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【番外編】ファムーラ建国物語~お姫様が従者の奴隷根性を叩き直すまでの二年間~  作者: 神崎右京


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35、従者と家族⑤

「嘘よ」


「?」


「弱音を吐いてほしいなら、家族になれ――と、言うつもりだったけれど。論の展開を間違えたわ。妙な駆け引きなんて、するものじゃないわね」


 政における交渉術には自信があったが、どうやら男女の駆け引きは得意ではないのかもしれない。……ロロが特殊過ぎる相手だからかもしれないが。

 面白くなさそうに嘆息した後、観念したようにミレニアは認め、口を開いた。


「全部嘘。お前を、他の従者と一緒だなんて――そんなこと、お前と出逢ってから、一度も思ったことはないわ。きっと、これからも、そんな風に思うことはあり得ない」


 ぱちぱち、とロロの瞬きが早くなる。――彼が驚いているときの、癖。

 負けを認めるようで少しだけ悔しい。む、と口をとがらせ、ミレニアは言葉を続ける。


「そもそも、従者だから、とか――騎士だから、とか、家族だから、とか。そんな難しいこと、いつも考えているわけじゃないわ。従者だと思っている者の前では、息をするように主として振舞っているのだから、無理をしている意識なんて皆無よ。だけど……お前のことは、従者だなんて思ったことがないから、困るのよ」


「?」


「気を抜くとつい、すぐにお前に甘えたくなってしまうから。……お前の前では、いつだって”ただのミレニア”が、勝手に顔を出したがるの。もしもお前が、”主”の私しか見せられていないと思うときは、何か理由があって、殊更意識しているときに違いないわ」


 出逢ったときから、ずっとそうだった。

 ロロを手に入れたいとギュンターに我儘を言ったのが、きっと、ミレニアが人生で初めて己の中に潜む”ただのミレニア”を意識した瞬間だったのだから。


「気を許したいと思えるかどうかなんて、感情の問題よ。小難しい帝王学だの君主論だの、そんなものは、感情の前では無意味だわ。どんな優れた賢帝でも、些細なきっかけで愚帝になることがあるのは、歴史が証明している。――どんなに綺麗事を言ったって、人間だもの。いつも”正しい”道を選ぶことなんて、出来るわけないと思わない?」


「それは――そう、ですが」


「ちなみに、常に綺麗事を説いて、正しい道を選ばなければならない私が、今、こんな発言が出来るのも――お前に気を許している証拠なのよ。他の従者の前では、こんな弱音、絶対に口にしないわ」


「!」


 ぱちり、と紅の瞳が瞬く。

 気恥ずかしさをごまかすように、ぶ、とむくれるようにして、ミレニアは言葉を続けた。


「弱さを見せられるかどうかなんて、頭でいちいち考えて判断しているわけではないわ。お前の前で見せられるのは、騎士だから、とか、家族になってほしいから、とか、そんな難しいことを考えてのことじゃない」


 そう――もっと、もっと、物事は、シンプル。


「単純に、お前の前ではうまく取り繕うことが出来ないだけ。世界で一番大好きで、一番大切で、血を分けた家族なんかよりも、ずっとずっと特別な人だから――お前にだけは、取り繕った私ではなく、何も持たない、”ありのままのミレニア”を見せて、それを受け入れてほしいと思うから。……私が困ったとき、一番に助けを求めたいと、弱音を吐きたいと思うのがお前だから。ただ、それだけよ」


 御大層な文句を垂れておきながら、こんな本音を語るのは恥ずかしくて、ほんのりと頬が上気する。

 しかし、きっと、三日前の昼間――彼は、傷ついたことだろう。

 ”騎士”として、ミレニアに全身全霊を賭して仕え、他の従者にも言えぬ悩みも吐露してもらえる関係だと信じていたにもかかわらず、ミレニアはロロを遠ざけ、ネロを共に選んだのだ。

 彼を傷つける意図があったわけではないのであれば、多少気恥ずかしくても、きちんと誤解は解いておかなければならない。


「では、なぜ――三日前の、あの時は――」


「あ、あれは――」


 至極まっとうな問いかけを受けて、ぐっと言葉に詰まる。

 かぁ、と暖炉の火に照らされた頬がさらに赤く染まった。


「…………気分が、悪かったのよ」


「……?」


「馬車の中にいたときから、体力が枯渇したときに起きる症状にはあたりがついていた。尋常ではない頭痛と、吐き気と、眩暈。魔法が切れた瞬間、まっすぐ立っていられなくなって、胃の中の物を全部ぶちまけて、意識を飛ばすくらいの頭痛が襲ってくると、容易に想像がついたわ」


「そんな状態なら、なおのこと――」


「――言えるわけないじゃない」


 ミレニアは、真っ赤な顔を覆うようにして顔をシーツに突っ伏して、泣きそうな声で呻く。


「好きな男の前で、嘔吐する姿なんて――絶対に見せたくなかったんだもの」


「――――――――は――――――?」


 ぽかん……

 ロロが、これ以上なく怪訝な顔で間抜けな声を上げたのを聞いて、かぁっとさらに羞恥が極まる。


「だっ……だって、だって、もしもあの時お前に、『過労で今にも吐いて倒れそう』なんて言ったら、お前、誰が何と言おうと絶対私に付き従って、私の体調が回復するまで、梃子でも傍を離れないでしょう!?」


