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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

川島芳子百合作品(短編)

最期の公演

作者: 白百合三咲

李香蘭観劇後に芳子様ロスになった勢いで書きました。

1948年3月25日

ここは北京の監獄。女囚達が収監されている。

まだ日も昇らぬ未明看守が独房の扉を開ける。

「金壁輝 出ろ」

「はい。」

 私は看守に名前を呼ばれ立ち上がる。看守2人に連れられ独房を後にした。





 


 



 私の名前は玲杏(レイアン)李玲杏(リ レイアン)と言います。先ほど看守に呼ばれた金壁輝は役名とでも言っておきましょうか。

 

 私は幼い頃からお芝居が大好きでした。5才の頃に母に連れられて行った「越劇」の舞台に虜になりました。越劇とは中国の伝統の演劇であり、男性だけで演じる京劇とは対象的に女性だけで演じるのです。舞台上の男役には女性と分かっていても胸がときめいてしまいます。

私もいつかあんな舞台に立ちたい。男役として観客を魅了したい。

そう思って私は女学校を卒業する頃両親に打ち明けました。


しかし私の考えには賛同してはもらえませんでした。政府の上役として働いていた父は自分の部下である男性を私の前に連れてきました。父はその男性と結婚するように言いましたが越劇の影響で私はすっかり男に興味がなくなっていました。


私は家を出て小さなアパートで1人暮らしを初めました。昼間は越劇女優の養成所で演技の基礎を学び夜は酒場で働いていました。

生活は家にいたときとは一変、貧しいものになってしまいましたが、いつか叶う夢のためと思うと苦ではありませんでした。


 しかしその夢は叶うことはありませんでした。越劇の劇団の試験はどこも不合格。私は運よく受かった映画会社「満映」に入ることにしました。そこは日本が新たに大陸に作った映画会社です。

1938年。私が20才のときでした。


 私が初めてもらった役は宮殿内の皇后の侍女の1人。端役です。

「皇后様、陛下がお見えです。」

台詞はたったこれだけでした。

 しかし与えられた仕事を着々とこなすことで徐々に台詞も増え、名前がある役ももらえるようになりました。男役としての夢は破れましたが女優としての階段を上がっている。私は女優としての自分に誇りを感じていました。

そんな中、私を気にかけてくれた日本人がいました。山家享。日本の軍人です。


 私は彼に食事に誘われていった店で運命的な出会いをしました。

「芳子」 

山家さんが1人のスーツ姿のウェイターを呼び止めます。男なのに美しい方。同じ満映にいる俳優でもこんなに顔立ちの整った方はいません。

「山家か、また来たのか。」

「ああ、別にいいだろう。」

2人は知り合いなのか。それに芳子って日本だと女性に使われる名前ではないのか。

私の頭の中にはそんな疑問が巡っていた。

「なあ、その娘、新しい女の子か?」

芳子さんは私に気づいて山家さんにそう尋ねる。

「ああ、そうだよ。」

山家さんが冗談っぽく答える。しかし

「違います!!」

私は立ち上がって大声で否定する。

「君、向きにならなくてもいいだろう。そんなに顔真っ赤にして可愛い」

芳子さんが私をからかう。

「あの、芳子さん、あなたは一体。」

私はふと疑問に思ったことを聞いていた。

「こんな格好だから戸惑うのも無理はないな。僕は正真正銘の女だよ。」

 

 正真正銘の女。どおりで美しいわけだ。日本には「宝塚」と言って女性だけで演じる劇団があると満映のスタッフから聞いたことがある。越劇と同じで女性が男性を演じる。彼女もその類いなのか?

 私は女性とわかると一瞬で恋に落ちてしまった。


しかしその時

「お兄ちゃん」

純白のチャイナドレスを着た少女が芳子さんに声をかけてきました。

「ヨコちゃん、待ってたよ。」

芳子さんは私達に一声かけるとヨコちゃんと呼ばれた少女の肩を抱き共に行ってしまった。

あの少女が芳子さんとどういう関係か気が気でありませんでした。

「気になるのか?」

山家さんに尋ねられる。

「やめといた方がいいぞ。今の芳子はあの娘にしか興味ない。それに軍を追放になってからはいい噂は聞かない。」

軍?芳子さんも山家さんと同じ軍人だったのか?



