第9四半期「vs 絶対内定者、朱雀(前編)」
よろよろと立ち上がるとすぐ、就活生たちは時候の挨拶を交わし合いました。
この非常時に大切なのは、皆で協力し合うことであり、そのためにはまず挨拶によって、和やかなムードを醸成することが必要だと考えたのです。
「桜舞う季節となりましたが、皆様いかがおすごしでしょうか」
しかし、それは失敗に終わりました。
なぜなら、暗雲まがまがしき空から降ってきたのは、花びらでなく、季節外れの雪だったからです。
短期決戦をこころざし、春先に就活を終わらせる見通しを立てていた彼らには、冬にふさわしい定型句の持ち合わせがありませんでした。
失意に肩を落とし、うなだれたまま氷像のようにかたまってしまった就活生たちの後頭部に、それは容赦なく、しんしんと降りかかっていきます。時が、とまってしまったようでした。
いっぽう、リョウとシズナは、すぐに気がつきました。
それは、雪ではなく、内定証明書だったのです。
「どうして、こんなものが?」
一枚、ひろってみると、「アズマニシキ」のもの。
もう一枚、今度は「カゲロウ荘」のもの。
――といったぐあいに、島中の就職先の内定証明書が、多分さっきの衝撃で天高く噴き上げられて、こうして今、雪のように降り積もっているのでした。
「こんな就活をするやつが、現代にもいるとはね」
シズナは、いまいましそうに、独りごとを言いました。リョウは目を丸くして、
「就活? これが?」
しかし、シズナは不機嫌そうに、何か熟考している様子。
遠くで、爆発音が立て続けに轟きました。火柱が上がり、空が赤く燃えています。シズナは足もとの内定証明書を蹴散らして、
「――まだ、足りないらしいわね」
「これが、就活?」
リョウは、こだわっています。
「オレが、カツバトをつけているせいかな?」
シズナはやっぱり、言葉を返すことはありませんが、不機嫌づらは劇的にやわらいでいました。
というのも、頭上にともった豆電球が、就活生、スカウト、ZAKURO社、内定、そして、打倒・ホロウワーク、というロードマップをくっきり照らしだしたからです。
そうと決まれば、ASAP。内定証明書を踏みつけながら、シズナは走りだしました。
――リョウの、あかがね色の本をたずさえたまま。
「あ! 待って!」
リョウは、もちろん追いかけます。
あたりはどこも、白い荒野。
山も、森も、草地も、川も、内定証明書に埋もれて見わけがつきません。
このまま、内定が奪われつづければ島の経済は壊滅し、人々の意欲は低下し、労働人口はゼロになり、草木は枯れ、水は渇き、空気は壊れ、風は止み、炎は消え、光は薄らぎ、夢は褪せ、生きものは死に、大地は腐るでしょう。
もちろんそんなの、シズナの知ったことではありませんが――。
ふたりが立ち止まったのは、ほぼ同時のことでした。
目の前に、高いビルがそびえているのです。
リョウは、目をこすりました。こんなところに、というか島に、高層ビルなど建っているはずがないからです。
「嘘、でしょ」
シズナは、絶句しました。
それは、ビルではなく、折り重なった就活生たちでした。そしてなんと、そのてっぺんに腰かけているのは――それも、ただ腰かけているだけではありません。背筋をのばして顎を引き、胸を張り、足を肩幅に開いて、軽くつくったこぶしを、ふとももに乗せています――朱雀だったのです。
「わたくしは――」
大きく息をすいこんで、
「――朱雀と申しますッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
なんという声量。
持ち前のフレキシビリティで、のびていた就活生のひとりを抱え起こし、盾代わりにしたシズナはともかく、リョウは、ひとたまりもなく吹っ飛ばされてしまいました。
巨木に背を打って、思わず呻きをあげるのですが、そんなこと、シズナには何のマターでもありません。
「――すごいわ。見事な自己紹介ね」
とつぜん、そんなふうに切りだしながら就活生の山に歩み寄っていくシズナの後ろ姿を、リョウは、痛めた背中をさすりながら、呆れるように眺めていました。
対する朱雀は、眉ひとつ動かさず、シズナを睨み下ろしています。こめかみの汗をうざったく感じながら、シズナはつづけました。
「もちろん、あんたほどの就活生なら、当然のことなんでしょうけど。――あ、わたしは、シズナ」
そして、少しだけ躊躇ってから、どこか上ずった声でこうつけ加えました。
「エージェント」
「必要ない」
と、直ちに朱雀の返答。何と強大な「ノーと言う力」。でも、このくらいで引き下がるわけにはいきません。
「そうよね。もちろん、あんたにはね。――でも、あんた、気づいてる? この就活、ちょっと、無理があると思わない?」
返事は、ありません。
「まるで、なにもかも奪い尽くしてやろう、っていう感じ。サステイナブルじゃないわ。このままじゃ、あんた、空しくなっていくいっぽうよ」
「全て、理解した上でのこと」
「そうかしら? じゃあさ。ちょっと考えてみて。ここに、資源にめぐまれた、けれどもとても貪欲な人々の住んでいる国があったとして――」
「手管は、」
朱雀は言いはなちました。
「弱者の華」
さすがに、シズナの表情がひきつりました。いくらケタ外れの実力をもっているからといって、傲慢な就活生もあったものです。
かくなる上は、あのちから、あのわたしだけの青い光で――。
シズナが人知れず検討を開始した、しかし、そのときでした。朱雀の様子に、あきらかな変化があったのです。
一瞬、目を大きく見開いたかと思うと、おもむろに立ちあがり、右手を高く掲げ、中指を立て、その先端から、赤い光線が黒雲を散らして大気圏外までほとばしった――なんという、プレゼン能力――かと思うと、いきおいよく腕を振り下ろし、その光線をレーザーポインターさながら、シズナの小脇のあかがね色の本目がけ、ズバッと照射したのです。
まさか本が焼け焦げたのでは、とリョウは気が気でありません。
しかし、それは杞憂でした。朱雀はただ、アテンションを促したかっただけなのです。その理由は、すぐにわかりました。
朱雀はかたわらに置いてあった、大きな黒曜石のような就活鞄を持ち上げると、手を突っ込み、中からなにか四角いものを引きずり出しました。
急に交渉をペンディングされたかたちのシズナは、わけもわからずそちらを凝視するばかり。
けれどもリョウは、もう気がついていました。
その四角いものとは、なんと、リョウが持っているのとまったく同じ、あかがね色の本だったのです。




