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アメリア・カーヴァンクル

作者: 月見里 桜
掲載日:2020/12/29

アメリア・カーヴァンクル』

 カーヴァンクル、赤き宝石を額に抱く獣。それは月にいるといった伝説があった。

 「う、ん」

 アメリアは棺の中で目を覚ました。腰まで伸びた銀の髪、ふくよかな胸と整った体つき、それを覆う白い服。上半身を冷たい棺から起こす。

 「夢、か」

 約束の時、銀の世界が赤く染まる時、地球から約束の船が来る。

 「まったく、何度同じ夢を見れば気がすむ。無駄な期待を抱かせたら気がすむ」

 千年、淡い期待を抱いた。でも、どんなに待っても船は来ない。おそらく、戦争の結果、月にやって来ることが出来なくなったんだと思われる。

 月、アメリアは棺から起き上がり外に出る。裾を引きずるぐらい長いワンピース。素足で白い大理石を踏む。月の空は暗い。星々の瞬きが小さな照明になる。

 棺が無数に並んで部屋。棺の中には誰もいあない。

 「私一人だけが千年間生きている」

 みんな時を待てずに骨になった。でも、記憶は本の形にして今も残っている。

 一つの約束があった。銀の世界である月がカーヴァンクルのように赤く染まった時、地球より船がやって来て月が人で溢れるという。

 「何が約束だ。千年間一度も来たことがないじゃないか」

 今頃暗い宇宙に瞬く青い星、地球は約束を忘れているだろう。

 白い棺が並ぶ部屋を進んで行く。ギリシャ風の宮殿。記憶の宮殿とも呼ばれる。カーヴァンクルは地球の北アメリカ大陸に伝わる伝説の生き物だ。額に赤い宝石が乗っている。

 月にはウサギがいるという伝説がある。それと合わせていつしか、月にはウサギによく似たカーヴァンクルがいるという伝説ができた。

 「アメリア・カーヴァンクル。私こそ、月にいるカーヴァンクルか」

 皮肉げに言う。銀の世界は岩だらけで、生き物が住める環境ではない。だから、カーヴァンクルはいない。

 「皮肉だ。月の都、かぐや姫の故郷、麗しの都と呼ばれていたのに、見る影もない」

 アメリアは回廊を進んで行く。外は白い大地が広がる。回廊を右に回り幾つも棺が置かれた部屋に入る。中には白骨化した死体が手を組み横たわっている。アメリアはマサと書かれた棺に近寄り手を握る。そして、骨と化したマサに口づける。

 「マサ。今日で、千年と三日経った。賭けに勝ったのは私の方だったな」

 ずっと棺が並び、その中には骸が横たわっている。立ち上がり、棺が並ぶ部屋を歩く。ずっと裾の長い白い服が擦れる音がする。棺の数は数千に及ぶ。

 「多くの者が眠りに落ちた。時に耐えられず、骨と化した」

 カーヴァンクルの額は、月の世界は、常春の国と言った触れ込みで移住者を募ったのに、開けてみた結果がこれだ。

 「戯れだ」

 部屋の外に出る。テラスのようになった所に出て、暗い空を見上げて手を伸ばす。空には無数の瞬く星がある。その遠くに青く輝く星、地球がある。

 「約束の時、カーヴァンクルの額が赤く染まり、約束の船がやって来るはずだった」

 くっと苦笑する。何が約束だ。月に移住した者は皆眠りの内に骨と化し、肉を伴って目覚めたのはアメリアただ一人。カーヴァンクル。赤い宝石を額に乗せた獣が月に住んでいるという伝説があった。因みに、不老の国という伝説もあった。テラスを後にして図書室に向かう。天井まで本棚が並び一種の芸術作品のようになっている。梯子を登り、一冊の本を手に取る。タイトルは【かぐや姫】

 「かつて千年の都があると謳われた月」

 本には世界が詰まっている。この本は数千年昔の本の世界が詰まっている。ちょうどかぐや姫が月に帰還するページだ。月に移住する計画を立てた人々は恐らくかぐや姫のこのシーンをモデルにしたのだろう。月の世界にはひと際大きな石でできた部屋がある。そこの棺には黒髪黒目のお姫様が眠っている。

