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怖くないホラー

殺人鬼と自殺志願者

作者: エンタープライズ窪
掲載日:2021/09/27

 真夜中の道路を、俺は必死に駆けていた。

 服装は刑務官のものだが、中身は違う。

 一言で言えば、俺は脱獄囚だ。刑務官を殺し、服を剥ぎ取って他の連中の目を欺き、こうして脱走してきた。

 警察が捜索に乗り出しているのか、遠くからサイレンの音が近づいてくる。

 俺は慌てて路地に逃げ込む。

 すぐ近くを、警察の車両が通り抜けていった。

 俺が犯した罪。それは殺人だ。

 強盗に入った家に留守番していた女とガキを刺殺したのだ。

 警察にはすぐ捕まったが、この通り脱走してやった。

 しかし、日本の警察は驚くほど優秀だ。

 早く身を隠さなければ、すぐに捕まるだろう。

 そんなことを考えていた俺の目に飛び込んできたのは、暗い闇の中に浮かび上がる裏山だった。

 闇の中に、さらに深い闇のモノがある。

 それだけでかなり不気味に感じた。

 あそこしかない。

 俺は直感でそう思い、その山の方へ駆け出した。


 真夜中の山は、想像以上に不気味だった。

 サイレンの音が急に小さくなり、代わって木々が葉を揺らす音や、獣が動き回る音がすぐ近くで聞こえる。

 目の前の落ち葉をネズミが踏んで走っていき、俺は思わず飛び上がった。

 ひゅうひゅう吹く風が首筋を撫でていき、俺を震え上がらせる。

 自分から逃げ込んだはずなのに、無性に抜け出したくなった。

 こんなところ、いたくない。

 警察は早く諦めてくれないだろうか。

 その時、俺は人影を見た。

 闇の中にはっきり見える。男だろうか。

 その人影は、何やら木の枝に何かを括り付けているようだった。

 よく目を凝らしてみると、それは輪っか状の縄だとわかった。あの男、自殺しようとしているに違いない。

 そう思うと、俺は走り出し、その人影に近づいた。


「おい!やめろ!死ぬな!」


 人の行動とは、時に奇妙だ。

 人を殺しておいて、目の前で人が死のうとしているのを止めようとする。自分でも、なぜ止めたのかよくわからない。でも、おそらく俺の中に僅かに残っていた良心が体を動かしたのだろう。

 その人影は、驚いたように俺の方を振り向いた。俺はそのままそいつに飛びかかり、縄を奪う。


「やめろ!何やってるんだ!死ぬんじゃない!」


 殺人犯の口から出てくる台詞とは思えないものだった。

 それでも、俺の良心はそいつを助けようとしている。俺の体は大人しく良心に従う。

 縄を遠くへ投げ捨て、取り押さえた男を離してやる。

 酷くやつれたその男は、弱々しく呟いた。


「……死なせてください。お願いします、僕を殺してください。刑務官なら銃持ってるでしょう?」

「持っていない。忘れてきた」


 俺のでまかせを、そいつは信じた。


「そうですか。だったら警棒で殴り殺してください。僕は一刻も早く死にたいんです」

「なんでそんなに死のうとする。教えてくれ」


 すると、男は静かに語り出した。


「家族が殺されたんです。強盗に入った男にナイフで刺されて……」


 思わず、俺は息を呑む。

 落ち着け。偶然だ。強盗なんてそこら中で起きてるだろう。単なる偶然だ……。


「犯人は20代の若い男、身長168センチ、黒いジャケットを着ていたと目撃者の友人から教えてもらいました」


 20代で168センチ。

 犯行時は黒いジャケット。

 確信した。こいつは俺が殺した女の亭主で、ガキの親父だ。


「僕は大切な家族を奪ったそいつに復讐がしたかった。でも、それより先に警察が犯人を捕まえて、復讐できなくなってしまったんです。もう生きている意味がない。それで、首吊りを……」


 やばい。逃げたい。

 この男から離れたい。

 俺に向けられるこの憎悪から逃れたい。


「か、考えてみろ。お前が自殺して天国へ行っても、妻と子供が喜ぶか?」

「……思わないでしょうね」

「そうだ。だから生きろ。死んだ家族の分まで生きて、弔ってやるんだ。そうした方が、妻と子供も喜ぶんじゃないか?」


 男に響いたかはわからない。

 しかし、一刻も早く立ち去りたいという思いと、この男を慰めてやりたいという気持ちが混ざり合い、こんな言葉を吐いていた。吐かずにはいられなかった。

 男はしばらく黙っていたが。


「……そうですね。生きます。僕が馬鹿でした」


 ニッコリと笑った。

 そして、こうも言った。


「なにしろ、仇が目の前にいるんですから。生きる気力が湧いてきました」

「……は?」


 俺は戦慄した。

 男の笑顔が、俺には残忍で冷酷な、殺人者のものに見えたのだ。

 動けない俺に、男は言う。


「僕は妻と子供が殺されたなんて言っていないですよ?犯人なんですね、あなた。ああ、香苗、千代。ついに仇を取れるよ。パパをしっかり見守っていてくれ」


 男の懐から、新品のナイフの柄が覗いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  これは良いお話しです [一言] 楽しい時間をありがとうございます さち様のページから入りました。
[良い点] 普段、ホラー(?)は読まないのですが、短くまとまっており面白く読めました。 言いたいことだけ、やりたいことだけ、このシンプルさが好きです。 [気になる点] おそらく目の前に現れた「俺」が真…
[良い点] 殺人鬼の心の内を想像することはなかなか無いので面白かったです! この作品を拝読して、残忍な行いをしてしまった人でも、ほんの僅かでも良心はどこかに残っているんじゃないかなぁという気がしました…
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