「当たり前です!!!」


「そうしたら、刺激臭のする汚い吐瀉物をまき散らして、聞き苦しい声を上げながら嘔吐する姿をお前に見せる羽目になるじゃない!嫌よ、絶対嫌!」


「はぁ!?」


 イヤイヤ、と真っ赤な顔を突っ伏したまま首を振って理解不能な理由を訴える主に、思わず心の底から素直な声が出る。


「意味が分かりません!」


「わかりなさいよ!!至極まっとうな、乙女心よ!!!」


「わかるわけがない!」


 間髪入れずに言い返すロロは、思い切り眉間に皺を刻んでいる。本気で理解不能なのだろう。

 ミレニアは顔を覆って訴える。


「だって、好きな相手には、いつだって綺麗でかわいい自分だけを見せていたいじゃない!」


「はぁ!?」


「お洋服だって、お化粧だって、いつだって気合が入ったものを見ていてほしいわ!嘔吐する姿を見せるなんてもってのほかよ!本当は、こんな色気のない寝間着も、寝起きでぼさぼさの頭も、お前に見られているのは恥ずかしくてたまらないのだから――!」


 泣きそうな声で訴えるミレニアの言葉に、返事は返ってこない。

 ぎゅっと眉間に皺を刻み、少し怖いくらいの顔で、理解不能なものを見る目でじっとミレニアを見つめるばかりだ。


「まさか――そんな理由で、俺を遠ざけ、ネロを傍に置いた、と……?」


「ぅ……ぅぅ……」


 いつもより一段低くなった声音に、呻きながらもこくり、と頷く。――何を言ったとて、それがたった一つの真実だ。


「チッ……意味がわからん――!馬鹿馬鹿しい――!」


 苛立ちと共に舌打ちを落とし、ロロは頭を掻きむしるようにして呻く。思わずミレニアを前にしても粗野な素の口調が覗くくらいに、理解できぬ論調に呆れ、怒っているようだ。


「真剣に悩んだ時間を返せ――!今更アンタがどんな格好でどんな醜態を晒そうが、気にするはずがないだろう――!」


「きっ……ききき気にしてほしいから、気にしているのよ!!!馬鹿!」


 ロロには、殆どすべてを知られてしまっている。

 風呂に入る前に寝落ちてしまい、汚れた汗臭い身体を抱き上げられて寝室に連れて行かれたことがある。間抜けな寝顔を晒してしまったことはもはや両手で数えきれない。

 一時期、紅玉宮の従者全員に暇を出していた時期は、それまでの美しく見事なドレスが見る影もない、市井の民が着るような質素極まりないワンピースを着用していた。髪を結うことすら出来ない日々が続いた。……当然その時も、毎日ロロは護衛として傍に控えてくれていた。

 革命が起きた後などは、最悪だ。そんなことを気にしている場合ではなかったのは事実だが、思い返せば、必死の逃亡劇で汗だの土ぼこりだのでドロドロだったはずの身体を抱き抱えるようにして運ばれた。

 翌朝に至っては、ハプニングで全裸を見られた。……が、顔を赤らめることすらなく「芸術作品を見た程度にしか思わない」と涼しい顔で言われてしまう始末だった。


 「惚れている」と口にしたくせに、結婚は頑なに拒否する彼のことだ。

 ミレニアを愛していることは事実だろうが、どうにもその愛が、本当に男女の間で生じるような愛情なのかと疑わしくなってしまう。

 いや、むしろ、もっと”女”として強烈に意識してもらえたら、「結婚したい」「他の男に渡したくない」と言ってもらえるのではないだろうか、とミレニアは考えていた。


「私がお前から欲しい言葉は、『傍にいたい』とか『絶対に守る』とかじゃないの!生涯ずっとお前が傍にいて守ってくれるのは、もう既に当たり前のことなのだから、もっと――綺麗とか、美しいとか、愛してるとか、そういう言葉が欲しいのよ!」


「はぁ??」


「だ、第一、『きっと相応しい男が現れる』って何よ!?私はどんなに素敵な殿方が目の前に現れたって、お前以外と添い遂げたいと思うはずがないのに!むしろ嫉妬しなさいよ!『他の男になんか渡さない』くらいのことを言いなさい!」


「何を訳の分からんことを――」


 吐き捨てるように言って、ガシガシ、と苛立ちながらシルバーグレーの髪を掻きむしる。

 今日ばかりは、本当に主が言っていることが理解できない。


「下らない……!昔から、アンタの美醜なんぞ気にしたことはないし、他の男と結婚すると言われたところで、嫉妬なんかするわけがない――!」


「なっ……!?」


「アンタが弱っている時に強がって俺を遠ざけたくせに、他の男にはあっさりその弱さを曝け出していた事実を突きつけられたときの方が、よっぽど嫉妬する――!もしその理由が、そんな下らないことだとしたら、二度とするな――!」


「!」


 苛立たし気に告げられた言葉に、ドキン、と心臓が一つ跳ねる。

 それはきっと――ついこぼれてしまった、ロロの本音の部分。

 いつだって無表情の中に彼の胸に燻る灼熱を隠してしまう男が吐露した、ミレニアを特別に思うがあまりの”嫉妬”の気持ち。

 どんな時も、愛しい女が真っ先に弱音を吐露して頼る先は自分であってほしい、という、彼の雄としての本能が垣間見えたように思えて、先ほどまでの羞恥とは異なる理由で、頬が熱くなった。


「次は、異変を感じたら、アンタに何を言われても必ず傍に控える!俺の前で醜態をさらしたくないと思うなら、下らないことを考えていないで、さっさと寝て、体調を万全にしてくれ……!」


「は、はい……」


 呆れた顔で吐き捨てて、くるりと踵を返して退室していくロロに、熱くなった頬で返事をする。


 その後、主力部隊と合流してからの移動の最中――馬車の中でネロから、ロロが咄嗟に漏らした「俺の姫」発言を報告され、キャーキャーと車中で真っ赤な顔ではしゃぐミレニアの姿が見られるのは、あと数日後。


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