26、雪の中で②
聞きたいけど聞きたくない。――けれど、聞かないままではいられない。
複雑な乙女心を持て余しながら、必死に冷静になろうと努めて冷ややかな声で問う。
ロロは、ぎゅっと眉根を寄せてから、そっとミレニアの指示通りラウラから足をどけた。
「お前、私がいないことをいいことに、ラウラと不埒な行いをしたの?」
「まさか。ありえません」
「では、どうしてラウラはそこでその"夜"とやらを思い出して、嬉しそうに涎を垂らしているの……!」
つい、語気が荒くなる。
ミレニアの問いかけに、すぃっとロロは視線を外して少し沈黙した後、小さく問いかけに答えた。
「……一度だけ――宿で薬を盛られ、夜這いを掛けられました」
「なんですって!!?」
カッとミレニアが怒りに染まる。
「ご安心を。……すぐに気づいて、部屋の外まで蹴り飛ばしました。それ以降は、警戒を強め、一切手を触れさせてはいません」
「な――」
はくはく、とミレニアは息を求めるように顔を青ざめさせて口を開閉させる。
どうして――どうしてロロは、こちらをまっすぐに見ないのか。
長い付き合いだから、わかってしまう。
これは――やましいことがある時の反応だ。
「す、すぐに蹴り飛ばしたという割に――どうしてそんなに、言いにくそうにしているの――!?」
ぎゅぅっと胸元の首飾りを握り締めて問いかける。様々な、良からぬ想像が頭の中を駆け巡って行った。
ミレニアの脳内で、真っ暗な安宿の部屋の中、シーツを乱して睦み合う不埒な男女のシルエットが過り始めたとき――ロロはやっと、苦し気に眉根を寄せたまま、観念したように、口を開く。
「……頬、を」
「――――へ……?」
「触られました。――申し訳ございません」
「ほ……頬……?」
ぽかん……
翡翠の瞳がきょとん、と瞬く。一瞬で、脳内で開催されていたアダルト劇場が霧散していった。
予想外の回答に気が抜けて、するり、と首飾りを握り締めていた手が脱力する。
「貴女の傍にいたいなら、二度と、他の女に気安く頬に触れさせるな、と命令されていたのに――申し訳ございません」
「ぇ……あ……え、えぇ……」
そういえば、いつぞや、そんなことを言ったかもしれない。
てっきり、もっと昼間に口に出来ぬような下品な行為をしていたのだと告白されるのかと身構えていたせいで、拍子抜けしてしまう。
「それだけ?」
「それだけ、とは?」
「その……キスをしたり、それ以上のことをしたり――」
「ありえません。自分が姫の物であるという自覚を持てと――ラウラに限らず、決して他の人間の手垢を付けるなと厳命されたではないですか」
「そ、それはそうだけれど……」
「俺は、貴女の物です。貴女が、自分の物に汚れを付けたくないとおっしゃるなら――貴女の清らかさを保つためなら、俺は、どんなことでもします」
「そ、そう……」
いつも通りの下僕根性をこれ以上なく発揮して、曇りなき眼で言い切られ、ミレニアはやや引き攣った顔で返事を返した。……やはり、彼が被虐趣味などというのはあり得ない、というラウラの主張には賛同しかねる。
すると、視界の端で、ゆっくりと倒れていたラウラが身体を起こす。
「もうしてくれないの……?」
はぁっ……と熱い吐息を吐いて熱を帯びた視線でねっとりと囁くラウラを、ロロはゴミを見る目で黙殺した。
クス……と吐息だけで笑って、ラウラは言葉を続ける。
「残念だけど、この程度の快楽じゃ、北の言語に関する情報の代金にはならないわ。北方地域とは、商売をする上での最低限の交流しかなかったんですもの。そもそもが、かの地に関する文献が少ないのよ。その上、商売に訪れるときの彼らは、訛りはあるものの、こちらの言語をある程度話せるものばかり……北方地域の言語に精通している人間を探すことすら、難しいわ。こんなちょっとの快楽で対価を得ようだなんて、とてもとても……」
言いながら、ラウラはつぃっと流し目をよこす。
「情報が欲しいなら――そうね。目一杯痛めつけながら、ちゃんと一晩、飽きるくらいに抱いてくれなきゃ、ね?」
「汚らわしい口を開くな。視線がうるさい。今すぐ目を繰り抜くぞ」
チッと口汚く罵りながら舌打ちし、ねっとりとした視線に拒絶の意志を示す。
その途端、ロロに甚振られながら目を繰り抜かれることを想像したのか、はぁはぁと息を荒げ始めたラウラを前に、青ざめてドン引きしている主の視線をすっと覆い、くるりと身体の向きを変えさせる。
「視界に入れないでください。……今のところは、下がりましょう。現時点では、このド変態から情報を抜くのは難しい」
「ぅ……え、えぇ……」
ズキズキと痛む頭を押さえて、呻くように答える。
疲労が五倍くらいに跳ね上がった気分だ。
「……もうすぐ休憩が終わるわね。馬車に戻るわ」
こめかみを抑えていた指先から、パァッ……と淡い光が弾ける。疲労回復の魔法をかけたのだろう。
魔法の効果で幾分すっきりとした顔色になったミレニアは、しゃんと背筋を伸ばして、きびきびと自分の馬車へと戻って行ったのだった。