 その後私は何度も芳子さんの店を訪れた。山家さんや満映には内緒で。芳子さんは優しく私を迎えてくれた。だけどヨコちゃんとかいう少女が来ると彼女の相手ばかりしている。あの娘に向ける満面の笑み。私には向けてもらえないのだろうか?

 芳子さんの心にはあの娘しかいないのだろうか?



 芳子さんに想いを告げることができずに過ごす中私に主演映画のオーディションの話が来た。私はその話を受けることにした。

オーディション会場に行くと見覚えがある少女の姿があった。芳子さんと一緒にいた少女だ。

「こんにちは。」

少女は私に気づく。

「貴女も主演オーディションに?」

「はい。」

「私は李香蘭。お互いがんばりましょうね。」

「私は李玲杏です。こちらこそ宜しくお願いします。」


選考は何回かに分けて行われ、最終試験には私と香蘭だけが残りました。

彼女にだけは負けたくない。ここで勝って主演女優の地位を確立する。そして芳子さんに振り向いてもらおう。


(絶対に渡さない。主役も芳子さんも。)


そう思って私は最終オーディションに挑みました。



「玲杏ちゃん」

帰り際に香蘭に話しかけられました。

「素敵だったわ。貴女のお芝居。」

香蘭が私を認めてくれた。私に勝算が見えました。

しかしそう思ったのもつかの間。主演は香蘭になりました。


「プロデューサー、私何が駄目なんですか?」

私は納得がいかずプロデューサーに直談判しました。

「確かに君の芝居は素晴らしかった。入って2年になるがよくここまで成長した。君の努力と才能は認める。だが香蘭の歌声は素晴らしい。彼女は今日中両国で一番人気の歌姫だ。彼女を起用すればヒット間違えない。分かるか?こちらも商売だからね。」


私は主演も芳子さんも手にすることができませんでした。

その後オーディションは落選続き。女優に限界を感じた私は満映の退社を余儀なくされました。






 時は流れ1945年。日中の戦争は幕を降ろしました。私はその頃北京の監獄で女囚の世話係として働いていました。

新しく収監された「金壁輝」という女囚の世話係を任されました。私は彼女が収監されている独房へと向かいました。

「失礼致します。本日よりお世話を致します李玲杏と申します。」

私は自己紹介をすると顔をあげる。

彼女は私を見て驚いた。私も彼女の姿に驚きを隠せずにいた。

「君は以前僕の店に!!」

「貴女は芳子さん?!」


芳子さんでした。短髪で獄衣を身に纏っていてもさすがは男装の麗人。美しさは隠せませんでした。

「芳子さん、どうして貴女がここに?」

芳子さんは本当は中国人で本名愛新覚羅顕シといいます。300年以上続いた王朝の末裔。6才の時に日本人の養女になり、「芳子」という名前をもらったそうです。ちなみに「金壁輝」は中国で活動するときに使っていた名前だそうです。

