、ビルの脇の暗がりで話をすることになった。


「あの……」

 エリカは指摘していいのかどうか若干迷いながら、

「その帽子は?」


「ただの帽子じゃないんだよ、エリカ」

 ネズミは弁解するように言った。

「もちろん、こんなの家からずっとかぶってきたわけじゃないよ。今まさに、作戦決行直前だったんだ。そうですよね? おじさん――」


 と、かたわらのサカミを見て、あ、とネズミは失言に気がついた。

 あのナマズについて、エリカがどういう認識を持っているかわからない以上、こちらから救出作戦を明かしてしまうなんてうっかり以外の何ものでもなかった。ただでさえ、今のエリカはゴーダ・花鏡院とちかしいところにいるというのに――。


 どうにか誤魔化しにかかろうとしたそのとき、意外にも、サカミのほうからこう言った。

「屋上の大ナマズを知っているかい?」


「あ」

 と、今度はエリカがいろいろな勘繰りを働かす番だった。

「し、知ってます……けど」

 緑色の本を、とっさに背中に隠した。


「僕たちは、彼を助けたいと思っていてね」


「え!?」


 エリカは目を丸くした。

 ネズミの目も丸くなっていた。長い前髪の下で。


「あ、あの、それって……」


「まあ、作戦はシンプルでね」

 サカミは平然と説明をつづける。

「彼、ネズミ君が釣竿で、ナマズを釣り上げる。……釣ったナマズを、どこか安全な場所へ放す。以上なんだが……」


「ま、待ってください!」


 エリカはさっき隠した緑色の本を示して見せた。


「ん……。これは……?」


「わたしも、助けに来たんです! ナマズさん!」


 えっ、とネズミはおどろきの声をあげた。が、サカミはさもありなん、というふうに一つ、うなずいただけ。

 動機については深く問おうとせず、


「君にも君なりのやり方が?」


「ここに……」

 エリカは付箋を貼ったページを示した。

「書いてあるんです。今、起こっていることとそっくり同じ内容の物語が」


 サカミはうなずいて、

「なるほど……。『貢献の儀の物語』……?」


 エリカはサカミを見上げた。

「読めるんですか?」


「いや、……まあ、素人なりの語学力だが。君こそ、読めるのかい?」


「エリカは大学生なんです」

 ネズミがどこか誇らしげに耳打ちした。


「ふうむ……。なるほど。……で、エリカ君」


「は、はい!」

 エリカは身体をかたくした。


「君は、この物語にヒントが隠されていると、そう考えているんだね?」


 サカミのまなざしは真剣そのものだ。

 エリカは、思い切ってこう答えた。


「ヒントじゃなくて、答えそのものです

「ふうむ……。と、いうと……」


「わたし……ここに書いてある『Mana』っていう言葉が気になるんです。Manaにより、動物たちは言葉を覚えた。そのことでかえって、Manaの欠乏に苦しむようになった、って」


「Mana……魂、精神、息吹、のようなものだろうか?」


「ご存知なんですか?」


「いや……。まあ、それも素人なりに、だが。それで、君は――」


「わたし、就活学部なんですけど……でも『物語』をヒントに、就活のことを考えてみたいと思っていた時期があって。だって、就活って自分の物語を創ることでしょ? だとしたら、今の世の中の大きな物語になじめず、生き辛さを抱えている人たちが、それぞれ自分独自の、ちいさな物語を紡ぐちからを研ぎ澄ましていけば――」


 サカミは興味深く聴いていた。が、エリカ自身は話が脱線していることに気がついて、


「……すみません。あの……それで、わたしこの『Mana』っていう言葉が、他のところでどういう使われかたをしているのか、この物語から抜き出してメモしてみたんです。そしたら、あることがわかったんです」


「何だい?」


「このManaっていう物質、っていうかエネルギーみたいなもの、『ウツロニウム』と、すごくよく似ているんです」


「そうか……」


 サカミは目の醒めるようなここちだった。すなおにエリカの言葉を受け容れて、考察した。


「その物語にある真実が含まれていると仮定するのなら、『Manaにより動物たちは言葉を覚えた』……これは今まさに起こっていること、つまり花鏡院コーポレーションの管理するウツロニウムの流出により、近隣の生物たちに異変が起こっているという事態を指すというわけだね?」