 「かぐや姫」

 と名前を呼ぶ。

 「目覚めは遠い。どうして私だけが」

 目を瞑り、首を横に振る。そんな事を考えても意味はない。私だから意味があると考えるんだ。

 「皮肉だ。老いも超えて、死すら超えて私は生きている」

 それを願った者は骨と化し、死の内に永遠の眠りについた。

 「やはり、と言いたくなる。なぜ、私なのか」

  本を閉じ天井を見上げる。

 「ここの本のように私も誰かに鑑賞されているんじゃないかと思えてくる。神よ」

 地球では神と言った概念があった。

 「私も神の端くれになっている…」

 冗談だ。

 何故、私だけが眠りから覚めたのか。

 大回廊に向かう。服の裾を引きずりながら歩く。天井まで貫く白い塔が一本。窓に手を当てて寄りかかる。

 「いっそ、塔の一番上から飛び降りたら」

 楽なのに。

 私だけの世界、死すら超えて生きる私。でも、物理的には死ぬ。

 「ふっ。そんな勇気があるなら、千年も生きていない」

 また歩き出す。図書室に戻り、梯子を登り、一冊の本を取り出す。

 【眠れる森の美女】

 長い眠りについた美女の話。ポォッと淡い光を放ち本から光が溢れる。本に込められた世界が溢れる。

 金の髪に青い目の美女がベッドに横たわり眠りについている。そこに一人の王子がやって来てキスをする。そして、美女が目を覚ます。

 「私にも一人ぐらい相手がいてもいいのに…」

 やっぱり、独りは寂しい。私にはいないのだろうか。眠れる美女のように目を覚まさせてくれる人がいたら。

 「千年生きても、孤独だけは勝てない」

 いい年したおばあさんなのに。運命を変えてくれる王子を求めているなんて、馬鹿げている。助けてくれる王子様を求めているなんて、馬鹿げている。

 「人には分かるまい。特に」

 本を見る。

 「永遠の眠りについた美女よ。お前に私の思いは理解できまい」

 王子が現れて幸せになった者には。書架を移動する。書架には昔話が詰まっている。欧州の話、北米の話、インドの話、日の本の話、どれもこれも最後には幸せになっている。

 「私は…」

 胸の前に手を置く。そっと目を閉じる。トクンと鼓動が高鳴る。

 「生きている」

 千年ももつこの体がおかしい。

 「科学者たちは、体、私に何をしたのか」

 コールドスリープ。梯子を科学の書架まで移動させる。一冊の本を手に取る。コールドスリープとタイトルが書かれた本。棺に横たわる骸たちはコールドスリープが失敗した者たち。どういった仕組みかは分からないが、成功と失敗の差は一体?

 「一つ分かっているのは、私は成功した者だということ」

 千年も一人で生きてきた。虚しいことだけだ。本棚を移動する。

 「さぁ、今日も本棚を見て回るか」

 一冊一冊背表紙を指でなぞる。白雪姫。シンデレラ。どれもこれも姫の危機に王子が参上した物語だ。

 「私にも王子が表れて、綿布で首を絞められているようなこの状況から助け出してもらえるのに…」

 助けて。助けて。何度唱えた事があっただろう。誰も居ない月の世界、誰も生きていない月の宮殿。生きているのは私だけ。なんの差があって私だけが生きのびたのか。謎でしかない。書架中を眺める。どの話も、どの物語も姫が王子に助けられる話ばかり。

 「生きて」

 うん。はっと顔を上げ、書架を見上げる。空耳かな。

 「生きて。アメリア」

 今度こそ本当に聞こえた。

 「誰だ!」

 声が反響する。

 「アメリア、来て。ここに」

 声はそう遠くない所から聞こえる。まさか、地球儀がある部屋から。アメリアは急いで‘地の間’に向かう。

 ‘地の間’。別名、ガイア。十分の一のスケールの大きさに縮めた地球儀が部屋の中央に置かれている。アメリアはワンピースの裾を引きずりながら進んで行く。

 「あれに何かあっては困る」

 あれ、地球儀のことだ。約束の時が来たら地球儀は重要な役目を果たす。四十六億年の地球の歴史の証明に使われるのだ。アメリアは駆け足になっていく。角を曲がり、扉を開ける。白い艶のある天井に青い地球儀が浮かぶ。四方は窓があり、月の白い大地と黒い空が広がる。

 「はぁ、はぁ」

 喉が渇く。

 「アメリア、可愛い子」

 声が聞こえた。

 「どこから」

 声は部屋の中央の地球儀から。

 「お母さん」 

 地球儀から光が出て壁を照らす。映像が映る。白い長髪の女性が金の髪に赤子を抱いて口づける。アメリアと瓜二つの顔。場面が変わり、赤い火が立ち上がり、家が潰れている。緑色の戦車が鉄の町を練り歩く。アメリアは強く映像に惹きつけられる。アメリアとよく似た女性が女の赤ん坊を抱いて、廃墟の中を逃げ惑う。その後ろから、舌なめずりをした男が銃を向ける。撃たれると思った瞬間、前から数人の男が現れて銃を撃つ。弾が発射されて、アメリアとよく似た女性に迫る男に命中して倒れる。男は腹部から生暖かい血を流す。よく見ると、辺りには無数の屍が転がっている。戦車が現れて、大砲を発射する。