王朝復活を条件に日本軍の満州国建国に協力していたそうです。しかし満州国は日本がアジア民族を牛耳るために作った偶像国家でした。

気づいた時には時既に遅し。

戦後芳子さんは国を裏切った反逆者として投獄されていました。


私は誠心誠意芳子さんのお世話をしました。私は美しき男装の王女様の侍女。その事実だけで幸せでした。

芳子さんは1947年死刑判決が下りました。そして年が開けた1948年3月。看守達が話しているのを耳にしました。



「失礼致します。」

私は消灯の後芳子さんの部屋を訪れました。

廊下に誰もいないことを確認し扉を閉めるとランプを机の上に置きます。

「芳子さん、芳子さん」

私は眠っている芳子さんを起こします。

「玲杏ちゃんか、どうして君がここに?」

私は着ている服を脱ぎます。

「ちょっと、玲杏ちゃん。何考えてるんだ?!夜這いは駄目だ。」

「違います。芳子さん聞いて下さい。貴女は明日明朝処刑されます。だから私の服を着て逃げて下さい。」

「そうか。ついに着たか。」

芳子さんは至って平然でした。


 私は全て打ち明けました。満映で女優をしていたこと、香蘭にオーディションで負けたこと、そして

「私は初めて会ったときから貴女のことが好きでした。」

それだけ告白すると芳子さんは私を抱き締めてくれました。

「ごめんね。君の想いに気づいてあげられなくて。」

「芳子さん、貴女は生きて。」

「でもそんなことしたら君の立場が危ないだろう。」

「私が貴女の身代わりになります。」

「正気か?」

「はい。」

私の気持ちは変わらなかった。

「僕はもう王朝の復活なんて夢は諦めてる。他に生きる道を知らない。だから僕は王族として最期を。」

「香蘭は貴女を王族だから好きになったのですか?」


 香蘭も戦後芳子さんと同じ罪で投獄されてました。しかし彼女は日本人であり、ロシア人の親友の証言により無罪。釈放され日本に帰りました。本名を山口淑子といい、自分と境遇が似ていた芳子さんは自然と心を通わせていたのです。

きっとオーディション受かったとしても芳子さんが私を選ぶことはなかったでしょう。

私は香蘭に負けたのです。女優としても女としても。 

「今の私には何もないですが、芳子さんは違います。香蘭が日本で待ってます。」


 私は自分が着ていた白の作務衣に黒のスカートを芳子さんに着せ持ってきたロングヘアの鬘を被せました。そしてメイクを施しました。これなら誰も男装の麗人川島芳子だと疑うことはないでしょう。

「本当にいいのか?」

「ええ、私は貴女も女優の仕事も全て失いました。だから私はこのまま女優として最高の演技をして逝きます。」



芳子さんに王族の誇りがあったように私にも女優の誇りがありました。

芳子さんに監獄の地図を渡し裏口から逃げるように言いました。

「再見 我的愛人。どうか生きて幸せになって。」


これが私が好きな人のためにできる唯一の方法でした。



 私は芳子さんを見送ると芳子さんが着ていた獄衣を身につけ持ってきた鋏で長い髪をばっさりと切り落とします。そして越劇の養成所で習った男役メイクをします。

幼い頃の夢がこんな形で叶うとは思いませんでした。

 ズボンのポケットに手を入れるとそこには紙切れがありました。その紙切れには詩が書かれてました。

芳子さんは死に赴く心境を唄ったのでしょう。

「これが最期の台詞だわ。」

私は台本の台詞を覚えてるように何度も詩を唱えました。

これが私の最期の公演なのだから。




 

 翌日未明。看守がやって来ました。

「金壁輝、出ろ。」

「はい。」

私は声のトーンを下げ答えます。

看守は私が芳子さんじゃないことに気づいていません。

私は拘束されると「刑場」という名の舞台に向かいました。


 共演者は死刑執行人、観客はアメリカ人ジャーナリスト2人。

いいわ、きっと今日の夕刊には私の演技を讃える記事が載るでしょう。


「金壁輝、城壁の前に立て。」

執行人の台詞から芝居が始まる。私は言う通りに動く。看守が目隠しをしようとするが私は拒む。だって私は男装の王女。銃なんて怖くないわ。

「金壁輝、何か言い残すことはないか?」

私は執行人が突きつけた銃口を睨み口を開く。


 「家 有れども帰り得ず

  涙 有れども語り得ず

  法 有れども正しきを得ず

  冤 有れども誰にか訴えん」


執行人の放った銃弾と共に私の最初で最期の主演舞台は幕を降ろしました。




 






 その日の夕刊はある話題が一面を飾った。

「川島芳子 北京の監獄にて処刑。銃口を突きつけられても眉一つ動かさない王女らしき気高い最期であった。」

                 FIN

今まで芳子様をいろんな女の子と百合設定にしてきましたが、毎回キャラ変えるのおもしろです。

 キャラ区別するため芳子様に対する二人称変えるの楽しいです。

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