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就活生RYO -Grand Design-  作者: 就活史編纂室
第6期「ボッチ島の戦い」
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第18四半期「いざ、ボッチ島へ」

 正門前に、おおぜいの就活生たちが集まっている。それは、血気というより殺気の盛んな連中だった。


「くたばれ、秩序の破壊者!」

「ルールを守れないなら就活するな!」

「平和な就活を返せ!」


 数百人単位だ。

 凄まじい罵声とともに、銃弾や、砲弾、石弓を放ったり、その他投石、各種攻城兵器などをいっせいに道場目がけてぶっ放している。

 ……が、着弾する、と思った瞬間、それらは煙のように消えてしまう。


 攻撃はカツバトによるもの――ぜんぶ空想現実だ。

 空想現実にすぎない。


 リョウはなんとも言えない気持ちで、怒りくるう群衆の後ろ姿を見つめていた。


 攻撃は仮想だとしても、悪罵はほんものだ。中にいるオニガワラの耳にまで届いているだろう。


 リョウは、裏口に回った。

 誰か一人でもこちらから道場に突入しようと試みる者がいないのは、搦め手を突くという発想がないからでなくて、おそらく、……いろいろと、心理的な問題だろう。


 ノックすると、中から声がかかった。


「うす! 開いてるっす!」


 一礼して入室すると、誰もいない道場の真ん中で、オニガワラは胡坐を組み、瞑目している。

 掛け軸には、達筆に「マインドフルネス」とある。


「リョウさん、すか!」


 オニガワラは目を瞑ったまま言った。

 リョウも何とはなしに、オニガワラの向かいに、胡坐を組んで座った。


「御無沙汰してるっす。先日は、お世話になったっす」

 オニガワラはようやく目を開けた。道着ふうスーツからのぞく胸もとに、ジットリと汗がにじんでいる。

「……それで、何の用すか」


 リョウは、躊躇いもあったが、いきなり本題から切り出した。


 二次選考で、「テロ行為」をしたというのは、濡れ衣じゃないかということ。

 なぜこんな暴力を甘受しているのか疑問に思っているということ。

 自分はオニガワラの豹変を見るには見たし、そのさまはしかと記憶に残っているが、あれはとてもオニガワラ自身の意思とは思えないということ……。

 リョウはそれまでオニガワラと正々堂々就活をしてとても楽しかったし、オニガワラも楽しんでくれているのではないかと思っていたということ。

 そして……「マナ」という言葉に心当たりがないか、ということ。あのときオニガワラは、確かに青い光に包まれていたのだから。


 オニガワラは心苦しげに頭を下げた。


「うす……。お気づかい、痛み入るっす。……ぜんぶ、自分の心の弱さのせいっす」


 ――それから、オニガワラは打ち明けてくれた。


 謎の女との接触、心理的誘惑、光を放つエントリーシート、そして……。


「……自分のしたことは、全部覚えてるっす。ハッキリ、覚えてるっす。……でも、抑制が利かなかったっす。自分であって、自分じゃないような感じがしたっす。……精神的弱さっす。自分、修行不足っす。未熟者どころか、極悪人っす。だからこうして、いろいろ御指摘いただくのも仕方がないことっす」