 「キャッ」

 短く悲鳴が上がる。

 「アメリア」

 女性が赤子の名前を呼ぶ。火が付いたように赤子が無き騒ぐ。

 「アメリア、大丈夫よ」

 女性がアメリアにキスをする。

 「キャッ、キャッ」

 赤子が笑う。

 「逃げるぞ」

 現れた男に手を握られて女性は走る。背後から戦車が迫る。

 「急げ」

 男が怒鳴る。

 「ええ」

 女性は赤子のアメリアを抱え直す。

 場面が変わり、赤子が二十歳ぐらいの女性になった。

 「アメリア」

 中年ぐらいの女性がアメリアの手を握り、口づける。祈りの一場面のようだ。

 「お母さん」

 「行きなさい」

 アメリアの後ろには宇宙船がある。後ろ髪を引かれながら、アメリアは宇宙船に乗り込む。入り口が閉まり、宇宙船が発射する。映像が途切れる。アメリアの両目から涙が零れる。肩を振るわせる。体に手を回して抱きしめる。

 「お母さん…」

 ぽつりと口から零れる。地球では戦争が起こり、町は破壊され、人は殺された。国は月への移住計画を立てる。若者をコールドスリープさせ、戦争の終わりと同時に迎えを寄越す。これがカーヴァンクル計画。月に記憶の宮殿を築き、戦争によって失われることのないよういに保管して、未来ある若者を深く眠らせて種の保存を狙うのが赤い月を額に抱く獣のカーヴァンクル計画だ。

 「母よ。あなたに触れたことを思い出した」 

 アメリアは額に触れて涙を流す。地球儀の映像が止まる。天井付近には窓があり、綺麗に装飾されている。外の暗闇が覗く、アメリアは地球儀に近づき、文字を打ち込んで映像を出す。さっきの戦争の映像に比べて平和だ。

 「お母さま」

 小さい女の子が母親に近づいて抱きしめられる。

 「ふふ。アメリア」

 アメリアは過去の映像を見つめ涙を流す。こんな時もあったんだと千年も昔の映像。コードスリープをした個人の情報も一緒に地球儀に保存されている。

 「お母さん」

 アメリアの子供時代から二十歳ぐらいの姿。今の姿と変わらない大人の姿になり、母と別れ月に向かう宇宙船に乗り込む。映像が切れ変わり、月に着き、コールドスリープをする場面に変わる。そして、千年の時が立ち、アメリア一人が目を覚ます。月の世界を歩き出す。今まで何度も見てきた光景。アメリア・カーヴァンクル計画、アメリアの母が愛する娘を生かすために計画したことだった。アメリアは知らない。母が生体コントロールをして、アメリアを不老にしたことを。そして、地球を発った宇宙船に乗っていた人達に関してはコールドスリープだけを行ったため、生存できなかった。

 「月の世界は極楽という伝説があったな」

 ギリシャ風の建物が月に立ち並ぶ。

 神々が住むというオリンポス山をイメージしたのだ。アメリアだけが起きれるのは不老のため、母の愛ゆえ。

 「月の約束はいつ果たされるんだ。千年待っているのに」

  そして、アメリアがそう呟いた瞬間、天井に空いた窓から赤い光が入ってくる。アメリアの目に端に光が見えた瞬間、バッと顔を上げ見上げる。地の間がいつの間にか赤く染まった光に満ちつつあった。青い空を焦がすオレンジ、そして、赤と順番に染まっていく黄昏のように染まりつつあった。アメリアは急いで地の間の外に出る。こんな時裾の長い服は煩わしい。裾を持ち上げる。道を右に曲がって、転びそうになりながら姿勢を立ちなおして走る。走る。出入口のアーチ状の柱に手を置いて、背中で息をする。

 眼前に広がるのは白い石が転がった大地、そして、黒い空。遥か向こうに暗闇でも青く光り輝く地球が見える。月と地球の間に確かに見える、幻ではなく確かに宇宙船が月に向かって飛んできている。

 何故、地球はとっくに戦争で荒廃していて、宇宙に来る技術は失われているのに。

 「何故、千年経った今」

 でも、約束の時が来た。太陽が月に向かって光を放つ。月の大地が赤く染まる。まるで、赤い宝石のように。

 「約束の時、来る。額に赤い宝石を乗せたカーヴァンクルがやって来たという訳か」 


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