 エリカは驚嘆しながら、うなずいた。


「だとすると、その物語の結末部分を参照すれば……おのずと解決策もあきらかになってくる」


 エリカはまた、うなずいた。

「……だと、思います」


「なるほど。……だとすると、僕らは期せずして、互いに足りないものを補い合ったことになるわけだね」


 エリカは首を傾げた。


「僕らは彼を外に運び出す手段については、万全の準備をしてここにやって来た。そうだね、ネズミ君?」


「いや、万全とはいえないですけど……」


「だが彼を川に逃がした後、彼の望み通り『ふつうのナマズ』に戻してやる手段がわからない。その点を、エリカ君、君がフォローしてくれたわけだろう?」


「あ、……はい。そうです」

 エリカは力強く返事をした。


「だが君は……どのようにして彼を連れ出すつもりだったんだい?」


 そうだった。エリカは指摘されて初めて気がついたのだが、その具体的な手段についてはまったく思考が及んでいなかった。


 屋上に行くにはエレベーターに乗らねばならないし、エレベーターに乗るためにはフロントを通らねばならない。

 エリカがゴーダの知り合いだからといって、まさかナマズを抱えたまま出ていこうとするところを、従業員たちが見逃がしてくれるはずもない。責任問題に発展すれば、エリカのせいで彼らの首が飛びかねない。


「だから僕らは、中を通らずに直接、屋上に向かうことにした。……そうだね、ネズミ君?」


「まあ、そうなんですけど……やっぱり不安だなあ」

 前髪を掻き上げながら、ネズミは言った。


「そんな事、できるんですか?」

 エリカは素朴な疑問を表明した。


「そのための、この帽子さ。……ネズミ君、説明を頼む」


「ああ、はい……まあ、説明ってほどじゃないんですけど……考え方としてはシンプルで、このプロペラが、回る。僕らは、飛ぶ。それだけの話なんだ」


 エリカは帽子を受け取って、じっくり観察してみた。でもちょっと、にわかには信じられない。


「まあ、そうだよね。僕自身、半信半疑なのさ」


「彼はなかなかの鬼才でね」

 サカミは言った。もちろん皮肉ではない。

「他にも……あれは、何だったか」


「ああ、『どこへでも扉』とか『もしもし箱』とか、いろいろアイデアはあったんだけど……でもまあ、今の僕の実力とうちにある部品で実現できそうだったのがこの『タケキャプター』だけだったのさ」


 ネズミいわく、「キャプター」はキャップとヘリコプターをかけているらしい。「タケ」は、プロペラの回る様子の「猛々しさ」からとのことだが……エリカはなんとなく、あまり深く追及しないほうがいい気がして黙ってうなずいていた。


「全身緑のカマキリ人間になって、外壁をよじのぼっていくというアイデアもあったね」

「あれは……まあ、深夜のテンションですよね。実現性でいったら、かなり難しいほうなんで」


 なんだかスッカリ意気投合しているらしい二人を、エリカは微笑ましい気持ちで見つめていた。


「さて……」

 ふっとサカミが真剣な表情にもどって、タケキャプターをかぶった。

「行くか」


「はい、おじさん」

 ネズミも。


「あの……わたしは……」


 エリカのぶんがない。


「あ、悪いね、エリカ。……このタケキャプター、二人分しかないんだ」


「……ここはまず、僕たちに任せてもらおう。君は、その『貢献の儀』の準備を」

 サカミが促した。


「それなら、まず川に、ナマズさんをもどしてあげないと――」


「どこでもいいのかい?」


「あ、はい。でも――」


「なるべく人目につかないところがいい。……そうだね?」


 エリカはうなずいた。


「あ、じゃあさ、エリカ。……あそこは?」


 ネズミはある川を挙げた。そこはネズミやエリカらが少年少女だったころ、よく水浴びや魚釣りをして遊んでいた場所だ。リョウはゴーダに突き落とされて、何度もずぶ濡れになっていた。そのたびエリカは、身体をふいてあげたものだが……。


 ――あの頃は、何も意識してなかったのに……。


 せつないざわつきを感じながら、エリカはうなずいた。


「じゃあ、エリカ。先に川に行って、待ってて。僕らも、必ずすぐ行くから」


 そしてネズミとサカミは、スイッチを入れた。



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