 リョウはすこしの間、黙っていた。

 かと思うと……。

 いきなり、立ち上がって正門のほうに歩いていった。


「リョウさん?」


 オニガワラも、思わず立ち上がってしまった。ふだん、一定の時間マインドフルネスをこなすまでぜったいに立ち歩かないよう自らに課しているのに。


 リョウはそのまま、あろうことか、扉を大きく開け放った。

 空想のつぶてが大量に飛んできて、鼻先でぱあっと霧散した。


 就活生たちは、気がついたようだった。

「え……?」

「リョウ……? リョウじゃないか?」

「え? 奇蹟の就活生、リョウ? 二次選考で、オニガワラに殺されかけた?」

「それが何でオニガワラの道場に?」


 閉め切っていた扉から久々に溢れ込む光のなか、堂々と演説をするリョウの――オニガワラにしてみれば――虚弱な、しかし偉大な後ろ姿に、オニガワラは圧倒されていた。


「……そういうわけで、オニガワラさんは、少しも悪くないんだ!」


 就活生たちはわけもわからぬまま互いに顔を見合わせて、そのまま、なんにも言わずに退散していった。ひとり残らず。


 扉を閉めたリョウは、再び元の位置にもどってきた。そして、さっきまでと同じように胡坐を組んだ。

 オニガワラも、慌てて腰を下ろした。


「リョウさん……」


 オニガワラは真剣な表情で、リョウの目を見た。

 それから両手を突いて、無言で頭を下げた。

 リョウも軽く、頭を下げた。

 外はもう静かだった。

 リョウは話題をもどした。


「……それで、さっきの女のひとについてだけど……他に何か知らない?」


「うす……面目ないっす、素姓どころか、名前も何もわからないっす」


「……実はオレのおさななじみも、オニガワラさんと同じように、操られていたかもしれないんだ」


「え? ……どういうことすか?」


 リョウは事細かに説明した。

 さすがに、レジェンド・リクルートのことは、言えなかったけれど。


「うす……自分の知らないところで、そんなことになってたっすか……」

「うん。……だから、今度のことは本当に……すこしも、オニガワラさんのせいじゃないんだ」


 オニガワラは、黙って頭を下げた。


 わかっている。オニガワラが妖しい女――何者だろう?――に心を委ねてしまったことは事実だ。

 その負い目は、きっとリョウの言葉くらいじゃとうてい軽くなりっこない。でもリョウは、これだけは、あらためて伝えておきたかった。


「……オレ、就活、本当に楽しかった」


 オニガワラは、はにかむように笑った。


「うす! ……自分もっす」


 ふたりは、拳と拳を合わせた。

 リョウは、ぼちぼち行こうとした……のだが、そのとき、道場の片隅に置いてあるものが視界の片隅に引っかかった。


 ロープを括りつけたタイヤだ。なにかと問うとオニガワラは不思議そうに、


「あれっすか? 脚力を、鍛えるっす。就活生の命は、『足』っすから。交通費削減のために走る、ノックで開かない扉は足で蹴破る。これ、基本っす!」


 ――リョウは、ひらめいた。


「オニガワラさん」


「うす……?」


「お願いが、あるんだけど……」






 ……というわけで、既述の場面に至った次第。

 トレーニングウェアはもちろん、道場に置いてあったもの。夜まで行動を待ったのは、監視を警戒してのことだったが……。


「うす!」

 オニガワラはフェンスを蹴破りながら言った。

「でもきっと、大丈夫っす」


「いても……やっつけるっていうこと?」


「いや。誰もいないっす」


「そうかな?」


「きっと、たかを括ってるっす。クジラ助けようだんて、ふつう、誰も思わないっすから。見張る必要、ないっす」


 ――たしかに、とリョウは思った。


 果たして、ひとりの監視もいなかった。


 クジラは眠っていた。


 リョウが目の前に立って、


 ――月が綺麗な、夜でございます!


 と時候の挨拶をすると、ぷしゅうっ、と潮が噴き上がり、きらきら落ちてきた。


 ――旦那! ……また、来てくれたんですか!


「ごめん、待たせちゃって」


 ――いえね、旦那。お気持ちだけでも嬉しいやね。旦那は非力だから、あっしのこの有様をどうしようもできねえだろうけどね、話し相手だけでもしてやろうってお気持ちなら、それはそれで、もう……。


 と、そこでようやく、クジラはリョウのかたわらのオニガワラに目を留めたらしい。


 ――って、その巨体……!


 クジラは言った。


 ――クジラ顔負け!








 洋服のタグでも外すみたいに、簡単に、ロープは切れた。


 ――やっほい!


 よろこび全開の声を上げたクジラは、高く、高く跳ねて、月に覆いかぶさった。

 縄の切れ端を肩にかけたまま、オニガワラは満足そうに見上げていた。


 ――あ……!

 と、リョウにまたひらめきがよぎった。


 着水の瞬間、大きな飛沫があがった。

 その飛沫を浴びながら、リョウは大きな声で叫んだ。


「ねえ、クジラさん!」


 ――何です、()()


「親分?」


 ――だって命の恩人、大恩人ですからね!


「いや……助けたのはオレじゃなくて、……こっちの、オニガワラさんなんだけど……」


 ――親分は、一人とは限りませんぜ!


 リョウは苦笑した。

 オニガワラも。


 ――それで、どうしました、親分!


 リョウはうなずいて、叫んだ。


「ボッチ島っていうところまで、連れて行ってほしいんだ!」


 ――ボッチ島! 懐かしいなあ!


「知ってるの?」


 ――知ってるもなにも! クジラに取っちゃあ、まあパーキング・エリアみたいなもんですからね、あそこは! ……合点承知! おやすい御用ですよ!


「遠いよ?」


 ――それも承知の助でさあ! ……親分となら、楽しい旅になりそうだ!


「リョウさん」

 オニガワラが言った。


 ちらちらと、懐中電灯の光がちかづいてくる。どうやら、クジラがあんまり派手によろこびをあらわしたものだから、騒ぎを聞きつけたらしい。


「早く、行ったほうがいいっす」


「うん。……いろいろありがとう、オニガワラさん」


「うす! こちらこそっす!」


 ふたりはまた、拳を合わせた。


 それからリョウは、クジラに飛び乗った。

 大きな背中が、つやつやと銀色に照り映えている。


 ――つかまっててくださいよ! ……と、言いたいが、あいにく、つるっぱげでしてね!


「大丈夫! できるだけ、急ぎたいんだ!」


 ――合点承知!


 出発、全速前進!


 一人と一頭は、海面にゆらぐ月の道をまっすぐ猛進していった。


 その姿が遠く、水平線に見えなくなるまで、オニガワラの頭は、決して上がろうとしなかったのだった。



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