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アヴァター・ボット(2)



 礼儀ただしく挨拶する 《彼》 を、ミッキーはすばやく観察した。青みがかった銀色の胴体(ボディ)は前後に扁平な楕円柱、つるんとした頭は肩幅に比しやや大きく、身長も120cm前後と子どもを模した体格になっている。大きな丸い眼は黒く、奥にカメラがあるらしい。申し訳ていどの低い鼻と、小さな口がついている。用途はすぐに判明した。

SymBioTech(シムバイオテック)社製、民間用遠隔操作型アヴァター・ロボットだ。AVOTTE(アヴォット)(R) 2615……2618、かな。へえ)


「おかえり、(ちい)お兄ちゃん」


 美弥(みや)(安藤家の六女)は三人の兄を愛称で呼びわけている。体格のよいアンソニーは(おお)兄ちゃんで、ミッキーは小、長兄の洋二は(よう)ちゃんだ。ミッキーは妹の黒髪をくしゃっと撫で、《彼》 に微笑みかけた。


「いらっしゃい、パイロット君。職場見学?」

『はいっ』


 威勢のよい男児の声が答える、と同時にロボットの顔がスクリーンになり、色の白い少年の顔を映した。様子をみにきたリサが驚いている。ミッキーは動じなかった。


『トマス・ハーヴェイです。よろしくお願いしますっ』

「こちらこそ。分身(アヴァター)ロボットで来てくれた子は初めてだよ。これ、最新型? かっこいいね」


 褒められて、少年は照れくさそうに笑った。美弥がミッキーの袖をひっぱった。


「ウサギを抱っこさせてあげたいんだけど、腕の調子がわるいの。小お兄ちゃん、直せる?」

「腕? どうしたの」

『あっ、大丈夫です。片手でも、撫でることはできるから』


 細身のボディの脇につく腕は、人間そっくりに滑らかに動いた。しかし、左肘をまげたとき、上腕は垂れたままだった。肩を上げようと虚しく繰り返す仕草を眺め、ミッキーは頷いた。


「人工筋肉が引っかかっているのかもしれないな。ちょっと見せて貰ってもいい?」

『あっ、はい』


 ミッキーがバックパックを床に置いて掌大の工具を取り出したので、少年は眼をまるくした。美弥はにこにこ笑い、リサは興味津々だ。


「気持ち悪いかもしれないから、知覚センサーのスイッチを切って」

『はい、切りました』


 ロボットの少年は項垂れつつ、素直にミッキーの指示にしたがい、その手の動きを見詰めている。ミッキーは 《彼》 の左肩の関節カバーを開け、数本のコードを造作なく組み替えた。


「これでどう?」

『……動きます。直った。すごい! ありがとうございます』


 スムーズになった腕の動きをたしかめると、ミッキーは工具をしまい、バックパックを片方の肩に負いなおした。美弥が少年をウサギのケージ前に案内する。リサも手伝い、カフェ・オレ色のウサギを一羽抱きあげて 《彼》 の腕にのせた。


『わあっ! 可愛い! あったかい! ふわっふわだ』

「この仔も可愛いわよ。お気に入りなの」


 美弥がパンダ色の仔ウサギを近づける。鼻をひくひくさせるウサギに、少年は頬を寄せた。しなやかに動く指で仔ウサギの背をなで、二羽を抱いて呟いた。


『どきどきしてる。心臓の動きが速いや』

「温度とか触感とか、分かるの?」


 小声で訊ねるリサに、ミッキーはさらりと答えた。


「知覚センサーがパイロットの脳に直接情報を送っているんだ。匂いも味も分かるよ(注②)」

『ぼくの心臓には産まれつき障害があって、大人になるまでもたないって言われたんです』


 少年はパンダ色のウサギを美弥にかえし、もう一羽を抱き直した。


『それでパパとママは、ぼくが産まれるとすぐ、ぼくの細胞からスペアの心臓をつくってもらいました。その心臓がちょうどいい大きさに育ったので、来週手術をうけるんです』


 ミッキーは頷き、リサは片手で口元をおおった。


「それじゃあ、トマス君はいま病院にいるの?」

『はい。手術が上手くいってリハビリが終われば、学校に行けるようになるんだけど――』

「大丈夫、きっと成功するよ」


 ミッキーは静かに言った。確率ではなく、心理的な不安の問題だと理解している口調だ。

 少年はウサギをケージ内におろし、その背をなでた。


『新しい心臓はぼくと神経でつながっていないから、助ける機械を埋めるって。ぺ、ぺ、ぺーすぃん……?』

Pacemaker(ペースメーカー)(心拍発生装置)だね。ふうん、そうなんだ」

『ぼく、サイボーグになっちゃうのかな?』


 ミッキーとリサは顔を見合わせた。傍目にはロボットにしか見えない 《彼》 が生身の体がサイボーグ化されるのではと案じている様子は、事情を知らない者には理解しがたい。美弥はきょとんとしている。

 ミッキーは少年に近づき、軽く背をかがめて視線を合わせた。声をひそめる。


「実はね。おれの脳には、記憶を補助する機械が埋め込んであるんだ」


 少年はスクリーンごしに眼を瞠り、まじまじとミッキーを凝視(みつ)めた。リサもひそかに息を殺す。ミッキーは悪戯っぽく微笑んだ。


「七年前事故に遭って、再生しきれなかった部分を補っている。機械だから定期的なメンテナンスは必要だけど、今のところ支障はないよ。美弥やアンソニーに訊いても、『おれがおれでなくなった』ところはない……。きみのご両親も、IDチップを皮膚の下に埋め込んでいるだろ。それと同じ」


 トマス少年はヘーゼル色の瞳をくるくると動かして考えている。ミッキーはひょいと肩をすくめた。


「きみが使っているような分身ロボットも、銀河連合では珍しくないよ。宇宙空間での作業はロボットを使うんだ。遠隔操作用のインターフェイスを体に埋め込んでいる奴もいる」

『銀河連合! 本当? 行ってみたい!』


 少年の瞳がきらめいた。ミッキーは優しく頷いた。


「培養心臓もペースメーカーも、きみを助けるためにつけるんだ。早く元気になって見学においで。ロボット操作なら、誰よりも上手くできるだろう?」

『はいっ、必ず行きます。ありがとうございます』

「トム、案内するわ。上に行こう」

『うんっ』


 美弥はウサギ達をケージに戻すと、うきうき答える少年を促した。エレベーターへ駆けて行く二人に、ミッキーは片手を振ってよびかけた。


「あとで食堂においで。おやつを作ってあげるから」

「はあい!」





~(3)へ~


(注②)2021年現在のBrain-machine interface(ブレインマシン・インターフェイス)は、人の脳から機械への一方向性です。外界の知覚を信号に変えて脳へ伝える技術は研究中です。(この作品の時代設定は27世紀なので、未来の技術を想定しています。)

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